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クイーン  作者: 河海豚
第一章
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校長室④

「――――君は一度死んでいる」

 クイーンが言い終わって数拍数えた後、水城は頭を抱えた。水城の頭の中では今、自分が死んだ時の状況が映像のように蘇っていた。膝から崩れ落ちそうになったが、なんとか踏み止まった。だが、呼吸は乱れている。

「どう? 理解した?」

 まるでクイズの答えでも訊いているような口調である。それに対して、水城は一度クイーンを睨みつけると、ゆっくりと呼吸を整えながら立ち上がった。

「何がどうなったかは理解できた。俺が死んだこともな。とすると、ここは死後の世界とでも言いたいのか?」

 水城の問いにクイーンはもう一度小さく笑った。

「うーん。その答えは、半分正解で、半分間違いになるね。というか、そこまで驚いていないのが少し悔しいな。ねえ、涼花ちゃん」

「……私に振らないでください」

「つれないなあ。もっと私に付き合ってよ」

 クイーンは不満げな表情を見せた。

「どうしてだ? 俺は死んだ。それはこの体が覚えている。だが、どうして、俺は存在している?」

「……そうだねえ。なんて言えばいいのかな。確かに君は死んでしまった。だけど私は、ここは死後の世界ではないと言う。そうだねえ。強いて言うなら、ここは『パラレルワールド』と言ったところかな」

「パラレルワールド?」

「そう。パラレルワールド。日本語だと『平行世界』とも言うけど、詳しく説明するに、ここの場合は、君のいた世界の時間的なある一点から別れた歴史を持つ世界、ってところかな」

 水城は考えた。パラレルワールドという概念自体は、マンガや小説などで知ってはいたが、本当に存在するとは、ましてや自分が関わってしまうことになるとは思わない。いや、誰もそんなことは考えないだろう。一般的な要件だ。

「そして、君の意識はこの世界に来た。それで、元いた世界での記憶、知識の残存の割合をここでは『還元率』って言うんだけど、君の場合はそれが高かった。前の世界にいた君が、この世界の君を上書きした形になるのかな。でも、今までこの世界にいた君すべて消えたわけじゃないの。それ以前にこの世界で生きていた痕跡には気づいたはずだよ。例えば……、そこの尾鷲涼花を知っていたように、この校舎の構造を知っていたように、ね」

 水城は尾鷲を見た。確かに不思議なことだった。尾鷲のことだけではない。水城はこの学校の教室の配置、内田や山元のこと、今まで扱ったことのない銃の使い方など、以前いた世界では認識、面識すらないものを頭の中で自然に思い出されるような形で再現されたのだ。

 水城の視線を避けるように、尾鷲は目を逸らす。

「とまあ、こんな感じかな。この世界についての概略みたいなことは。次は今いるここについてだね。ここが学校もしくは学園であることは、よく理解しているところだと思うけど、どんな特性のある場所だったかは思い出せる?」

 考えるようなそぶりを見せた後、水城は首を横に振った。

「やっぱり知らないか。……はい! じゃあわかる人ぉー!」

 急にクイーンはテンションを上げて声を張り上げた。だが、そのテンションとは裏腹に、この室内は冷めている。尾鷲は、話は聞いているが面倒くさそうな表情をし、椋野はいまだに壁にもたれて目を閉じ、腕を組んでいる。エドガーにいたっては、いつの間にかソファに座ってお茶を飲んでいる始末だ。

「誰も手を挙げないのか……。自主性がないなあ。じゃあ、先生みたいにエド君に指名!」

 エドガーはお茶を最後まで飲み干した後、茶碗をテーブルの上に置いてすっくと立ち上がった。

「それでは僕が答えましょう」

 柔らかい微笑を浮かべたまま続ける。

「この学園の正式名称は『第二対魔教育機関高等部』。略称だと『第二』とか言われていますね」

「ハイ、正解! そうだね。でも、今度は自分で手を挙げて答えてもらえると嬉しいかな」

「これで質問一の答えは終わったね」と、クイーン言った。そして、続ける。

「次に『チーム』のことについてかな。まあ、それは……」

 最後まで言い終わる前に、クイーンは奇妙な行動に出た。片方の耳を塞ぎ、目を閉じた。

(なんだ? いきなり)

 しばらく待っていると、クイーンは目を開いた。

「準備ができたみたいだから、まあ、『チーム』については行きながら訊いて。涼花ちゃんとかに」

 そう言って、歩いて机に近づき引き出しを引くと、備え付けられた数々のボタンから一つ選んで押した。

「準備って、なんの……」

 水城は反論をしようとしたが、それは遮られた。校長室内に大きな電子音が流れた後、壁にあった本棚の一つがゆっくりと沈んでいく。そして、隠し扉のようなものが現れた。

「なんだ、これは?」

 またしても、水城は驚きを隠せない。だが、彼以外の全員は少しもそんな様子はない。「当たり前」とでも言いたげな表情だ。

「『なんだ、これは?』って、見ての通り隠し扉だね。……これから、水城君には適性検査を兼ねた模擬戦を受けてもらいまーす。とりあえず、君たち全員そこに入ってね」

 クイーンは水城の口真似をした後、扉を指差す。

「じゃあ、行きますか。ああ、茶碗はここに置いておきますね」

 エドガーが最初に隠し扉に向かった。扉の前に立つと、それは自動で開く。中を見ると、小さな部屋のようになっている。エドガーの後に椋野は続く。

 尾鷲もそれに続こうとしたが、一歩進んだところで、後ろに振り返り水城を見た。

「ほら、早く。水城君もついて来て」

 水城に向かって手を差し伸べる。

「いや、ちょっと待っ……」

 水城は渋っていたが、クイーンに背中を押された。尾鷲の横をすり抜けて、隠し扉を通ると転んだ。クイーンの片脚が上がっていることから、水城は自分が蹴られたということを確信した。

(クソ、俺が何したっていうんだ……)

 起き上がろうとしたところで、尾鷲が隠し扉を通過して水城の横に立った。もう一度手を差し伸べる。今度はその手を取って、水城は立ち上がった。

「じゃあ、私は行けないから、がんばってね」

 クイーンは一方は手を振って、もう片方の手で机のボタンを押す。また、大きな電子音がすると、扉は閉じられた。

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