突然の雨とそして②
数十分後、水城達は山道を下っていた。今回は水城の運転で、助手席には萩がいる。萩の父は、また別の車に乗っていた。
「雨、強くなってきたな」
「天気予報では雨降るなんて全くと言っていいほど言ってなかったけどな」
「いやいや、タカさんよ。テレビの天気予報でこの村は出てこないぜ。その日の天気なんて裏のじいさんに訊いた方が正確だって」
「それもそうか。オヤッさんの言った通り、早めに終わらせてよかったな」
ワイパーを最速にした。いつの間にか雨が強くなっていた。
「せっかく早めに帰るんだし、今日は俺ん家で呑むか?」
「ゴメン。俺、少し勉強しないと」
今の気候とは、正反対とも言える表情を浮かべて、萩は提案したが、水城がそう返すと、萩は不機嫌そうな顔に変わる。
「タカはいつもそうだよな。俺が誘っても、『勉強、勉強』ってさ」
「いや、さすがに今年行けないとさ。ヤバイって。金銭的にも」
「あーあ。今年に入って一回しか一緒に呑んでないのになあ。せっかく、高校の奴らも誘おうと思ったのになあ。というか、実は今日はもう誘ってあるしなあ」
萩は頭の後ろに両手を回し、わざとらしく言った。余談だが、この一回とは、水城の二浪目突入記念という、水城にとってははっきりいって不愉快なものだったと言える。だが、それも始めのことだけで、後は無理やりなテンションとノリにまかせて、ヤケになってやったものだった。結果的に楽しかったことに変わりはないが、その後の二日酔いのことは忘れていない。
その様子を水城は頭の中に思い浮かべていた。
「そうだな、やっぱり俺も……」
突然それは起こった。身体がいきなり傾いた。軽トラックが右方向に沈んだ。
「えっ?」
水城と萩は顔を見合わせた。そうしている間にも、車体はみるみる傾いていく。
「萩、早く出ろ!」
「わかった!」
萩がドアに手を掛けた途端、ガタンといった音と共に急激に車体が傾いた。
「うわっ!?」
「痛っ!!」
水城は右側のドアに叩きつけられた。ガラスにひびが入るほどの強さである。萩はシートベルトのおかげで座席から離れることはなかった。
「ヤバイ、ヤバイってこれ!」
「落ち着け! 落ち着いてどうすればいいか考えろ、萩……」
「そんなこと言ったってどうしようもないだろ! どうすればいいんだよ! ……って、タカ?」
萩は、水城の様子がおかしいことに気づいた。車体が傾いてからあまりよく水城の声が聞こえないうえ、ドアに身体を預けた状態で、ぐったりとしている。
「タカ? どうしたんだよ、その頭。血が、血が……」
「大丈夫だから、早く……」
また震動が襲った。それもさっきより大きなもので、地響きのようなものも聞こえたくらいにだ。それによって、軽トラックの前半分は道から外れ、谷の方に前のめりの状態になった。車体の真ん中が軸になってやじろべえのようになっているため、揺れが起きている。
雨は強くなる一方だった。地滑りを起こすのは時間の問題であった。
「お前ら! もうちょっとの辛抱だ! すぐ助けてやる!」
二人は窓ガラスに打ちつける雨音の中、萩の父の声を聞いた。だが、土砂降りの雨のためどこにいるのかが見えない
「タカ、親父が助けてくれるってよ。だから、その、なんだ、言葉が思いつかねえ。とにかく頑張れ! 帰ったら楽しいことしようぜ。みんなで遊ぼうぜ」
「萩、何言ってんだよ。こんな状況で言うことかよ。まあ、お前も頑張れ。絶対助かるからよ。今日はお前らと呑んでやるから」
「よしきた」
萩が顔をニヤつかせたのも束の間、「ブチッ」といった何かが千切れるような、不吉な音を二人は聞いた。
「なんだ今の……、うわ!?」
「ガタン」と軽トラックの後ろから衝撃を感じた。荷台に乗っていた木材を束ねていた紐が外れ、ぶつかったのである。
その衝撃により軽トラックはバランスを崩した。それによって土砂が崩れる。重力に従って、前に倒れていく。
二人は悲鳴を上げた。だが、それをあざ笑うかのように軽トラックは、高傾斜の坂をみるみるスピードを上げて下っていく。いや、この状態ではもう落ちていく、と言った方が正しいかもしれない。
水城が最後に視線にとらえたのは、窓に映る自分の恐怖に満ちた顔と、迫りくる大木の太い幹だった。