模擬戦
模擬戦が始まって三分。水城は、まだ誰とも出会えていない。訓練開始前に、パーソナルリンクに配布された地図を開いて十字路に立っていた。
「ここが境界線みたいだな。それじゃあ、あっちの方に……あれか?」
左を向く。視線の先には大きな箱が設置されていた。箱は先の部屋のような白色で、その場には不自然なものであった。水城はそれに近づく。側面に取っ手のようなものが取り付けられていることに気づいた。水城は恐る恐る引き、中身を確認した。
「これで合っていたみたいだな」
その中には、たくさんのマガジンが整理整頓されて置いてあった。訓練開始時から、水城の探していたものである。
訓練開始前、位置へ移動している最中に、椋野から説明を受けていた。
『ああ、言い忘れたことだが、弾薬は補充が可能だ。具体的な場所は地図の方にマーキングはしておいた。まあ、使うか使わないかはお前の自由だがな。もし使うなら、補充最中に敵に襲われる可能性が大いにあることは念頭に置いておけ』
つまり、今、水城がいるところは、弾薬補充地点となっている場所である。だが、十字路の真ん中、と周囲に隠れる場所がないため、椋野の説明通り襲撃の可能性が大いに考えられる。
しかし、それを逆手にとって水城は考えた。
(つまり、敵となる人物ができる前に、弾を確保すれば問題ない)
開始すぐに、敵ができる前に弾薬を補充しておく。これが、水城が考える最善の策であった。
棚から一つマガジンを手に取る。一度、尾鷲からもらったマガジンと確かめた。
(これで、合っているよな?)
もう二つマガジンを取って、胸の内ポケットに入れた時である。
「動くな」
後ろからの一声。さらに何かを突き付けられかけたが、その前に水城は屈んで回転し、今しがた後ろに立っていた人物に銃口を向ける。
「ふーん。なにそれ。自分で考えたの?」
(尾鷲涼花……)
水城と銃を向け合っている人物。それは尾鷲涼花だった。
「その、回避からの行動。数時間前の君じゃ考えられないね。彼女にでも教えてもらった?」
尾鷲の言う「彼女」とはクイーンのことだろう、と水城は考えた。
「……敵か?」
「あれ? 私の質問は無視? まあ、別にいいけど」
尾鷲は銃を下ろした。それに対応して、水城も銃を下ろす。
「一応、君はルールを理解しているみたいだね。初めてにしてその警戒心は上出来、上出来」
右手で銃をクルクルと回しながら、尾鷲は言った。
「と言うと、俺はお前とチームってことか」
「ええ。そういうことになるわね。まあ、目に入ったものはしょうがないしね。それがルールだし。というか、実際のところ言うと、最初から君と組もうとは思ってはいたんだけど」
「どうして?」
「君と組むことで、君の実力を見定めることができる、っていう点で言えば、好都合かもしれないからね」
「俺の実力を見るってなら、敵になって相手をした方が楽なんじゃないか? 俺と戦うってことにした方が」
「それもそうだ。確かにね。うん。確かにそうね」
尾鷲は、クルクルと回していた銃を止める。
「単純な個の能力を測るためなら、それでもいいとは思う。だけど、このチームのリーダーは私。実戦では最低でも、私の指揮の元で動いてもらえれば困らないからさ。それに……」
左脚に取り付けられたホルスターからも拳銃を取り出す。
「だいたい、君と私が戦ったとして、この学園で最強の能力を持つ私に勝てるわけがないもん」
そして、両方の手に持った銃を顔の前に交差させて、ポーズをとった。
「なに格好つけてるんだよ。勝てるわけがない? そんなことやってみなけりゃ――痛ッ!?」
突然、水城の持っていた銃が弾かれたように手から離れて、地面に落ちた。
(な、なんだ? いきなり手に痛みが走ったと思ったら銃が飛んでいった?)
混乱する頭を無理やり落ち着けて、水城は離れた位置に落ちたデザートイーグルを拾いあげる。
「何が起こったんだ? まさか、銃が生きているわけじゃあるまいし。なあ、リーダー……さん?」
水城は冗談を言って、尾鷲の返答を待った。だが、様子は先程とは違っている。尾鷲の視界に水城の姿は映っているだろうが、彼女の注意はそれとは別のものに向いていた。
「いったいどうし……」
「路上でべらべらと喋っているなんて、随分と余裕だな、二人とも。どうした? 旗でも見つかったか?」
声がした方向を水城が見ると、椋野が毅然とした様子で立っていた。
「いつからそこにいた?」
「いつからいたって? その質問に意味はあるのか、水城? それと、せっかく銃があるんだ。俺は敵だ。俺に向けてそれを構えなくてもいいのか?」
椋野は手を広げて一歩、二人に近づく。水城は慌ててデザートイーグルを構えた。だが、銃口を向けられている椋野はそれに怖気づく気配すらない。それよりもむしろ、満足げな表情で水城を見ていた。
(なんだ? なんで余裕なんだ、こいつは? こっちは二人だっていうのに。それに、銃が向けられているっていうのに)
対して水城は顔をしかめた。それは疑問であると同時に、椋野への牽制の意味も持っている。
「そう。それでいい。だが、あとはその迷いを取り除くべきだな。敵に向けるべきは敵意だ。たとえそれが訓練だとしてもな。……ところで水城、お前の横にいる涼花、……本当に味方か?」
「はあ? どういう――」
思わず水城の注意が一瞬椋野から離れた時、椋野は立っていたその場にはいなかった。
そして、
「その注意力は、甘ぇよ」
水城の耳元で声が聞こえる。すぐ横には椋野が踏み込んでいた。
(い、いつの間に?)
不意の状況に動けないでいる水城の顔面に、椋野は拳を構える。咄嗟に顔をかばうように両腕を上げたが、
「そんな防ぎ方で大丈夫か? 腕が邪魔で前が見えないだろう? ボディががら空きだ」
「――――ッ!?」
椋野が放ったのは、構えていた拳ではなく水城の腹部への膝蹴り。水城は体が浮いたように感じ、視界が明滅した。腕の防御の姿勢が解かれる。そこですかさず、椋野は構えた金属の拳を解き、
「すまないな、水城。もう終わりだ」