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7話 ライナス殿下は積極的

「うそ、ちょっと……!」


 エステルの体はゆっくりとベッドに下ろされる。

髪を撫でるライナスの手首を掴み、「冗談ですよね?」と引き攣った笑みを向けるが、彼はゆっくりと首を横に振るだけだ。


「いや……あの……いくらなんでも……気が早すぎでは」

「うみゃん みゃう みゃお?」──『ではどうすれば受け入れてくれる?』

「それは……っ!?」


 ライナスの吐息が首筋にかかる。目を閉じれば負けだと唾をごくりと飲み込み、エステルは下からライナスを睨みつける。


「うみゃ にゃ……にゃいにゃん。にゃお うにゃにゃ にゃおん にゃーにゃ。うにゃにゃ にゃおん」──『私はずっと……君を探していた。まさかこの国の人間ではなかったとは想定外だったが。探しても見つからないわけだ』


 この王太子、些か積極的すぎる。初めて出会ったのが十七年前で、よく長い期間エステルを思い続けていたものだ。



(積極的というよりも……執着的ね。おまけに強引だわ)



 それが嫌だとは思わないけれど。人との関わりを絶って閉じ込められていたエステルからしてみれば、どのような形であれ想いを伝えてくれることはありがたいわけで。



(けれどいきなりコレは無理ってものがあるわ!)



 ライナスの顔が近いのだ。青い瞳に映し出される自分の姿が見えてしまうほどに。こんな状況だというのに、エステルの耳に届くのは、ライナスの落ち着きすぎている静かな息遣い。自分の心臓はバタバタと喧しい音を立て続けているというのに。


「あ……の……」

「にゃお?」──『だめ?』

「にゃおおぉ!」──『だめだよぉ!』


 バサッとベッド上の布団が飛び上がる。何事かとエステルが目を丸くしていると、勢いよくベッドから飛び出す影が二つ──先程出会った双子のシャーロットとエリオットだ。布団を跳ね除けた二人は、ライナスの両腕を力いっぱい拘束した。


「みゃおん! うにゃー、にゃにゃんにゃん!」──『お兄様! そんなのだから、婚約者に逃げられるんだよ!』

「うにゃぁぁ! にゃんにゃ にゃおん にゃーんにゃん!」──『そうだよ! しつこい男は嫌われるってアルフが言ってたよ!』


 一先ず助かったのだと、エステルは胸を撫で下ろす。大きく息を吐くが、心臓はバタバタと駆け足のままだ。


「にゃにゃ、にゃーん」──『エステル、教えてあげるね』

「なんですか?」

「にゃーん、にゃおにゃにゃん」──『お兄様ったら、今まで何人も婚約者に逃げられてるんだよ』

「みゃん」──『重いんだよね』

「みゃおん。にゃ、にゃーんにゃおにゃお〜!」──『愛が。って、アルフが言ってた〜!』


 一体何処で覚えたのか、幼い二人は口が達者てあった。犯人は恐らくはアルフという人物なのだろう。


 二人は尻尾をパタパタと動かし、ベッドの上で兄を叱りつけている。その光景がなんとも愉快で、エステルは堪えに堪えていたものを吹き出してしまった。


「にゃお にゃにゃ?」──『どうしたのエステル?』

「ごめんなさい……つい、おかしくて……フフッ……」


 一度笑い出してしまえばなかなか止まらない。一旦落ち着こうと三人に背を向けたところで、眼前に佇む小柄で壮年の女性に睨みつけられてしまった。


 この女性、一体いつ部屋に入ってきたのだろう。


 エステルは口から落っこちそうになった悲鳴を、なんとか飲み込んだ。


「にゃーにゃ!」

「にゃ、にゃおーん」──『はい、婆やですよ』

「にゃおんにゃおん!」

「にゃん……うにゃにゃ にゃんにゃおにゃん。にゃにゃ?」──『全く……何を騒がしくしていらっしゃるかと思えば。エステル様?』

「は……はい!」


 小柄だが、眼光の鋭い侍女だ。眼鏡の奥の黒い瞳をぎらつかせ、エステルを掴んで離さない。


「うにゃん……にゃん にゃ。にゃおにゃおにゃ、にゃにゃ にゃんにゃお。んにゃあ にゃおーん」──『申し遅れました……侍女のカミラと申します。ライナス殿下のお世話と、エステル様のお世話もさせて頂くこととなりました。以後よろしくお願い致します』

「よ、よろしく……カミラ」

「んにゃあ にゃおん、にゃにゃん にゃん。うにゃあにゃぁ、にゃいにゃ うにゃ、にゃん」──『お疲れの所申し訳ありませんが、これより王宮内の案内をさせて頂きます。明日は朝が早いので、出来るだけ早く休んで頂けますよう、尽力します』

「お心遣い感謝します」


 カミラが話している間、後ろの三人は一切口を開かなかった。緊張した面持ちで、じっとこちらを見つめていた。


「にゃ、いにゃ。うにゃにゃ……」──『あの、カミラ。案内なら私が……』

「んーにゃ。うにゃん にゃんにゃん にゃおにゃ にゃおん」──『いいえ結構。昼間っから執務室で淫行に走るような方には任せられません』

「みゃーみゃ、にゃおんにゃーん」──『それにしても、いつ部屋に入ってきたのだ』

「みゃお、にゃにゃーん。にゃん にゃおんにゃん。にゃあ んにゃあ にゃおにゃ?」──『あら、最初からずっと部屋におりました。殿下の行動は筒抜けですわ。私が何年お仕えしていると?』


 がっくりと項垂れるライナスの姿を見て、エステルはくすりと笑い声が込み上げてしまう。先程まであんなにも積極的だった男が、侍女の一言二言でしょぼくれてしまうなんて。


 そんなライナスを次に襲うのは、扉の向こうから姿を現した赤髪の騎士だった。足早にライナスの前まで歩いてきた騎士は、彼に分厚い紙束を突きつけた。


「うにゃう、にゃん」──『殿下、執務を』

「……にゃおん」──『……アルフ』


 この男がアルフか。スンとすました顔立ちに、灰色の耳。エステルとカミラに頭を下げると、アルフはライナスの腕を引き、執務椅子に無理矢理腰を下ろさせた。


「うにゃう にゃーにゃーん。にゃにゃ うにゃーんにゃん」──『殿下はしっかりと執務をこなして下さい。エステル様のことはお任せを』


 カミラは得意げに胸を張ったまま、部屋の扉を開く。その隙間から、双子の姉弟がするりと抜け出していった。


 エステルは眉を下げながらも口角を上げ、苦い笑みをライナスに向ける。淋しげにこちらを見つめるライナスを放っていくのは些か心が痛んだのだ。


「殿下、頑張ってくださいね」 

「にゃおん……にゃ にゃーんにゃーん、にゃおん?」──『励むが……今日は量が多くないか、アルフ?』

「にゃおーん」──『そのようなことは』


 そんな二人の姿を見守りつつ、エステルはカミラと共に執務室を後にした。



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