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クイーン  作者: 河海豚
第一章
23/30

死後の世界もしくは夢の中②

 目を開くと、目の前には白の世界が広がっていた。

(どこだ、ここは? 病室?)

 天井の照明や白のカーテン、点滴、自分がベッドに寝かされていること。それらから考えたことだった。

「……なんでこんなところに? 俺は、確か……」

 水城は、なぜ自分がここにいるかを考えた。

(俺は銃で頭を、いや、あれは)

「夢か……?」

 今まで自分の身に起きていたことを、水城は夢だと考えた。自分は滑落事故の後、救助されて病院に運ばれ、たった今目を覚ましたのだと。

 ただ、その考えの方が、現実味がある。だが、不可解なことが一つ残っていた。

 目を覚ますまで見ていたものを夢だと仮定するならば、夢の内容を、実際に起こった出来事のように正確に覚えすぎている、ということだ。

(確かに、夢にしては鮮明過ぎる。でも、そんなことはこの病室を出て確認すればいいことだ。……そうだ。どこかに萩の奴もいるだろう)

 毛布を取り払って起き上がろうとしたが、

(体が、動かない?)

 水城は起き上がることも、毛布を払いのけることもできなかった。動かすことのできるのは、無理やりにだが、首から上の部分だけであった。

 それと、水城は腹部に何やら重量感を感じていた。

 水城は、唯一動かすことのできる首を曲げ、そちらの方に顔を向けて、目を細める。

「……なんだ、こいつは」

 視線の先では、一人の少女が顔を足の方に向けて突っ伏していた。栗色の髪が見える。そして、彼女からは静かな寝息だけが聞こえていた。

(ちょっと待て。誰だ、こいつは?)

 水城は首を振って体を揺らし、腹の上の少女を揺らす。少女は「うーん」と唸って顔を水城の方に向けた。

(どこかで見たような)

 黒のカチューシャと白衣に目が行った。

「――――うん?」

 少女は目を覚ました。大きな目をパチパチとさせて水城を見つめる。

「……あっ! やっと目を離したみたいだね!」

 少女は立ち上がった。水城はガタっと何かが倒れた音を聞いた。何事か、と思い水城は音のした方向を見ようとしたが、少女が水城に近づいたせいで見られなくなった。

「なにを……」

 水城の言葉を無視して、少女はさらに近づく。そして、水城の顔に手を伸ばした。指先しか見えなかった長い白衣の袖から、手首の辺りまで出た。

「何する気、――痛たたッ!」

「うんうん。痛覚も戻ってるみたい。正常通りだね」

 少女は水城の頬をつまんで、グリグリと動かした。

「――は、早く離せ!」

「あー、ごめんごめん。悪気はないんだよ」

 そう言って、少女は手を離す。痛む頬をさすろうと、水城は手を動かそうとしたが、全くと言っていいほど動かない。

「一日経ってもまだまだだね。……まだ硬直状態みたいだから、動かさない方がいいよ。無理に動かすと、変なところが筋肉痛みたいになるから」

「一日経った? どういうことだ? ここはどこだ? それに、お前は誰だ?」

 少女は目を丸くし、水城の顔を見る。

「質問多いな、君は。一日経ったってのは、その言葉の意味通りだよ。君はずっと寝てたの。というか、あれ? 本当に私のこと、知らない? こんな美少女なのに。昨日の昼にも会ったはずなんだけど」

「ほら、ほら」と、少女は自分の顔を指差して詰め寄る。水城としては顔を背けたいのだが、無理に動かすと痛みが残ると伝えられたため、視線を外すだけにとどめる。

「ああ、俺にぶつかってきた、あのうるさい」

「うるさいとは聞き捨てならないな。それに! あれは君がぶつかってきたのが悪いでしょ、水城貴鳥君?」

「なんで、俺の名前を……?」

 少女は長めの白衣の袖を引いて得意げに、腕を示した。

「君が寝ている時に勝手にデータ交換したからね」

 そう言ってパーソナルリンクの画面を押して、わざわざ水城のデータを見せた。

 交換したということは、水城のパーソナルリンクには、この少女のデータが入っていることになる。だが、体が動かないため、それを確認する術はない。

燕倉麻衣つばくらまい

「はあ?」

「燕倉麻衣よ。私の名前。選定部、研究室ラボラトリ所属の二年生ってとこ。昼のことは許してあげる」

「許してあげる、ってお前が……」

「『お前』じゃなくて、麻衣よ、麻衣。せっかく名前まで披露したのに、『お前』呼ばわりは酷いと思わないわけ? 私の方が先輩なんだよ」

 白衣の少女――燕倉麻衣はむくれた様子であったが、

「まあ、いろいろと話すべきことがあるから、そろそろ出よっか」

 一転して倒れていた椅子を元に戻すと、離れようとする。

「待て!」

 水城はそう叫ぶと、体を起こし、ベッドから床に立ち上がる。そこでハッとなった。

「なんで動けるようになった? いや、それより、何で動けなかった?」

「その答えは歩きながらでもいい? でもその前に」

 床に置いてあった紙袋を渡す。水城は中のものを見ると、自分の身体を確認する。

「早く服は着た方がいいよ、うん」

 水城はようやく、自分が着ているものが下着一着のみであることに気づいた。

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