秋音、ペットになる
落書きやっぱ続きました。
「ええぇぇえぇぇえぇぇ!?」
絶叫した女は、そのままこてんと後ろに倒れてしまった。
「おね、ちゃん?おねぇちゃぁああぁぁん!」
顔を青くして女をゆする幼子。
《んー、生きてんじゃないかい?》
ちょんちょんと女をつつきながら、別に心配してはいないが一応言ってやった。
「おねえちゃん!おねちゃぁん!」
幼子は聞く耳を持たず、ゆすり続けていた。
「はっ!九尾っ!!!」
「おねちゃん!よかたぁぁあぁ!」
がばっと起き上がった女に、幼子が飛びついた。
《よかったね、あんたら》
なんとも思っていないが、とりあえず言っておく。
「きゅ、九尾様っ!姫を助けていただき、本当にありがとうございますっっ!」
叫ぶようにお礼を述べ、平伏す女。ちょっと引っかかるところもあるが、秋音は気にせず返した。
《何言うてんだい。わっちはなんもしてへんで》
「ところで九尾様!」
《無視かい》
「九尾様はどうしてこちらへ?言い伝えでは、九尾様達妖は、神々と共に遥か彼方の空にお住まいだと言われていたのですが!」
興奮冷めやらぬ女は、一気にまくしたてた。
《うーん、なんで言われてもねぇ。落ちてきたらここにおったとしか、、、》
「おちたきた!きゅーび、おちたきた!」
身振り手振りを交えながら、一生懸命に説明する幼子。
「落ちてきたのですか?ふむ、、、、天空の世から落ちた、ということかしら、、、、」
物思いに耽る女。
《それよりも、あんたらの名前を教えてくれへんかい?》
「あたち、きぃら!おねちゃんは、めーか!」
「名前ですか?ひ、ん”ん”っ、こっちはキキラ、私はメイカです。」
《へぇ、ききらにめいか。ええ名前やないか》
「い、なまえ!」
手を上げて喜ぶキキラ。嬉しそうに笑っている。
「あ、あの、もしかしてなのですが、、、」
メイカが急にもじもじしだした。
《なんや?》
「あのー、その、もしかして九尾様、キキラと話せていませんか?」
《え?、、、、あぁ、そういえば!》
そうだった。メイカとは話せないのに、キキラとは話せる。全く変に思わなかったが、普通に考えれば異常なことだろう。
「やっぱり、そうなんですね、、、、。ということは。やはりキキラ様が、、、!」
《ききらがどうかしたのかい?》
首を傾げる秋音に、メイカははっとして話を変えた。
「それより!お腹空いていませんか?もう昼間ですし、御飯食べましょう!九尾様もご一緒にどうですか?」
いつの間にか、きらきらと輝く木漏れ日が、真上から入ってきていた。
《あぁ、ええのかい?なら、ご相伴に預かろかね》
秋音が頷くのを見て、メイカがキキラを抱き上げて歩き出した。
「できましたよ!さ、召し上がってください!」
小さな赤茶色の煉瓦造りの家の中の、質素なちゃぶ台の前に座らされた一人と一匹の前に置かれたのは、湯気のたつ味噌汁と御飯、漬物、青菜の煮浸し、焼き魚、、、などなど、和食セットだった。
《まぁ、美味そうやなぁ。久々にこないなちゃんとした御飯食べんで》
「あの、九尾様は何を召し上がられるか分からなかったので、キキラと同じ物を用意させていただいたのですが、、、」
《いや、十分やわぁ。こないに美味そうな御飯に文句を付けるほど、わっちは馬鹿でも嫌味でもあらへんで》
満足そうに頷く秋音に、メイカも安堵したようだ。ほっとした顔で自分の分も用意し始めた。
「いただきまーしゅ!」
ぱちんと手を合わせると、キキラは美味しそうに御飯を食べ始めた。
秋音もいただこうと、正座して合掌するが、箸がない。キキラはというと、箸ではなく木製の匙と突き匙を使って食べている。
《めいか。わっちの分の、、、、待てや》
秋音は重要なことに気が付いた。
《この手じゃ、使えへんやんか》
「どうかしましたか?」
《、、、、いや、なんでもあらへん。》
狐のぷにぷにの肉球では、箸なんて持てるわけがない。その他も無理だ。
犬食いをするしかないのか、と少し気落ちする秋音だったが、すぐに切り替えて御飯を食べだした。
《ごっつぉはんどした》
「ごっしょーさま!」
久々の和食は大層美味く、秋音は舌鼓を打った。
お腹をぽっこり出して、ご満悦の一人と一匹。
小さな一人と一匹が幸せそうにしている光景はとても微笑ましく、メイカの目尻が思わず下がった。
「喜んでいただけたようで、何よりです。にしても、九尾様は和食をお召し上がりになるのですね。新たな発見です!」
嬉しそうに言うメイカ。
キキラと同じく腰の辺りで切り揃えた髪を頭の上で結っているが、髪色は栗色だし、瞳は黒曜石。特段目立つわけでもないし、キキラの愛らしさに埋もれがちだが、メイカもなかなか整った可愛らしい顔と美しい洗練された所作をしていた。
こいつ芸姑の素質がありそうだな、と思いつつ、秋音はとあるお願いをすることにした。
《お二人はん、すまへんがわっちをこの家に泊めてくれへんかい?このままじゃぁ、御飯どころか寝床すら見つけられへんで行倒れてまいそうやさかいねぇ》
それを聞いて、おねがーい?と首を傾げてメイカを見るキキラ。
《お願いできひんかい?》
秋音もメイカを見つめる。
なんとなく話の内容を察したメイカは、一瞬満面の笑みになったが、誤魔化すようにすぐ元の顔に戻り、快く頷いた。
「もちろんですよ、九尾様。」
《あぁ、よかった。おおきにねぇ》
「やたー!きゅーびさんいっしょー!」
キキラと一緒に喜ぶ秋音。なんと可愛らしい。
ほわ〜んとしているメイカに、秋音が話しかけた。
《そういえば、言うてへんかったなぁ。わっちの名前は秋音ってんで。よろしゅう》
「あーね!よろちく!」
「あーね、、、アキネ、ですか?」
《そうや。》
秋音はこくこくと頷いた。
「アキネ様、、、。お美しい名前ですね!これからよろしくお願いいたします、アキネ様!」
《こちらこそ。》
「ということは、これからは我等が莑国に九尾が、、、!」
《ん?なんか言うたかい?》
「なんかー、ゆぅたー?」
「えっ?あっ、な、何でもないですっ」
メイカが急いで何かを誤魔化した。
と、くいくいっとキキラがメイカの裳を引っ張った。
「何ですか、キキラ?」
「あーね、ぺっとになりゅの?」
「ペットですとぉっ!!??そそそんな、人間如きがアキネ様をペット扱いだなんて、恐れ多すぎますよ!!いくらあなたでも、、、、!」
ペットと聞き、途端にあたふたしだすメイカ。
《わっちは構わへんよ?まさか、愛玩動物になる未来が待ち受けてるとは思わへんかったけど》
「あーね、いい!いって、おねぇちゃ!」
「はぇ!?いいんですか、アキネ様っ!?」
《そう言うてるやんか》
「いー!やたー!」
「本当ですかっ!ありがとう、ありがとうございますぅっっ!」
メイカが物凄い剣幕でこちらを見たかと思えば、すぐに嬉しそうに跳び跳ねる。
それを見て、キキラも真似して跳び跳ねた。
仮にも恐ろしい妖怪である秋音の前で、不用心にぴょんぴょん跳ぶか、普通。
こういう所が似て、あの図太くて底抜けに明るい幼子ができるのだろう。
なんて、くだらないことを考えつつ、秋音は二人を眺めていた。
「では、アキネ様も今日からうちの子です!うちでは、働かざる者食うべからずですので、九尾でもなんでも働いてもらいますからね!」
《あぁ、どんとこいやわぁ!こう見えてもねぇ、わっちは京の売れっ子舞妓やったんやさかいねぇ!》
座ったまま、秋音がぺったんこになった胸を前足でぽんと叩く。
「まいこぉ?」
《おっと、口滑ってもうた。まぁ、ここにはわっちを咎めるようなもんはいーひんし、ええか》
「舞妓?アキネ様は舞妓をしているのですか?」
《まぁ、そうなるなぁ。芸人っぽいこともしてるけど》
こくりと頷く。
「九尾の舞妓、、、、!それは儲かりそうですねぇ」
なんだろう、一瞬メイカの目が黄金色に光った気がしたが、まぁいいか。
「あたち!あたち、なに、しゅる?」
「キキラは、いつも通りお手伝いでいいですよ」
「やぁー!!きぃら、やる!まいこやるぅう!」
やだやだと泣きながら駄々を捏ねるキキラ。端から見ればよくある可愛い癇癪だが、当人達にとっては面倒なことこの上ない。
《あー、女の童の舞妓かぁ。出来ひんこともあらへんやろうけど、練習がねぇ》
「泣かないでください、キキラ。うーん、、、まだ三歳なのに、毎日舞の練習漬けっていうのも、、、、。」
考えることは同じのようだ。やはり、幼子に舞は難しいだろう。
《ん、、、、、あっ、せやったらさぁ、わっちの助手なんてどうだい?》
「ひぐっ、うぅ、、、じょしゅ?」
「助手ですか?アキネ様?」
《あぁ、そうや。わっちが舞をするさかい、ききらはその横でなんかしらの演出をしてくれへんかい?練習は、ちまちまやって基礎さえ作れたら、大きなった時にどうとでもなんで》
「あたち、えんしゅちゅ?じょしゅ?」
「演出、、、!紙吹雪を散らしたり、お客さんと盛り上がるくらいならキキラにも出来ると思います!名案ですね!歌や音楽はどうしますか?」
《音楽は無理やけど、歌ならわっちがやったるで》
秋音が自分を指す。
「アキネ様が!?そんなこともできるのですね!流石は九尾!」
「さしゅが、あーね!」
《ふふっ、そうかい?まぁ、わっちは玄人やさかいね》
誇らしげに胸を張る秋音。
今まで、このことを打ち明けられる人も、褒めてくれる人もいなかったけど。
、、、、、いい人に恵まれたねぇ。
「どうしたんですか?ぼーっとしてたみたいですけど」
「だ、じょーぶぅ?」
《いや、なんでもあらへんで。ただ、落ちてきた先に、、、。やっぱええ》
そっぽを向いた子狐の顔は、少し赤く見えた。
顔を見合わせる二人だったが、キキラの腹の虫がぐうと鳴いたので、同時に吹き出した。
「ふふっ、キキラはいつもお腹ペッコペコですもんね!まずは、今日の夕御飯をどうするかです!」
「おー!」
少し気恥ずかしそうに顔を赤らめたキキラだったが、夕御飯と聞いてすぐににっこりと笑うのであった。
あの家では聞くことのなかった、明るく楽しい会話に、そして、その会話の中に自分の存在があるということが、秋音はくすぐったく感じて、いつの間にか頬が緩んでいた。
その表情もまた、二人を笑顔にしていることに、いつか秋音は気付くのだろうか。
こうして、笑わなかった九尾と、可愛い女の童の冒険の旅が、幕を開けたのであった。
「あれ、そう言えば、どうやって九尾の姿で舞をするのですか?」
《、、、、あ》
見てくださった方、ありがとうございます。
次回、「秋音、化ける」です。