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クイーン  作者: 河海豚
第一章
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模擬戦⑥

「うんうん。上出来、上出来」

 尾鷲は腕を組みながら満足そうに言った。それを見た椋野は構えを解いて長い息を吐く。緊張も吐き出しているようだった。

「どうした涼花、いきなり」

「いや、ね。水城君が旗を取ったみたいだからさ。やるね、あの子。でも、私のトラップに」

「フフフ」と微笑む尾鷲。だが、対する椋野は不満げだった。

「なんだ。もう旗見つけていたのか。じゃあ、涼花が取っていたら、勝ったも同然だったじゃないか」

「うん。あそこで私が取っていたらね。でも、それじゃあつまらないじゃない?」

「水城を試した、と?」

「まあね。ヒントはあげたけど。詰めが甘かったみたいだね。どうやら、本命に引っ掛かっちゃったみたいだし」

 両手を挙げて「やれやれ」といったポーズをとる。「あのダミー地獄ね……」と椋野は呟いた。

 実のところ、尾鷲は、罠自体は一つしか仕掛けてはいない。水城の引っ掛かったものだけである。それ以外のものはダミーであり、踏んだところで何も起きない。心理的なもので、物事を達成した時が油断する、そんな瞬間。水城は律儀にも全て切った挙げ句、目に見えない本命に引っ掛かった。

「どうするんだ? 助けに行くのか?」

「そんなわけないよ。行ったら意味がないね」

 椋野の問いに、尾鷲は首を振った。

「それに、そんなことさせる気なんて、更々ないでしょう?」

「確かにそうだが。……さっきから一歩も動いていないお前が言うのか?」

「『一歩も動いていない』っていうのはちょっと違うと思うけど……」

 椋野の呆れた口調で言った指摘に対して、尾鷲は顔を綻ばす。

 尾鷲は、水城と別れてからほとんど動いていなかった。数分の間、戦闘を行っていたのだが、始めの位置からほぼ変わっていなかった。

 尾鷲は足元を見る。地面には所々大きな穴が空いており、何故か木の破片や木の葉が散乱していた。

「精々ここから、ここまでは動いていたよ」

 足を使って地面に半径二メートル程の円を描く。

「なんだよ、それは? ここ一帯を動き回った俺へのいやみのつもりか?」

「いやいや、そんなこと考えてないよ。誤解、誤解」

 尾鷲は顔をニヤつかせながら、ホルスターから二丁の拳銃を取り出す。

「それにしても、その新作はすごいね。威力が跳ね上がってるんじゃない? コンクリートをこんな風に砕くなんてさ。でもさ、なんで水城君には使わなかったの?」

「……そんなことをしたら死ぬだろう、水城は」

 椋野は左に装備してあるガントレットの腕の部分を右手で持って左手を閉じたり開いたりする。

「大丈夫でしょう? 私達と同じなら。死ぬわけがないって」

「そうかもしれないな。……じゃあ、一回殴っておけば良かったか? いや、それよりも」

「涼花」と呼びかける椋野。何か含んだような笑みを見せる。そして、

「俺が水城の所に行くって言ったらどうする? お前の代わりにさ」

「うん、その時はね……」

 二丁とも椋野に向けて構える。尾鷲は引き金を引いた。銃口から二発の弾丸が飛んで出る。しかし、その二つともが椋野に当たることはなかった。椋野の姿は消えており、すでに尾鷲の目の前にいた。

「もらった」

 右の拳を振りかぶる。だが次の瞬間、突如椋野と尾鷲の間に現れたのは木の板。それが弾ける。砕けて尖った破片が炸裂するが、それに気づいた後、瞬時に椋野は飛び退き離れる。対する尾鷲は、その場から動かない。しかし、破片に襲われることはなかった。破片は、尾鷲の身体を避けるような弧の軌跡を描いて、尾鷲の後ろへと飛んで行った。

「またか。いろいろ面倒だな。やっぱりそれは」

 椋野は「やれやれ」とでも言わんばかりに首を振る。

「させないよ、そんなことは」

 二丁の拳銃を構え直して尾鷲は告げる。

「私は、仕事はしっかりやり遂げる女だからね」

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