校長室③
「もしかして涼花ちゃんと水城君って、知り合いだった?」
「えっと……、まあ、そんなところです」
尾鷲の返答に、校長室にいた白い髪の女は顔を輝かせた。その前で水城は、他のことについて考えを巡らせていた。尾鷲の後ろで佇む二人の少年についてである。
「ところで、あなたしかここにはいませんが、校長先生はどちらに?」
「校長は二日くらい前から本土にいるよ。出張みたいで」
尾鷲は敬語を使うのに対して、白い髪の女は軽い口調だ。
(要するに、こいつは校長じゃない、ってことか。じゃあ、なんでこいつはいる? こいつはいったい誰だ?)
「さて、本題に入ろうか。水城君、こっちに来て」
言われるがままに、水城は白い髪の女の傍まで近づいた。
「さて、君たちにここに集まってもらえたのは他でもありません。尾鷲涼花率いるチーム『イーグル』に水城君を配属することに決めました」
白い髪の女は、「イェーイ」と言いつつパチパチと手を叩いた。それに同調するように、金髪の少年もにこやかな微笑みを浮かべて手を叩く。黒髪の少年は壁に背中を預けて、腕を組んでいた。興味がないような素振りをしている。
「ええっと、まずは自己紹介から始めようか。じゃあ、水城君からどうぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんだ、これは? チームってなんだ? なんで俺はここに連れてこられた? いったい、ここはどこなんだ?」
水城は困惑していた。状況が理解できない。これまで溜まっていた疑問が全て口から飛び出た。
「どうした? 答えられないのかよ」
「……うーん。どう言えばいいと思う?」
「なんだと」と、水城は答える。白い髪の女は続けた。
「いや、さ。君は理解しているはずなんだけどなあ。どうしてここに来たのか、『この世界』に。還元率が九十パーセントを超えているにしても、知識くらいはあるでしょう?」
「なに?」と、これまで黒髪の少年が喋り始めた。重みのある声である。
「還元率がそんなにもあるのか、こいつは? 聞いたことがないぞ。間違っていないのか、クイーン?」
(クイーン?)
水城は眉をひそめた。
「間違ってないわ。『私』は完璧だから。それと、私の紹介は後に取っておくつもりだったのに、ひどいわね、むったんは」
「あなたもですか……」と、黒髪の少年は呟いた。先程発言をしたときは慌てていたため、うっかりしていたが、ここでは敬語に戻っていた。尾鷲の、この白い髪の女への接し方もそうだったが、少なくともこの場で言えば一番立場が上の人間なのだろう。
黒髪の少年の呟きが聞こえなかったかのように、「ふう」と、白い髪の女は息を吐く。
「水城君、ごめんね。質問の答えは自己紹介の後でもいいかな? 君の答えに関連していないわけじゃないからさ。じゃあ、水城君からどうぞ。クラスの紹介とか、好きな食べ物とか必殺技とかもね」
白い髪の女は明るく言った。これでは埒が明かない、と水城は渋々承諾をして前に出る。
「名前は水城貴鳥。クラスは一年A組。以上」
それだけだ。それだけを言ってから、水城は元の位置に戻った。
「うんうん。ちょっとつまらないけど。じゃあ、次は尾鷲さんの番ね。必殺技もよろしくねっ!」
白い髪の女に促されて、尾鷲は一歩前にでる。水城を見つめながら話し始めた。
「名前はご存知の通り、尾鷲涼花。高等部兼選定部所属。クラスは二年A組。あと、チーム『イーグル』のリーダーの任に就いている。とまあ、こんなところかな」
(選定部? チーム? イーグル? また意味のわからないことを)
疑問が生まれた水城を差し置いて、「次は僕の番かな」と周りの様子を伺って金髪の少年は続けた。
「初めまして。僕の名前はエドガー=ノーバードって言います。学年は三年でクラスはAだけど、『さん』付けとかはされたくないな。いろいろと面倒くさいし。『エド』って呼んでくれたら嬉しいから、これからよろしくね、てことで、はい次。むったんの番だよ」
金髪の少年――エドガー=ノーバードは柔らかな表情で、黒髪の少年に振った。
「むったん言うな、って言っているだろう、ったく……。椋野恭市郎だ。俺とエド、二人とも高等部兼選定部『イーグル』所属だ。学年は三年、クラスはA。まあ、よろしく頼む」
黒髪の少年――椋野恭市郎は視線を水城に向けることなく言った。次は白い髪の女だ。それまでと同じく嬉々とした様子で話し始める。
「みんな、必殺技は……? まあ、いいけど。椋野君にネタばらしされちゃったけど、私の通称は『クイーン』。見ての通りにスーツ姿のクールなお姉さん。それ以上でもそれ以下でもないわ。そして」
水城を含めた、その場にいた白い髪の女――クイーン以外の全員が呆れたような表情をした。だが、その後水城は信じられないことを聞く。
「その正体は、この島を統括するコンピュータ。それが私。どう? 驚いたでしょう? あっ、好きな食べ物と必殺技はねえ――――」
重大なことに至っても、軽い冗談を言うような口調でクイーンは告げたため、水城が口を挟む。
「コンピュータ? ……仮にそうだとして、どうして俺の前に、しかも人間の姿でいるんだ? おかしいだろ」
「あれ、信じてない? リアルな話なんだけどな。うん、質問の答えだけど、私はこの島を統括しているって言ったよね。つまりそういうこと。なんだってできるってことだよ。……いや、ちょっと見栄を張っちゃったかな。うん。何でもとは言わないけど大概のことはできるよ。まあ、この姿は実体映像みたいなものね。さっき君の身体を触れたけど、私、便利なことに実体として存在していることにもなるんだよね」
水城は絶句していた。そんな話は聞いたことがない。ありえない。
「君は頭が良いって聞いたから、ここがどんな所かなんてすぐわかると思ったんだけど、思い違いだったかな」
「……そんなこと知らない。早く教えろ」
「そういえば、そうね。還元率が高いってことはそれに応じて還元される前の記憶が押し潰されたように、隅に寄せられたように忘れてしまう傾向にある、ってことね。新しい発見だわ」
クイーンは「フフッ」と小さく笑うと、表情を改めて水城に告げた。
「水城君、大事なことを教えてあげようか」
そのまま少し歩く。そして、立ち止まると水城を指差した。
「――――君は一度死んでいる」