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1 九尾と幼子

《ーーーーあぁぁぁあぁっ!!》

秋音はがばっと起き上がった。

《あ、あれ…?地面がある?》

起き上がった秋音の目に飛び込んできたのは、ずっとずっと上まで伸びた、鬱蒼と茂った熱帯雨林のような森の、鮮やかな緑だった。

《え、どういうこと…?森?…て、ことは、私…》

戸惑う秋音だったが、その顔は段々と笑顔に変わっていく。

《私、生きてる!!!!!!》

思わず飛び跳ねる秋音は、ここ数年で一番の笑顔だった。

一気に押し寄せた安堵と嬉しさが落ち着いて来た頃、秋音は違和感に気づいた。

《なんか、よう分からへん感覚がある…?》

尻の辺りに、今までは無かった物があるような…。

思わず触って確かめると、フサフサしていた。

《ん?フサ?》

不思議に思い、振り向くと、、、

《し、尻尾ぉっ!?》

柔らかく輝く、乳白色の見事な毛並みのフサフサな九本の尻尾が、驚く秋音に合わせてピーンッと伸びた。

《え、ほんまに分からへん…。何で尻尾…?》

驚きすぎてペタリと座り込むと、手足とお腹が見えた。

その足は、やはりというか、人間のものではなかった。

乳白色の小さなフサフサボディ、九本の尻尾、黒っぽい肉球。

《狐?いや、この色と尻尾は、まさか…》

少し、というか随分小ぶりでずんぐりむっくりしているが、まさしく、

《九尾!?》

そう。秋音は、御伽噺に出てくる、妖怪の九尾にいそっくりな姿をしていた。

今度はぴょんぴょんではなくジタバタと暴れ出す九尾、もとい秋音。

そんな秋音のもとに、足音が近づいてきた。

九尾になって敏感になった耳が、ピクリと動く。

てちてちと軽い足音が、どんどんこちらに向かってくる。

《ななっ、何や!もう驚かさんといてよおっ!!》

思わず身構える秋音の前にある藪の中から姿を現したのは、射干玉の長い髪を頭のてっぺんで結い上げた、三歳ほどの幼い()()()だった。

《「うわあぁっ!」》

それぞれ違う意味で叫んだ二人は、顔を見合わせた。

「…きちゅね、さん?わあぁっ、きつねさん!」

にっこりと嬉しそうに笑う幼子。

《なんや。子供じゃない。驚かせんといてや》

あからさまに安堵する秋音。

「おわー、きつねしゃん、しゃべった!」

《…えっ?狐が喋るわけあらへんやろ?…いや、うち喋っとるな…》

戸惑いを隠せない秋音をよそに、幼子はキャッキャと笑っている。

《にしてもあんた、ええ服着てんねぇ。絹で作られた、良質の布やわぁ。形は見慣れへんがね》

小さな男物の服。秋音には見慣れない、シャツと短い南瓜のようなズボンを履いていた。

「あたちにょふく、いい?えへへー」

にぱーと笑う幼子はとても可愛らしかった。艶のある黒髪に燃えるような紅の瞳。とてもよく整った、愛くるしい顔をしている。大きくなったら、相当な美人だろう。

《、、、、ん?》

あたち?美人?男の子ではーーー

「キキラ!どこなの!?キキラー!!」

「ん!あい!あーい!!」

遠くで聞こえた女の憔悴した声に、幼子が返事をする。

《あんたのおっかさん?》

「ちがう!おねーちゃん!」

《ふぅん。おねえねぇ》

お姉ちゃんと言うには、少し歳が離れている気がするが。それに、性別も。…いや、どうせ他人だ。考えないことにしよう。

《ほな、迎えも来たし、わっちはもう行くで》

そう言って立ち去ろうとした秋音だったが、

「まって!いかにゃいでぇ!」

と泣きつかれてしまった。

はぁ…と溜息をつきつつ、幼子の頭をぽんぽんと撫でながら秋音は子守をしてやることにした。

《ね〜むれ、ね〜むれ、とっととねむれ〜よ》

「ね〜む!」

子守唄に食いついてしまった。眠るどころか、キャッキャと笑っている。

《眠れ言うとるんに。はぁ、うちに姐やの気持ちが分かる時がくるとは思わんかったわ》


そう言う秋音の脳裏に、優しい笑みと声が浮かぶ。

…あぁ。あのとき、私がもっと、いや、あと少しでも後先考えていれば…。


「うたって!うたってー!」

ゆさゆさと体をゆさられて、秋音ははっとした。

《そうさね。今更考えても、しゃあないわな》

「?しゃあ、ない!しゃーない〜、しゃーない〜」

しゃあないが気に入ったらしい幼子は、歌いながらゆらゆたと揺れ出した。もう子守はいらなそうだ。

「キキラ!そこにいるの!?」

「あ!あーい!あーーい!」

だっと立ち上がり、満面の笑みで、嬉しそうに手を挙げて飛び跳ねる幼子。

あちらも幼子の声に気が付いたらしい。焦ったような駆け足が聞こえてくる。

《九尾になって、耳良うなったみたいやなぁ》

秋音が呟いていると、幼子が出てきた藪から、女が飛び出してきた。

「あっ!キキラ!!よかったぁっ!もう、一人で勝手に森の中へ行くなと何度言ったら分かるのですか…っ!」

出てきたのは、二六、七歳ほどの妙齢の女性だった。

秋音に言わせてみれば、上下黒で、ピッタリと肌に張り付くような形状の長袖に、お椀の形の下履きと、今最先端のキャフェーの店員が着るような白い前垂れを着ている。

まぁ、要するにメイド服だ。

「ごめんしゃい!へへー」

「へへ、じゃありません!その魔物は?怪我はありませんかっ?」

「まもにょー?きちゅねさん、やさしーよぉ?」

《…?》

女は秋音を警戒するように見ていたが、同時にこてんと首を倒す秋音とキキラに毒気を抜かれたらしく、肩の力を抜いた。。

「私は真面目にですね…。まぁ、いいです。危なくは無さそうなので。この子狐、どこで拾ってきたんですか、キキラ?」

「んー?ここ?」

《せやね、ここで会うたよ。拾われたゆうんは気に食わへんけど》

「コンコン言ってますねー」

「きちゅねさん、おこってりゅの〜?」

幼子が首を傾げる。

「え、怒ってるんですか?」

《怒っとらんよ、むかついとるだけ》

「やっぱおこってりゅ〜!あははは!」

キキラと呼ばれる幼子は面白そうに笑い出した。

「ふふ、可愛いですね…え?」

微笑ましげに見ていた女だったが、思わず秋音を二度見する。

「ちょ、え、え?尻尾多くね?あの、見せてもらっても大丈夫でしょうか?」

《あぁ、構わへんで》

そう言って今度は四つ足で立ち上がり、尻尾を見せる秋音。

ちょんとつついて、実物か確認した女は、あんぐりと口を開けたまま固まってしまった。

「え?」

「ゑ?」

「ヱ?」

「ええぇぇえぇぇえぇぇ!?」

目を擦って何度も見返した後、女は絶叫した。

女、未知との遭遇であった。

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