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6話 試してみる?

「みゃうみゃう、にゃうにゃう! にゃにゃ みゃん!」──『シャーロット、エリオット! エステルから離れなさい!』


 二人は六、七歳くらいだろうか。エステルの腰にくっついたままの双子たちを、ライナスが引き剥がす。背中を摘み上げると、慌てて駆けてきた侍女に二人を託した。 


「みゃん! みゃーにゃん!」──『ずるい! お兄様だけずるい!』

「にゃにゃ、にゃんみゃ!」──『エステルの目、お月様みたいできれい!』

「んみゃあ、にゃおーん!」──『いいなあ、遊びたいよぅ!』

「んみゃ にゃにゃ にゃん」──『お前たちにエステルは渡さん』


 ぐい、と伸びてきたライナスの腕が、エステルの腰を抱く。顔を上げると真っ青な瞳に吸い込まれてしまいそうになり、エステルは慌てて顔を伏せた。


「んみゃあ にゃん。みゃ みゃうみゃう にゃ にゃうにゃう」──『うるさくてすまない。妹のシャーロットと弟のエリオットだ』

「こんにちは、初めまして」


 相手が子供だからだろうか、一度に二人の顔を見て更にライナスが視界に入っても、エステルの心は乱れなかった。少しずつ人に慣れてきたことに驚き、心の中で拍手を送った。



(それにこの子たち……可愛すぎるもの!)


 

 小さな子猫たちは、耳をピクピクと動かし、フワフワな尻尾もしきりに揺れる。触れてみたいが初対面でそれは憚られ、ぐっと手を引っ込める。



(うーん、それにしてもこの体勢……話し辛いわ)


 

 膝を折って話をしたいというのに、ライナスの腕は未だエステルの腰を抱いたままだ。


「にゃーにゃん!」──『初めまして!』

「にゃ にゃにゃ、んにゃー!」──『ねえエステル、遊んで!』

「いいですよ。でも大事なお話が終わってからでもいいですか?」

「にゃあ!」──『うん!』

「にゃあん!」──『わかった!』

「いい子たちね」


 可愛らしい二人の頭を撫でてあげたい衝動に駆られ、エステルはライナスに腕を離してほしいと頭を下げる。


 残念そうに耳を前に倒したライナスは、肩を落として頷いた。


『エステルは子供が好きなのか……? ならば今夜からでも励もうか……』

「えっ!?」

「にゃ?」──『え?』


 腕を伸ばして「いい?」と尋ねると、双子たちは首を縦に降った。二人の頭と耳を撫でると、フワフワな感触にエステルの頬が思わず緩む。



(フワフワね……なんて可愛いの……!)



 頭を撫で回された双子たちは、満足そうに目を細めて下がっていった。


 さて問題は、後ろで本音を滝のように流し続けるライナスである。


「ライナス殿下……ご存知かと思いますが、わたくしは顔を見た相手の心を読みます」

「にゃん」──『知っている』

「知っているというのに、そのようなことを……!」


 エステルの全身が熱を持つ。この歳にもなってダンス以外で男に触れられたことなどない彼女は、男に対する免疫が殆どないのだ。



(おまけに、こんなに若くて眩しい方なんて……無理よ!)



 年増の自分に、十も歳下の王太子など相応しくないことは誰の目にも明らかであった。そもそも、貴族院が二人の婚約を良しとするとも限らない。しかしながら少しずつこの青年に惹かれ始めているのも事実。(うぶ)な自分が恥ずかしくて居た堪れなくなってしまう。


『ずっと好きだったのだから仕方がないじゃないか……!』

「え? どういう意味ですの……?」

「みやぁ みゃおん。にゃにゃ、にゃおん」──『私たちは会ったことがある。覚えていないのならば、思い出させるまで』

「ちょ……!」


 軽々と横抱きにされるエステルの体。あまりの恥ずかしさに、顔から火が吹き出しそうであった。


「にゃんにゃん、にゃにゃ にゃー うにゃ」──『申し訳ありません父上、エステルと二人で話がしたいのです』

「んにゃ……みゃん うにゃーんにゃん」──『構わないが……彼女が嫌がることはしないように』

「にゃーん」──『勿論です』


 頭を下げたライナスは、エステルを抱き抱えたまま王の間を抜けてゆく。壁際に控える騎士たちからはどよめきが起きた。


『嫌がらなければ……何をしてもいいということか』

「えっ」

「にゃー、みゃう。にゃおん うにゃにゃにゃん」──『ふふ、冗談だ。嫌がる前に嫌と言えないようにしてしまえばいいだけだ』


 終始仏頂面だったライナスの口角がスッと持ち上がる。碌でもないことを考えているのは、彼の顔を見れば筒抜けであった。





 自分で歩くと何度言っても、ライナスはエステルを下ろしてはくれなかった。廊下ですれ違う侍女たちから浴びる視線がなんとも痛く、エステルはついには顔を隠してしまった。


 後ろから必死になってベルナールがついてくる。


「ライナス殿下……どちらに向かって……」

「にゃおん」 

「あ、えっと?」


 顔から手を外し、下から見上げると青い瞳がスッと細められた。手で覆いたくなるくらい、眩しい作り笑顔だ。


「にゃおん」──『私の私室だ』

「嘘ぉ……」

「うにゃ にゃ? みゃおーん にゃん」──『ならば執務室にしようか? まあ、どちらにしても……』

「……えっ、なに、なんですか!」

「みゃー、にゃんにゃ」──『さて、なんだろうな』


 ライナスのいたずらっぽい表情に、エステルは眉根を寄せる。


 辿り着いた扉の前には、赤髪の男が一人控えていた。男はライナスの顔を見ると、扉を開く。


「うみゃう」──『あなた様はこちらで』

「え? え? うそ! お嬢様ーっ!」


 赤髪の男に、ベルナールは拘束される。扉の隣にある椅子に無理矢理座らされる姿がちらりと見えたところで、バタンと扉が閉まる。


「にゃー、にゃおん」──『さて、やっと二人きりだ』


 ご丁寧に二人掛けの長椅子に下ろされたエステルの隣に、ライナスが身を寄せてくる。こんなにも眩い青年に、本当に会ったことがあるだろうか。


「思うのですが、人違いでは?」

「みゅうみゅう にゃ、にゃにゃお うにゃん、にゃおん みゃぁ……にゃんにゃ にゃん。にゃお にゃんにゃん にゃお」──『十七年前に呪いを受けて、人の心を読めるようになってしまった、金の瞳に、左目の下の二連ほくろ……私に似た髪の令嬢。名はエステルだと彼女は名乗った』

「ええと……」

「にゃお うにゃあ、にゃおにゃー?」──『魔女から幼い子供を庇ったことを、覚えてない?』


 エステルが呪いを受けたのは十七年前。父の外交に同行した先のここハルヴェルゲン王国でのこと。


 路地に迷い込んでしまったエステルを助けてくれたのは、青い瞳に煌めく髪の美しい子供だった。


 ライナスの瞳が輝く。サファイアのような色合いに、引き込まれてしまいそうになる。


「あ……」


 エステルは口元を手で覆った。



(殿下の瞳……まさか)



 記憶を掘り返していくと、幼子の顔を朧気に思い出し、それがライナスと重なった。幼いのに大人のように涼やかな目元に言動、それに城下町の子供にしては上等な服を着ていて不思議だったこと。


「うみゃ みゃん。にゃおん にゃーにゃー にゃん、うにゃあ にゃいにゃ にゃん」──『当時私は六歳。幼い頃のことなど殆ど覚えていないというのに、あの時の経験は記憶に深く刻まれているんだ』

「……たくさん、遊びましたからね」

「にゃにゃ にゃお、にゃにゃんにゃーん」──『エステルは足が速かったから、追いかけるのが大変だった』


 ライナスの手がエステルの長い髪の毛先を掬う。先端を唇に押し当てると、上目でエステルを見つめた。



(いい歳をして……こんな若い方に胸をときめかすなんて……!)



 なんて恥ずかしい感情なのだと、エステルは目を逸らして唇を尖らせた。男性に迫られた経験がないわけではない。呪いを受ける前は人並みに……ではあったが、何年屋敷に引きこもっていたと思うのだ。男性に、しかも若い男性に対する耐性など殆どないようなものだった。


「にゃにゃ」


 名前を呼ばれている気がする。ちらりと目線を持ち上げれば、涼し気な目元に捕まってしまった。


 指が絡め取られる。筋ばった手が、エステルの長い指を押さえ込む。


「にゃにゃ、にゃおん?」──『エステルこっちを向いて?』

「殿下、わたくしがいくつかご存じですよね?」

「にゃおーん」──『年齢なんて関係ない』


 ライナスの真剣さが伝わってくるような、射抜かれてしまいそうな眼差しだ。


 しかしエステルも怯まない。


「ありますわ。わたくし、子供も産めるかどうかわからないような歳ですよ? それなのにこの歳で王太子妃だなんて……」

「にゃにゃん、うにゃあみゃ にゃおん」──『それならば、すぐに妻となって試してみればいい』

「……試す?」

「うにゃん にゃお、にゃー?」──『子供が出来るかどうか、試してみる?』


 エステルの体がスッと持ち上げられる。エステルを抱きかかえたライナスが向かうのは、壁際の大きなベッドだ。



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