ドリル燃料
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
「フューエル」というと、英語で燃料の意味合いだということは知っていよう。
なんの因果か日本語にも似たような発音で「増える」がある。
フューエルが増える。ギャグっぽいけど燃料が増すというのは、心身動かす状態へ持っていくに重要なものだ。
趣味、修練、休養……なにをもって燃料補充の手段とするかは、人によるだろう。けれども、それらには限りがある。
なにも時間ばかりじゃない。量に関してもだ。
燃焼していく早さに応じ、適切な分で運用されるならともかく、燃料タンクより外へあふれ出て、垂れ流しになってしまうならやりすぎなわけだ。
過ぎたるはなお及ばざるがごとし。苦しいことはもちろんだけど、楽しいこともときによってはセーブしたほうがいいかもだねえ。
僕も以前に、ちょっと燃料を補給しすぎて、少しまずいことを引き起こしちゃったことがあってね。そのときのこと、聞いてみないかい?
昔の僕の燃料は、問題を解くことだった。
テスト対策、という傾向とはちょっと違うなあ。解くのはいつも、自分の力で楽々と片付けられるレベルのドリルだった。
もちろん、満点を取ることもたやすい。100点を取った花丸ページが量産されていく。
そして、ひたる。
満点をとった問題ページを、時間を見つけては振り返り、ニヤニヤするんだ。「自分はこんなにできるやつなんだ」とね。
自己分析するに、僕は「証明」に飢えていたんだと思う。自分は特別だ、という証にね。
親にほめてもらえるときが、小さい子にとって貴重な証明される機会であって、満点をとると喜んでもらえた。ゆえに僕は満点をとる経験こそ、大切に思うようになっていたんだ。
テスト本来の意義など考えない。その先にあることも考えない。
ただ満点を取り続け、所有し続けて、読み直し続ける。にやけづらし続ける。
それこそが、空いた時間にできる僕の数少ない娯楽だったんだ。
花丸を描き、なおかつとっておけて、すぐに見直せる。
そうなると要望を満たすためだけに買われるドリルは、山のように積みあがっていく。
親も目にするのは子供の勉強姿だから、悪く言われることもほぼない。せっせこと楽勝な問題を解いて、花丸をつけ続けていき、その答えにほれぼれするというだけだ。
花丸さえこさえればいいから、ドリルの新旧はたいした問題じゃない。ただ、最初に積まれたものは次第に土台となり、取り出しづらくなり、縁遠くなるということだが……問題はない。
僕の精神燃料は次から次へとつぎ足され、それを味わうことができれば、満たされるのだから……そう考えていたんだよ。
自分がそのような燃料補給をするようになって、どれほどの日が経ったか。
ドリルの内容をアップデートし続けながらも、満点がとれる範囲を追求し続ける僕の部屋の本棚は、とうとうドリルを差し込み続ける幅を失う。
代わりに、棚の入り口へうずたかく積み上げられていく、ドリル、ドリル、ドリル……。
さいの河原の石かと思しき姿でも、積んでいる本人はこれを嬉々として繰り返し、ときおり自分から崩しては悦に至るのだから、この気味悪さは地獄の鬼もはだしで逃げ出すだろう。
しかし、ここはさいの河原ではなく、自分の部屋。とがめる者もなく、僕はまた燃料をラッパ飲みできるということだ。
このときもまた、ドリルのページを満点で終えて、花丸を描いていくところだった。
もはや単なる花一輪では足りないと、幹を描き、葉を描き、根を描き……と、ページごとに巨大植物を作るようになっていたよ。連続で満点を取るたびに、ここにどんどんとパーツを付け足していき、ただの花丸と呼ぶのはおこがましいものを作っていく。
それを見返しつつ、心にふつふつと湧くものを感じながら、口の端を持ち上げていく僕だったけれど。
ふと、地震が襲った。
さほど大きなものじゃなかったと思ったけれど、本棚の棚に積まれていたドリルの山はその衝撃に耐えられない。
ざざっと、雪崩を打って部屋の中ほどへ倒れこんできた。それどころか、中深くおさまっている本たちも、まるで下に氷が張っているかのように滑り出て、先に倒れたものたちの山へ混ざっていく。
その大半のドリルから成される、低い紙の山ができあがったと思うと、一瞬でそれが燃え上がったように思えたんだ。
なにせ、彼らを瞬く間に包み、部屋の天井をつく赤い身体は炎のそれのように思えたからね。しかし、実際には違った。
間近にあって熱もなく、音もなく、光すらも発しない。それらはただほのかにだいだい色を含んだ赤色でもって突き上げ、天井に穴さえ開けたかと思うと、たちどころに崩れ去って真下の床とドリルたちを汚しつくしたのだから。
それは、僕がドリルたちの花丸に費やした、赤インクたちだったんだよ。
あとで確かめたとき、犠牲になったドリルたちからは花丸たちがすっかり姿を消していたんだ。
僕は有り余る数の彼らから燃料をもらい続け、楽しみ続けているつもりだった。
けれど、ドリルたち。いや、ことによると花丸たちにとっても同じことで、彼らは僕から燃料をもらいながら稼働できるそのときを、じっくり待っていたのだろう。
あの結果が、彼らの望むものだったかどうかは、分からないけれどね。