死後の世界もしくは夢の中②
目を開くと、目の前には白の世界が広がっていた。
(どこだ、ここは? 病室?)
天井の照明や白のカーテン、点滴、自分がベッドに寝かされていること。それらから考えたことだった。
「……なんでこんなところに? 俺は、確か……」
水城は、なぜ自分がここにいるかを考えた。
(俺は銃で頭を、いや、あれは)
「夢か……?」
今まで自分の身に起きていたことを、水城は夢だと考えた。自分は滑落事故の後、救助されて病院に運ばれ、たった今目を覚ましたのだと。
ただ、その考えの方が、現実味がある。だが、不可解なことが一つ残っていた。
目を覚ますまで見ていたものを夢だと仮定するならば、夢の内容を、実際に起こった出来事のように正確に覚えすぎている、ということだ。
(確かに、夢にしては鮮明過ぎる。でも、そんなことはこの病室を出て確認すればいいことだ。……そうだ。どこかに萩の奴もいるだろう)
毛布を取り払って起き上がろうとしたが、
(体が、動かない?)
水城は起き上がることも、毛布を払いのけることもできなかった。動かすことのできるのは、無理やりにだが、首から上の部分だけであった。
それと、水城は腹部に何やら重量感を感じていた。
水城は、唯一動かすことのできる首を曲げ、そちらの方に顔を向けて、目を細める。
「……なんだ、こいつは」
視線の先では、一人の少女が顔を足の方に向けて突っ伏していた。栗色の髪が見える。そして、彼女からは静かな寝息だけが聞こえていた。
(ちょっと待て。誰だ、こいつは?)
水城は首を振って体を揺らし、腹の上の少女を揺らす。少女は「うーん」と唸って顔を水城の方に向けた。
(どこかで見たような)
黒のカチューシャと白衣に目が行った。
「――――うん?」
少女は目を覚ました。大きな目をパチパチとさせて水城を見つめる。
「……あっ! やっと目を離したみたいだね!」
少女は立ち上がった。水城はガタっと何かが倒れた音を聞いた。何事か、と思い水城は音のした方向を見ようとしたが、少女が水城に近づいたせいで見られなくなった。
「なにを……」
水城の言葉を無視して、少女はさらに近づく。そして、水城の顔に手を伸ばした。指先しか見えなかった長い白衣の袖から、手首の辺りまで出た。
「何する気、――痛たたッ!」
「うんうん。痛覚も戻ってるみたい。正常通りだね」
少女は水城の頬をつまんで、グリグリと動かした。
「――は、早く離せ!」
「あー、ごめんごめん。悪気はないんだよ」
そう言って、少女は手を離す。痛む頬をさすろうと、水城は手を動かそうとしたが、全くと言っていいほど動かない。
「一日経ってもまだまだだね。……まだ硬直状態みたいだから、動かさない方がいいよ。無理に動かすと、変なところが筋肉痛みたいになるから」
「一日経った? どういうことだ? ここはどこだ? それに、お前は誰だ?」
少女は目を丸くし、水城の顔を見る。
「質問多いな、君は。一日経ったってのは、その言葉の意味通りだよ。君はずっと寝てたの。というか、あれ? 本当に私のこと、知らない? こんな美少女なのに。昨日の昼にも会ったはずなんだけど」
「ほら、ほら」と、少女は自分の顔を指差して詰め寄る。水城としては顔を背けたいのだが、無理に動かすと痛みが残ると伝えられたため、視線を外すだけにとどめる。
「ああ、俺にぶつかってきた、あのうるさい」
「うるさいとは聞き捨てならないな。それに! あれは君がぶつかってきたのが悪いでしょ、水城貴鳥君?」
「なんで、俺の名前を……?」
少女は長めの白衣の袖を引いて得意げに、腕を示した。
「君が寝ている時に勝手にデータ交換したからね」
そう言ってパーソナルリンクの画面を押して、わざわざ水城のデータを見せた。
交換したということは、水城のパーソナルリンクには、この少女のデータが入っていることになる。だが、体が動かないため、それを確認する術はない。
「燕倉麻衣」
「はあ?」
「燕倉麻衣よ。私の名前。選定部、研究室所属の二年生ってとこ。昼のことは許してあげる」
「許してあげる、ってお前が……」
「『お前』じゃなくて、麻衣よ、麻衣。せっかく名前まで披露したのに、『お前』呼ばわりは酷いと思わないわけ? 私の方が先輩なんだよ」
白衣の少女――燕倉麻衣はむくれた様子であったが、
「まあ、いろいろと話すべきことがあるから、そろそろ出よっか」
一転して倒れていた椅子を元に戻すと、離れようとする。
「待て!」
水城はそう叫ぶと、体を起こし、ベッドから床に立ち上がる。そこでハッとなった。
「なんで動けるようになった? いや、それより、何で動けなかった?」
「その答えは歩きながらでもいい? でもその前に」
床に置いてあった紙袋を渡す。水城は中のものを見ると、自分の身体を確認する。
「早く服は着た方がいいよ、うん」
水城はようやく、自分が着ているものが下着一着のみであることに気づいた。




