芽が出るまで、私だって待てますわ
ある辺境に住む"ハッピー姫さま"と、クール執事の日常のお話。
姫さまが珍しい種と出会う、ミニストーリーです。
恋愛成分はほんのちょっと香るくらいしかないです。
つたない文章ですが、2人のほのぼのエピソードを読んでほんわかを感じてくださると嬉しいです。
駆け出し者につき、ある程度はご容赦ください。
とある異国の辺境で名を馳せる大貴族の男には、一人の娘がいた。
名はミリアン・バーネットという。
今年6歳になる彼女は、自分の領地は首都であり己こそがこの国の姫と信じ込んでいた。
そして種から花を咲かせられれば一人前のレディになれると、本気で思っていた。
民衆や家族は親しみを込めて、彼女を"ハッピー姫さま"とよんでいた。
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人々が寝静まった頃、屋敷の廊下にはハッピー姫さまに仕える者たちの声が響いていた。
「姫さまはぷくぷくしていてチャーミングだな」
「そのとおりです。
赤ちゃんみたいなほっぺでいらっしゃいますよ」
それは6歳児ではなく、もう少し幼い子どもを褒めているように聞こえるが
若干顔周りがぷくぷくなのも事実である。
ちまたでは間食が原因の1つではないかと言われている。
「相変わらず私におやつをねだってくるのも可愛くて仕方がない。
週に1度の頻度だったのが、最近では2,3回になってね」
「あらあら、いいじゃないですか」
ミリアンと仲良しのおじいちゃんシェフの笑い声も聞こえてくる。
どうやら間食の噂は本当だったらしい。
立ち聞きで情報収集していた執事のバロンは耳をそばだてた。
「これは新しいスイーツでね、姫さまも喜ぶじゃろ」
皿には小さくて丸い粒が盛り付けてある。
「私たちも食べてみたいです」
「これは試作品だから食べても構わんよ」
料理長はさらにミリアンに餌付けしようとしているらしい。
おやつ食べ過ぎの疑惑があるミリアンをやり込めるチャンスかもしれない。
暗闇の中でバロンは目をキラリと光らせ、室内にそろりと足を踏み入れた。
「そのデザートなのですが、明日のランチで庭園に運んでいただけませんか」
「おお、誰かと思ったらバロンか。
これはチョコレートといってな、昼食後にお出しするつもりだったのだが」
「いえ、同時で結構です。
そのスイーツは珍しい色味をしていますので、少し姫さまをからかってみようと思いまして。」
「はっは、あまりいじめてやるな」
「料理長こそ、あまり姫さまにおやつをあげすぎないでくださいね」
「これは一本取られたな」
こうして夜は更けていった。
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「姫さま、本日は奥様と共に庭園でランチにいたしましょう」
「わあ、素敵ね!
それでは午前は庭園を散策することにしましょう」
「承知いたしました」
バロンの作戦はこうである。
昨夜目にしたチョコレートを植物の種と紹介し、本当はスイーツなのだとミリアンを驚かせる。
あのチョコレートという食べ物は、スイーツなのに不気味な茶色をしているから、ミリアンでも多少怖気づくに違いない。
ドン引きとはいかずとも、お菓子に恐怖を覚えさせて摂取量を減らすことが目的だ。
日頃姫さまのお世話で感じているストレスを解消しようとか、そういうことではない。
「姫さま、そろそろランチタイムですよ」
さあ、執事バロンのお待ちかねの時間だ。
「姫さま、こちらはチョコレートといいます」
料理長が紹介しながら、テーブルに置く。
「南国で取れる木の種だそうですよ」
バロンが偽の情報を流すと、ミリアンは目を輝かせた。
「というのは冗談で、それは……」
「まあ、南国の種なのね!
ぜひ私の温室で栽培してみたいわ」
お花も大好きなミリアンは興奮のあまり言葉が耳を通り抜けてしまっている。
「ですから姫さま、それは……」
「母上、いいでしょう?
お母さまはなぜそんなに笑っているのかしら」
ミリアンの母のミーディナは、ミリアンを見てくすくすと笑っている。
料理長とバロンは困り顔だ。
「もちろんいいわよ。
でも咲かせるのはおろか、発芽でさえ難しいと思うわ」
「私も植物くらい育てられますわ、任せてください!」
うきうきなミリアンは、ランチも早々に種を植えに行った。
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「ねえバロン、これって本当に生きているのかしら」
チョコレートを蒔いてから2週間。
ミリアンは欠かさず水やりをしていたが、種はうんともすんともいわない。
チョコレートなのだから、当然だ。
早くミリアンに本当のことを知らせてやればいいものを、ミリアンが張り切ってチョコを育てているので教えていないのだ。
「やはり難しいようですね。
ではその種を育てるのはやめにしましょうか」
「それは嫌よ!
芽が出るまで、私だって待てますもの!」
ミリアンがチョコ育成を諦めたら真実を明かす予定なのだが、バロンが本当のことを伝えるのは一体いつになるのだろう。
「初めて育てたお花はバロンにプレゼントすると決めていましたもの。
こんなにゆっくり育つのよ、とても綺麗なお花に違いないわ」
そしてバロンに花束をプレゼントできる日は来るのだろうか。