模擬戦④
「あっ、水城君」
水城の前にエドガーが現れた。声の調子では驚いたようにも聞こえるが、今も普段と同じような柔和な表情をしている。
「もしかして遊んでる? もしかして、それ、公園の新しい遊具だったりするのかな?」
「……んなわけないですよ」
水城の返答に、エドガーは「ふふっ」と妖しい笑みをこぼし、腰に差してある刀を握った。
「やっと人に会えてよかった―。いやね、もしかしたら終了時間まで誰にも会わない、なんてことになったらどうしようかな、って思っていたからさ。……ところでさ、水城君、そのロープ斬ってあげようか?」
エドガーの提案は、水城の願ってもないことだった。だが、本当に誰にも会っていないのだろうか。いや、会っていないのだろう。会っていたのなら、水城を助けることなどせずに旗をすぐ奪えばいい。自分の状態、水城が一人という状態を踏まえて、エドガーは、水城も誰とも会っていないと思ったのだろう。だが、水城はすでに尾鷲とチームを作っている。つまり、エドガーと水城は敵同士である。だが、そのことをエドガーは知らない。
(これはチャンスじゃないか?)
水城に少しの余裕が生まれていた。先程、椋野にやられたことを思い出す。エドガーが気づいていないのなら、味方を装えばいい。それだけでここを切り抜けることはできるだろう。勝利条件である旗はここにある。そして、椋野の相手を尾鷲はしてくれている。エドガーがロープを斬ったその後は逃げ切ればいい。
「ありがとうございます」
「ん。いいよ」
自分から提案したということは横に置き、エドガーは再び笑みを見せて刀の柄の部分を掴む。だが、一度放した。
「ああ、忘れていた。もしかして水城君、……敵じゃ、ないだろうね?」
(ここで核心突きやがった)
「いや、誰にもまだ会ってない……。エドが最初」
水城は味方であることを装う。奇しくも、数分前に椋野から受けたものと同じ手だった。
「そうなんだ。……まあ、少し気になったんだけど。そんな風に中途半端な敬語みたいなのはちょっとむず痒いからさ、タメ口でいいよ。最初に僕が言ったみたいにさ」
エドは苦笑しながら頬を掻いていたが、すぐに再び刀を構えた。そして、そのまま居合の要領で一閃。水城は足に巻きついていたロープを切断され、受け身を取る暇も無いまま頭から地面に落ちた。下が土だったが、柔らかかったためあまり痛い思いをせずに済んだ。
まさに一瞬の出来事だった。水城にエドガーの太刀筋はほとんど見えなかった。瞬きをした後、捉えたのはもう既にエドガーは納刀をしているところであり、その時水城は落ちている最中だった。
「首、大丈夫?」
後頭部をなでながら立ち上がる水城。見かねたエドガーは手を差し伸べた。水城は手を取ろうとしたが、下に落ちていたナイフに気づき、それを仕舞うと改めてエドガーの手を取って立ち上がった。
「その仕舞ったナイフ……。まあ、いっか」
エドガーは水城に背を向けると、出口に向かって歩き始める。水城はその後に続いた。
(エドと一緒にここを出たら、すぐさま逃げる。これしかないだろうな。念のために)
エドガーが見ていないのを確かめてから、水城はポケットに入っている銃に触れる。
出口に近づくグラウンドの中心で、エドガーは立ち止まった。
「どうした、エド?」
水城が尋ねても、エドガーは振り向かない。立ち止まったままだ。
「……水城君、僕考えてみたんだけどさ」
沈黙を破ったところでエドガーは、
「ごめん」
先程ロープを斬った時と同じように、水城に向かって刀を振るった。だが、ロープを斬った時とは表情が違っていた。今まで柔和だった様子とは打って変わって、目つきは鷹のように鋭く水城を見つめ、常に微笑を浮かべていた口元は真一文字になって閉じている。
そして、対する水城は、
それを避けていた。
身体ギリギリを、刀は通り過ぎる。あまりにも突発的なことだったため、バランスを崩し、水城は尻餅をつく形となった。だが、無事である。
「水城君、まさか避けられるなんて思わなかったよ。本当に実戦は初めてかい? 元の世界では傭兵でした、とかいうオチ?」
エドガーは抜いたままの刀を肩に携えながら続ける。
「まあ、最後のは冗談だからさ、忘れて。……まあ、まぐれだとしても褒められることさ。僕の不意打ちを避けるなんてね」
エドガーは「フフッ」と微笑む。水城にその真意は読めない。
(本当にまぐれか?)
緊迫した状況の中、水城はそう思っていた。それには理由があった。
実に、水城には全てが見えていた。エドガーが柄を握るところから、それを抜き、刀が自分に迫り、衣服を掠り、通り過ぎるまで、瞬き一つせずに確認できていた。
だが、それは自然ではない。
訓練を重ねた、例えばボクサーのような人間ならまだ、あくまでも『まだ』可能性があったのだろうが、経験も訓練もしたことのない水城のような人間が自分の、刀を一振りされるという危機的状況に、普通なら反射的に目を閉じないわけがなかった。それに、ロープを斬られた時には、全く太刀筋が見えなかったのだ。
しかし、それについて考える時間も余裕も、水城には存在しない。
「『どうしてわかった』、って顔をしているね? そうだな……。まだまだ時間はありそうだし、種明かしといこうかな」
エドガーはパーソナルリンクに目を遣る。