表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クイーン  作者: 河海豚
第一章
17/30

模擬戦②

「すまないな、水城。もう終わりだ」

 椋野はそう言って、水城の頭を掴んだ。だがその時、二人の足元で何かが炸裂をして、あたりに煙が立ち込める。

「スモーク? 涼花の奴か。だがな……」

 煙に構わず椋野は、もがく水城を頭から叩きつける動作に入る。掴んだ水城の頭をそのまま下に振り下ろすだけで終了であった。

 だが、それは阻まれることになった。水城の後ろ、椋野の死角からロープのようなものが飛んできて、水城の両肩と腰に巻き付く。そしてそれは、水城を椋野の手から引き剥がした。水城と椋野の距離が離れていく。煙のせいもあって、どちらの姿も互いにすぐ見えなくなった。

 水城は引きずられながら煙から抜け出す。それが止まった場所は、尾鷲の横であった。

「あら、まだ終わってなかったのね」

「…………」

「君ねえ、助けてあげたのに、なにも言わないってのはないと思うんだけどね」

「まあ、今はそんなことはいいわ」と言って、尾鷲は水城を巻いていたロープのようなものをほどいた。ロープはシュルシュルと音をたてて、尾鷲のブレザーの袖口に隠れていくのを、まだ横たわっている水城は見た。

「……なんだよ、それ。なにで俺を縛っていた?」

 水城は立ち上がりながら尾鷲に問う。だが、またもや尾鷲は答えない。

「来るわよ」

 涼花がそれだけを語気を強めて呟く。それと同時に煙の中から人影が現れた。まごうことのない。椋野恭市郎である。

「なるほど。煙幕を張ることで俺の動きを制限するとは、考えたものだな。だがな、どうしてこの場から離れなかった? 移動の時間は十分に稼げたはずだろう?」

 椋野はゆっくりと、水城と尾鷲に近づく。

「そんなことしたって無駄でしょう? 君はすぐ私達に追いつくだろうし。たとえ二手に分かれたとしても、水城君の方を追いかけたら、水城君は絶対に勝てないだろうし。それに、君とエドで二対一になるのは避けたいところだしね。だからここは」

 尾鷲は右脚のホルスターから銃を一丁抜いて、椋野に向かって構える。それで椋野は歩みを止めたが、拳を構えた。

「私が君の相手をするのが適切かなって、そう思ってね。というわけで」

 塞がっていない左手を腰に回す。そして、ベルトに装備してあったナイフを鞘ごと抜き取ると水城に投げ渡した。

「旗の方は君に頼むね、水城君。そこの角を回った先の公園にあったからさ。さっき罠を仕掛けたから、それでお願い」

「はあ? 旗があった、ってどういうことだ、オイ!」

「そのままの意味だって。公園で見つけたの」

 水城は受け取ったナイフを眺める。見たところただのナイフだ。だが、それならば訓練開始前に借りたナイフで事足りるはずだ。

「それで、今まで君が持っているナイフ、私に投げてくれない?」

「わかった」

 どういうわけかはわからないが、尾鷲が何かをしようとしているのは確かだろう。水城はそう思って従い、今まで持っていた方のナイフを、手を伸ばす尾鷲に投げたが、

「あっ……」

 それは水城の予測していた軌道を外れて、尾鷲から大きく離れた位置を飛んでいた。だが、ナイフは物理法則に従わず空中で一度止まると、尾鷲の伸ばした手に吸い込まれていくように、一直線に飛んでいく。一瞬ではあるが、手に収まる瞬間に水城は、尾鷲の袖口から何かロープ状のものが飛び出していたのが見えた。あらぬ方向に飛んで行ったナイフを掴んで引き寄せたそれは、先程水城を助けたものと同じだと思われるが、その時よりも幾分細くなっていたのだろう。

「『あっ……』じゃないよ、君。キャッチボールとかしたことあるでしょう? ないの? こっちはカッコよく決めて終わろうって思っていたのに、君ってのは全く」

 尾鷲はぶつぶつと言いながら不機嫌な顔を見せた。怒りでわなわなと震えている。それを見かねた椋野は、今までいたって冷静であった雰囲気を崩して、少し呆れた表情になっていた。

「冷静になれよ、涼花。水城はただコントロールが悪いだけだって。それに、カッコよく決めたかったらそんなセリフ、言わない方がよかったと思うぞ」

 構えた拳が少し緩くなっているようだ。姿勢も重心が高くなったように感じる。

「ええ、そうね。ちょっと冷静にならないとね。ありがとうむったん。じゃあ、水城君。旗の方はお願いね」

 水城は力強く頷く。だがそこで、

「行かせるか」

 椋野は動いた。瞬時に臨戦態勢を取ると、尾鷲の銃口を避けるように身体を傾けて、水城を目指して一直線に駆けようとする。

「ねえ、むったん。そんなこと私が許すと思う? それはちょっと心外だな」

 しかし、それを防げない尾鷲ではない。椋野が一歩踏み出したところで、水城への道を遮るように立った。

「じゃあ行って、水城君。エドがもう旗を見つけているかもしれないから。彼、勘はいいからさ」

 もう一人いたのを忘れていた。もしかしたらエドガーが旗を取っているかもしれない。ここで使うほど時間は有り余っていないはずだ。

「……任せた」

 水城は一言告げた。答える代りに尾鷲は手を挙げる。それを確認した水城は旗に向けて走り出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ