秋音、夜を過ごす
予告と題名が大分変わっちゃいました。すみません。
「、、、あっ、もうこんな時間!夕御飯の用意をいたしますね!」
言われて外を見ると、辺りは暗くなっていた。木々の隙間から、燃えるような夕日が差し込んでいる。
「おや、ほんまやねぇ。よぅし、わっちもやんで!」
「あーね、やるぅ?じゃ、あたちも!」
秋音が両腕を曲げ、力こぶを作るポーズをメイカに見せた。キキラも真似している。
それを見ていたメイカが、一瞬、本当に一瞬だけ、動きを止めた。
「、、、ふふっ、ありがとうございます。でも、やっぱり、火や包丁を使うのは危ないので、六歳からでお願いいたします。お気持ちだけ受け取らせていただきますね」
すぐに動き出し、嬉しそうにそう言ったが、秋音はその一瞬に曇った瞳を見逃さなかった。
「それでは、私は用意してきますので、少々お待ち下さい!」
メイカは、ぱっといつもの笑顔を浮かべ、明るく言いながら、台所へと向かった。
「あ、めいか」
「ん?どうしたんですか?」
くるりとメイカが振り返る。
「あのさぁ、だ、っ、、、、、」
ふと、脳裏を嫌な光景が横切った。喉がしまって、ひゅぅひゅぅと鳴っている。
「ぅ、ううん、なんでもないよ。ごめん。ごめん、なさい。」
なんとか笑ってそう言った。
「そうですか?もう、なんで謝るんですかぁ。じゃぁ、作ってきますよー」
「あーいっ!」
二人は、いつも通りそう言ったが、秋音は答えずに俯いた。
気分が優れないのなら、やっぱり手伝おうかとか、大丈夫かとか、言おうと思った。思ったけど、こんな小さな一言すら言えなかった。いや、言ってはならなかった。
『また、お前はそうやって余計なことをっ!』
『なんでこんなことも分からないのよ!!』
『秋音様、お逃げーーー、、、、あぁっ、おやめくださっ』
「、、、、はぁ、はぁ、は、はぁ、、、」
思わず呼吸が浅くなる。
ーーーあぁ、そうだ。そうだった。私がなんと言っても、ただの邪魔にしかならない。
秋音の頭に、骨の髄まで染み付いた、思い出したくもない昔話が浮かぶ。
それでも、言わないとって、思ったんだ。
まだ、出会ってからほんの数時間しか経っていないようなよく知らない人を信用するんじゃない、と脳が警鐘を鳴らしているのは分かっていた。
だけど、自分のために二人が用意してくれた御飯が。応援が。言葉が。
どうしようもないほど荒んだ傷だらけの心に、じんわりと広がったからーーー。
「アキネ様?どうしたのですか?大丈夫ですか?」
「あーね?あーねぇ?」
キキラが、心配そうに秋音の頬をペチペチと叩いている。
メイカもしゃがみ込んで秋音を見ている。
秋音は、いつの間にか、着物の菊を握りしめ、蹲っていた。
「、、、、ぁ、あぁ。うん、いける。かんにんえ。うち、ぼーっとしとったでね」
二人ににこりと笑ってみせる秋音の顔は、どこか作り物めいていて、少しでも風が吹けば崩れてしまいそうなほど、脆くて儚い少女に見えた。
「、、、よし!あーね、おねぇちゃのごはん、ちゅまみぐいしにいこ!」
そう言って立ち上がり、秋音の手を引っ張る。
むにむにの可愛らしい小さな手は、思いの外力が強く、温かかった。
「あっ、こら、駄目ですよっ!」
そう言って捕まえようとするが、二人はするりと通り抜けて台所へと向かう。
「おねぇちゃんにょごはんはねぇー、とぉってもおいしいんだよ!でも、みちゅかったらおこられちゃうから、きをちゅけてね!」
「、、、あはっ、ふっ、うん。気ぃつけんで、ふふっ」
捕まらないよう走りつつ、人差し指を立て、めっと言いながら楽しそうに説明するキキラ。何故かはわからないが、秋音は可笑しくて笑ってしまった。
喉につかえた苦しい何かが、温かい手の温度で、少し溶けた気がした。
その後、御飯を作るメイカと幼子二人組の摘み食いをめぐる壮絶な攻防戦が繰り広げられたことは言うまでもない。
ちなみに、「つまみ食いを一回するごとに、御飯の量が半分になっていきますが、それでもよろしいですか?」というメイカの一言が決め手となり、幼子二人組は惨敗した。
摘み食いをするほど楽しみだった夕御飯はとても美味しく、三人は舌鼓を打ちつつ、楽しく談笑しながら食べた。
その後、狭い浴室の小さな湯船で湯浴みをした。
この家には水瓶など水を溜めておく物がないのに、湯桶にはたっぷりと程よい温度の湯が入っていたのが不思議だった。
豪華とは言い難いものではあるが、散らされた綺麗な花弁やほんのり香る甘い花の匂いなど、入る者を楽しませようとしている心遣いがとても嬉しくて、温かくて、秋音は鼻の奥がつーんとした。
「それでは、おやすみなさいませ、キキラ」
「おやちゅみー!」
「おやすみなさい、ききら」
とうに日が沈み、辺りは夜闇に包まれている。
ぼんやりと滲むように、メイカの持つ蝋燭の火が辺りを照らしていた。
キキラが廊下の突き当りにある自分の部屋に入ると同時に、メイカが呼び止めた。
「アキネ様の部屋は、こちらになります。」
キキラの部屋から、一つ部屋を挟んで隣。一番奥の部屋だった。
「あぁ、そうかい。ありがとさん」
お礼を言って部屋に入ろうと、よく磨かれて光っている銀製らしきドアノブに手をかけると、メイカに声を掛けられた。
「あの、すみません。角部屋しか用意出来なくて、、、、。」
「え?なんで謝るん?」
意味が分からないと、秋音が思わず聞いた。
「いや、あの、本当にすみません。角部屋になってしまって、、、、。角部屋って、その、、、、」
少し青い顔をして口籠るメイカ。
「角部屋?角部屋がどうかしたんかい?」
「、、、お」
「お?」
「お、お化けが出るって言うじゃないですかぁ、、、!うぅっ、言わせないで下さいよぉ、、、」
心底恐ろしいといったふうに、目をくわっと開きながら言った。
「角部屋にお化け、、、?あぁ、確かにそないな話があったような気ぃするわ。そやけど、そこまで怖がることあるかい?」
「怖いですよぉっ!だって、お化け、お化けですよっ!?滅茶苦茶怖いですっ」
「お化けなんて、いるかどうかも分からへんやん。、、、、あ、そやけど、わっちみたいな妖怪がおるんやし、いーひんとも言い切れへんなぁ」
ちょっと考えてみたら、確かにいるのかもしれない。何より、自分自身がその証明になる。
「や、やっぱり、、、、!私そういうの大の苦手なんです、、、」
少し大袈裟な程ブルブルと震えるメイカ。
「まぁ、もしほんまにおったかて、『あんたなんかに負けるもんかっ!』って言うとったら、向こうから逃げてくで。心配することあらへんで。」
「そうですか?でも、、、う、うーん、、、、。でも、確かに病は気からって言いますもんね。気にしない方がいいのかもしれません」
お化けは病ではないが、気にしない方がいいのは確かだ。特に触れないことにした。
「そうやな。それが一番やわぁ。ほな、おやすみ」
「あっ、はい!おやすみなさい、アキネ様!」
ぺこりとお辞儀をするメイカに軽く手を振りつつ、今度こそ部屋に入る。
部屋は五畳程の大きさの縦一間横二間で、秋音の背の高さ位ある窓が戸から見て右と奥に一つずつあり、奥の窓の真横に寝台があった。
その窓からほんの少しだけ差し込む柔らかな月光が神秘的だった。
少し甘い花の匂いがする、埃一つないような清潔な部屋に、四隅に可愛らしい花の刺繍が施された、淡い黄色の窓掛け。寝台の横には小さな丸い机が置いてあり、甘い香りを漂わせる蝋燭の小さな火が揺れている。
部屋の隅々まで行き渡った気遣いに、温かい気持ちになりながら、秋音は寝台に上がった。
ふっと息を掛けて蝋燭の火を消す。
周りには他に建物などがなく、部屋の中には僅かな月光以外に光はない。
だが、その闇には息が詰まるような不安も、切り裂くような恐怖もない。
秋音は随分と久しぶりに、安心して夜の眠りについた。
二つ、夢を見た。
一つ目は、いつもと同じ夢。
家族の昔の記憶。
ぼんやりとしていてよく分からないが、必死に助けを乞う声、迫ってくる拳、少し赤くなっている火箸、まるで塵以下のものを見るような視線と、激しい痛みだけははっきりと分かる。
その夢は、いつもの日常と何ら変わらない。
夢を見ている時は幸せだ、なんてことを言う人もいるけれど、そんなことはないと秋音はいつも思う。
、、、、でも、一つだけ良いこともある。
現実とは違って、最後は必ず、誰かが助けてくれるのだ。
顔は分からない。毎回違うような気もする。でも、その助けを信じることが出来るから、何も言わずに耐えられる。
今日も、きっと、来てくれるよね。
秋音は、大切な家族の記憶の中で、歯を食いしばって声にならない声で呟いた。
もう一つは。
いつ振りだろうか。良い夢とやらを見た。
もしかしたら、良い夢を見るのは初めてかもしれない。
その夢は、大切なたった一人の家族との記憶だった。
とても、とても大切で、二人きりで過ごした時間は何にも代え難い。
見様見真似で覚えた拙い舞も、凄い、綺麗、と褒めてくれた。
私が辛くて泣いている時は、命懸けで代わってくれた。
今も昔も、大好きだった。きっと、これからも。
そんな温かい記憶。
なのに、時々、どうしようもない虚無感と哀しさを感じる。
そりゃそうだ、と秋音は自嘲するように笑った。
ーーーだって、もういないんだから。
「ん、んぁ、、、」
顔に当たる光の眩しさに、目が覚めた。
すっきり起きられたことに、秋音は少し驚いた。
薄っすら光が透けていて綺麗な窓掛けの隙間から、白い爽やかな日光が漏れている。
よく眠れたからか、体が軽い。いつも感じていた怠さや頭痛、きりきりとした胃の痛みもない。
ふと横を見ると、箪笥の上の花瓶に気付いた。
昨夜は暗くて分からなかったが、あの花の匂いはこれだったのか、と一人で納得する。
枯れていない、元気な花は紫蘭のようだ。水は濁りがなく綺麗なままで、まだ蕾がある。
思わず笑みが零れた。
「おーい、キキラ、アキネ様!朝ですよー!起きてくださーい!」
下の階からメイカの声が聞こえる。
「はぁい」
ふふふ、と笑いつつ、部屋を出た。
ついでにキキラを起こしていこう、と思い、『キキラの部屋』と書かれた花の形の可愛らしい看板が掛かった扉をノックする。
「ききらぁ。もう朝や。起きとぉくれやす」
しばらく待ったが返事がない。
「入んでぇ」
扉を開けてみると、寝台の上にはキキラの姿がない。
「、、、あれ、ききら?どこや?」
キョロキョロと辺りを見回す秋音。
「うぅぅ、、、」
幼い子供のうめき声が聞こえる。
「き、ききら!?」
慌てて部屋の中に入ると、丁度寝台に隠れた場所に足が見えた。
はっとして駆け寄り、声を掛ける。
「大丈夫かい!?」
「んん、、、あたま、ぐりぐりしにゃいでぇ、、、、」
そして、秋音が見たのは、神々しく射し込む朝日に包まれながら、頭から床に落っこちて、半ば刺さるような状態になっているキキラだった。
話が上手くまとまらなくて、変な感じになっちゃったと自分でも思ってます。
私的には、
メイカを思う秋音の気持ち
→過去のトラウマを思い出す
→二人の励まし?で少し前を向けた
みたいな感じです。
それと、秋音が見た夢は、家族自身の記憶と、家族と過ごした記憶です。
色々ややこしくてすみません。
見てくださった方、ありがとうございます。
次回、「秋音、街へ行く 前編」です。