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クイーン  作者: 河海豚
第一章
22/30

模擬戦⑦

「やあ水城君、僕から逃げようなんて無駄なことだよ。そろそろ観念して戦ってみたらどうかな? ほら、そのための訓練でもあるんだしね」

 エドガーは鞘に納めた状態の刀を片手に言う。それも、得意げな表情を浮かべてだ。

 今、二人が対峙している場所は旗のあった公園ではない。二人は公園を出て少し離れた道路上にいた。水城が公園から逃げ出したためである。

 水城の考えは変わっていない。目的の旗を取ったらその後は、終了の時間まで逃げ続ける。それが確実に勝てるものだと思っていた。

 確かに、エドガーと戦うという手もある。元いた世界では、住んでいた地域ではわりと有名な不良少年であった萩とつるんでいたせいか、喧嘩に巻き込まれることが多々あり、それには慣れていた。だが所詮、喧嘩は喧嘩であり、命のやり取りまでは起こっていなかった。真似事である。

 尾鷲や椋野の力を目の当たりにした以上、その二人と同じチームであったエドガーにも歯が立たないというのも容易に予想ができる。

 だから、公園でエドガーが自分に向かって礼をした時、その隙に地面の砂をエドガーに向けて投げ、その場から離れたのだが、今のこの状況、追いつかれる形となってしまった。だが、それについても、水城は不審に思ったことがあった。

 水城はエドガーから逃げる時、公園の場所から離れるように逃げた。それも直線的に、なるべく短時間で遠くに逃げられるように、である。

 普通ならば、たとえ追いつかれたとしても、それは後ろから追いつかれるはずである。だが、エドガーは違った。ただ追いついたわけではなく、水城が進んでいた先の横道から現れた。まるで、通学前に待ち合わせていたかのような陽気な様子であったが、右手に持っていた刀により、その印象は払拭される。

「……どうして、エドがここにいる?」

「さあね。どうしてだと思う?」

 エドガーは不敵な笑みを浮かべている。

「敵である僕が何でも教えるとは思わないことだね。それと、」

 言いかけてから刀を抜いた。そして、水城に向けて構えた。

「水城君も武器を構えた方がいい。僕はここから本気を出す。こんな忠告までするんだ。死んじゃっても文句は言わせないよ」

「……死んだら文句なんて言えないだろ」

「フフフ、それもそうだね」

 軽い口調で言い終えると、エドガーは跳び、一気に水城との距離を詰め、真横に水城の胴を斬るように、刀を振るう。それを、水城は後ろに退く形で、ギリギリで避ける。だが、それだけでエドガーの攻撃は終わらない。真横に振るった刀を、最後まで振り切ってはおらず、切っ先が水城に向けられたままだった。その状態から今度は突きを放つ。その胸部をめがけての攻撃を、再び水城は避けた。半身になった身体の前面を刀が通り過ぎる。そこで、水城は反撃に出た。踏み込みと同時に跳んでいるエドガーへのカウンターとして、正拳を顔面に合わせた。空中では動けない。次の瞬間には、エドガーへの攻撃が成功しているはずだった。

 だが当たる瞬間に、エドガーの身体が横に移動した。

 目標を失った水城の拳が空を切る。錯覚ではない。バランスを崩しよろめく水城を、エドガーは斬りつけるが、その刃は水城の身体を傷つけることはなかった。せいぜい水城のブレザーに切り込みを入れただけだった。バランスが崩れたことが幸いした。

「やっとやる気になったみたいだね」

 バランスを崩して屈む水城の背中に向けて、エドガーは言う。

 着地と同時に上着の内ポケットへと手を伸ばすと、あるものを取り出した。

「どういうことだよ、そりゃ……」

「本気を出すって言ったからね。これが僕のスタイルさ」

 片方には刀、もう一方には拳銃。そのうち拳銃の方を水城に向けた。その瞬間、水城はゾワリとした寒気を感じた。銃口を向けられたのは三回目であったが、今回はそれまでとは違い、明確な殺意や敵意を感じた。

(やられる……!)

 そう思い、咄嗟に横に飛び出した。その先には、先程エドガーが現れた道がある。

 足が地面から離れた瞬間に、銃声が聞こえた。これが、水城が初めて聞いた銃声だった。

(ぐっ!)

 アスファルトに腹から顎から打ちつける。痛みに耐えながら、ゆっくりと体を起こした。

(早く動かないと)

 四つ這いに後ろを振り返る。先程、自分がいた場所に小さな窪みができていた。エドガーが撃った銃の弾丸によるものである。

 あのまま自分があそこにいたらどうなっていたか。

「――ッ!? ハァ、ハァ」

 水城はそこで息をしていなかったことに気づいた。それと同時に、ドッと汗が浮き出るのを感じた。

 息を調えると立ち上がる。その時、拳銃が地面に落ちた。無機質な音を立てる。

 水城はそれを眺めると、手を伸ばした。だが、

(なんでだよ)

 水城は手を止めた。何かに縛られたように動かなくなる。

(それで、どうする?)

 拳銃。水城は、拳銃があんな音を出すとは思っていなかった。引き金が引かれるたびに、魂が吸い取られるような音を聞くことになる。だから、とても自分が使うとは思えない。想像ができなかった。

(でも、エドはこれを使ってくる。だから、)

「やられる前に、やるしか――」

「それはいい考えだと、僕は思うね」

 突然、後ろから声が聞こえた。水城は伸ばしていた手で拳銃を掴むと、後ろに振り向き、声のする方向へ銃口を向ける。だが、構えたところで、何かに銃は弾かれた。水城の横に飛んでゆき、またも地面に向かって落ちる。水城にはその拳銃の軌跡が見えていた。難なくそれは掴めたが、何かが自分に向かって迫っていることに気づいた。刀だ。それを避けようと思って、水城は後ろに飛び退く。そして拳銃を構えた。

「なんだ、水城君。殺す気満々じゃん。それに、また避けられてしまったね」

 水城が構えた先の人物――エドガーは嬉しさに満ち溢れた表情を浮かべ、拳銃を構えて言った。

 一方、水城はまたも混乱していた。

「どうして、後ろにいる?」

「今は、君の前にいる」

「さっきはあの角の先にいただろう。どうして」

「さあ、どうしてだと思う?」

 エドガーはまた不敵な笑みを浮かべていた。構えていた拳銃を下ろし、代わりに刀を水城に向ける。武器により変わったのは、エドガーの水城への距離だ。刀では、拳銃の後手に回るしかない。それに、今のところエドガーに攻撃を自分から仕掛ける気はなかった。つまり、水城に考える猶予を与えたと言ってもいい。

「……やっぱりヒントをあげようか、水城君?」

 エドガーの言葉に、水城は無言で頷いて答える。混乱する頭で考えても整理しきれるとは思えなかったからだ。

「そうだね。水城君が僕にカウンター攻撃をした時、僕はどんな動きをしていた?」

(エドの動き?)

 水城はその時の状況を思い出す。

 あの時水城は、空中で刀を振るうエドガーに対して、右の拳でのカウンターを放った。だが、それをエドガーは避けた。それも、空中で横に移動するという物理的にありえない方法で。

(でも、それがどうした? 動きがおかしかった? 目の錯覚じゃないのか?)

「錯覚か、って思っているかもしれないね」

 水城の顔が強張った。緊張が表に出る。それを見たエドガーは、微笑を見せた。

「けど、違うよ。君の見たものは現実だ。ただ、それを踏まえて君がどう判断するかってこと、知りえた情報から可能な限り正解に近い答えを得ることが大切なんだ。たとえ、それが非現実的だったとしても」

 エドガーは刀を下ろして、改めて拳銃を構えた。

「そこが肝なんだよ。この模擬戦の目的の一つ、君の力を推し量るっていうね」

 エドガーは微笑を浮かべたままだった。そして、次の言葉が合図となる。

「休憩は終わりにしよう」

 エドガーは即座に引き金を引いた。弾丸が走る。水城のいる位置から数センチ先の地面が跳ねた。「次は外さない」と言わんばかりの表情だ。

 水城は退こうと思っていた。逃げようと思っていた。だが、一歩下がったとことで、立ち止まり、形だけでも構えていた拳銃を下ろした。

「どういうつもりなんだい、水城君? やる気になったんじゃないの? そのままだと、死ぬよ、あっけなく」

 水城は答えない。エドガーに狙われているにも関わらず、動くことさえしない。

「それでもいいのかい? この距離で外す僕じゃない」

「……いいよ、別に」

「えっ?」という声と共に、エドガーの微笑が崩れかける。

「どういう意味?」

「どういう意味も何もない。俺は死んでもいい」

 もうすでに、答えは出ていた。

「いや、死んでいるべきなんだ。だって俺はあの時に」

 あの時に死んでいた。滑落事故によって即死だった。それは、今でも鮮明に思い出せる。

「……君は、自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「ああ、わかってるよ。自分のことなんだから。だから、俺は」

 水城は自分のこめかみに銃を突きつけた。それから先は、言葉には出さないが、傍目から見て、何をしようとしているのかわかってしまう。

 エドガーは飛んだ。しかし、水城の近くまで行き銃を取り上げるのと、銃を撃つのでは、どちらが早いのかはわかりきったことだった。

(あれ? 俺は何をしてんだ?)

 水城はその時、初めて引き金を引いた。

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