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3話 舞踏会で舞う二人

 ハルヴェルゲン王国に嫁ぐまでの短い日々はあっという間に過ぎ、今夜は舞踏会当日──出発の夜だ。荷物は出来るだけ少なめに。


 もうこの屋敷に帰ってくることはないだろうから、残していくエステルの荷物はきっと処分されるのだろう。そう思うと、トランクの中身があれこれ増えてしまい、ベルナールに笑われてしまったのだが。


 嫁入りとは言っても、これは白い結婚だ。エステルはハルヴェルゲンという国を救う為の道具として、こき使われるのだろう。



(そういえばお父様、王家に嫁げと言っていたわね? 王家って……国王様か王太子殿下ということならば、わたくしは王妃か王太子妃……妾の可能性もあるわね)



 王妃か王太子妃か、はたまた妾か。行ってみなければわからない。妾のほうが幾分か気が楽だ。王妃だなんて、自分には務まるはずもない。


 父からこれ以上の情報を聞き出すことは、どう考えても難しかった。普段から食事も別なのだ。顔を見たのも呪いを受けた直後が最後。家族でありながらも、他人以上に希薄な関係に、胸の奥がスッと冷え込んでいくのを感じた。


 ──最早、父の顔も朧気な記憶だ。



(……いいのよ、別に。きっとわたくしはまだ恵まれているほうだから)



 ダンスの相手も剣の相手も、ベルナールがしてくれる。食事をして、庭の花を愛でて、本を読んで、温かい布団で眠る。


 それだけで十分なのだと言い聞かせて顔を上げた。


 二人の名前がコールされ、眩い会場に一歩踏み出す。


 歓声とどよめきが二人を包む。エステルが貴族界から姿を消して十六年。最早彼女の姿を鮮明に覚えている者はおらず、「あの令嬢は誰だ」と皆口々に話している。


「エステル?」──『また顔が暗いな』

「大丈夫です、足は踏みませんから」

「そんな心配していない」──『これが最後なのだから……』


 エドワードに言われた通り、エステルは伏し目がちに静々と彼のエスコートを受ける。静々と歩くが、あまり大人し過ぎるのも性に合わない。ホールの端から中央まではドレスの裾を翻し、堂々とエドワードの隣を歩いた。


「そうだ、堂々としていればいい」

「しかし、怖いのです……人の視線が」

「堂々と入場した者の台詞とは思えないな」

「わたくしは殿下の言う通りにしただけですわ」

「大丈夫だ、いいから堂々としていろ」


 エドワードの口の端がニッと上がる。互いの手を取り、エドワードの右手がエステルの背中に触れた。


 ──オーケストラの演奏が始まる。


「静々とついてこいと言っていませんでした?」

「そうだったかな?」──『そうだった……な』

「フフッ、殿下ったら」


 エドワードのエスコートで、二人は演奏に合わせて滑るように足を踏み出した。十三年間、週に四回教師と生徒だった仲だ。息はぴったりだった。


「殿下、本当にお上手になりましたね」

「僕の努力と、君の指導のお陰だろう?」──『長い間、本当に世話になったからな』

「これならもう、わたくしの指導はいりませんわね」


 ステップを踏み、数歩進んでくるりとターン。手本のようなダンスに、歓声が一層大きなものとなった。


「……」──『そんな淋しいことを言うのか』

「駄目ですよ殿下、そんな顔をされては」

「父に抗議したんだ。今回の件、エステルの扱いが酷すぎないかと」──『同意もなしに国外に嫁がせるなんて酷すぎる!』

「何故そのような」

「何を笑っているんだ」──『心配なんだ』


 クスクスと笑みを溢すエステルに対し、怒りを露わにするエドワードの眉間にしわが寄る。こうやって、他人のために怒れる所がエドワードらしかった。


「いいではありませんか。これまで鼻摘者として閉じ込められていたわたくしが、国外で自由の身になれるのですよ? 陛下には感謝しかありませんわ」

「それは……体裁よく言っているだけだ」──『恐らくは白い結婚な上、どれだけこき使われるかもわからないというのに!』

「……それでも」


 エステルの月の瞳が、エドワードの水面の瞳を捉える。


「それでも、外に羽ばたけるだけでも幸せですわ。大丈夫です、わたくし……心は弱くても、剣術は強いですから」

「……そうだったな」──『剣の相手は二度としたくない』

「剣の腕前は上がっておりますよ」

「恐ろしいな」──『本当に強いから勘弁してほしいんだよな……』


 オーケストラの演奏が盛り上がりを見せる。アルリエータ王国自慢の王族専属の交響楽団だ。こんな演奏のもと踊ることなど、もう二度とないだろう。


 エステルのヒールがカンッ、とホールを打ち鳴らす。この素晴らしい時間を忘れないように、一歩一歩──全てを記憶に刻むように息をする。


「殿下はこのあとプロポーズと言っていましたよね?」

「ああ」──『くそ……揶揄われる』


 あんなにも小さかったエドワードが今夜プロポーズをするだなんて。想像するだけで感慨深かった。


「揶揄いませんよ。わたくし、この後すぐに出発せねばなりませんので……健闘を祈っております」

「ありがとう」──『近況報告の手紙くらい書くさ』

「いけません、婚約なさるのに他の女に手紙を書くなど……リルファ様が知ったらどう思われるか」

「婚約出来ると確定したわけではないぞ? それにリルファはそんな小さな女ではないさ」──『君が幼い頃からの教師で、()()の身で嫁いだと知ればわかってくれる』

「フフッ、病気ですか」


 幼い頃からエステルの生徒だったエドワードは、今や立派な青年だ。身長だってぐんぐん伸びて、エステルの頭一つ分以上も高い。


 そこら辺の騎士よりも分厚い体に不器用な性格のこの男が、どんなプロポーズをするのか、気にならないと言えば嘘になる。


 歳は親子ほど離れているけれど弟のようで、一番出来の良かった生徒で、エステルの暗い人生を彩ってくれた友のようで。


「エドワード殿下……今まで十三年間、本当にありがとうございました。これで、さよならです」

「ああ、こちらこそ本当に世話になった。道中気を付けて」──『今までありがとう、エステル』

「お健やかに」


 オーケストラの演奏が終わる。二人の体が離れて、エステルはスッと腰を折る。大歓声が会場を包みこんだ。


 エドワードの周りに人だかりが出来るのを見送ると、慌てて顔を伏せた。彼ならきっと良い王になるだろう。セカンドダンスの誘いが来る前に、エステルは足早に人込みを抜け会場の出口へと向かう。



(いけない……人の顔を見ては)



 スッと腰を折って顔を上げた瞬間、多くの人の顔が視界に入り込んだ。



(怖い……!)



 こんなにも人の顔を一度に見たのは何年ぶりだろうか。見られている──そう感じるだけで、込み上げてくる恐怖。それと同時に心の声が無数に頭に飛び込んできて、気分が悪くなってしまった。



(早く……外に)



 称賛と誘いの声を全て無視して前に進む。どうせこの国に帰ってくることはもうないのだから、自分の評判がここで悪くなろうが、知ったことではなかった。


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