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「えっ? 無理じゃねーよ。あたしあいつと普通に話したことあんぞ」
「まぁ、雑談なら大丈夫だろうが……」
「ワシもこいつもいいかげんなことは言うとらんにゃ! 信じてほしいみゃ! その、人が死んだりしたらワシら困るんにゃ。めんどくさいんにゃ」
どうにも真実味があるように思える、と乙女が考えていると〝ひにゃっ〟と何か間の抜けた声が聞こえた。上古だ。
「なんかかゆいにゃあ……」
腕を後ろに回し、腰の辺りを撫でている。
「嘘っ! 嘘よ! 嘘嘘嘘!」
ミラの絞り出すような声と共に、かなりのスピードで光球が飛んできた。開け放たれた扉の前に立っていた回向の近くで、何かに弾かれたようにそれらは跳ね返り、どこかに消えてしまう。何か意思のある存在が逃げているような動きだった。
「オトメ! そいつらの言う事信じちゃダメ! メチャクチャ自分勝手なんだから! アンタのことなんかどうやって利用しようかとかしか考えてないのよ!」
姿は現さず、いきりたったミラの声のみが屋敷を揺らす。
「こいつらのこと知ってんの?」
「……ちょ、直接は知らないけど似たのは知ってる……多分……」
「あの~、出来たらお嬢ちゃんにも力を貸して貰いたいんにゃけどにゃ~」
「貸すわけないでしょ! バカッ! バカッ! バカッ!」
再び、どこからか放たれた光球が上古の背中に数個衝突した。
「チクチクするにゃ~」
上古は長いヒゲをブルブルさせている。
「どれ」
回向は、飛来する光球を払いのけながら部屋の外に出た。
「ねえ、どこ行くの?」
乙女が呼びかけると、回向はゆっくり振り向いた。
「あの娘と少し話をしようと思う」
「やめてよ」
回向は頭の籠の中から無言で乙女を見つめている。
「怖がってんじゃん。ほっといてあげてよ」
「言う通りにするにゃ、回向」
「……わかった」
回向は素直に従い、腰を下ろした。
「こ、ここここ怖がってなんかないから! バーカバーカ!」
誰に向かって言っているのかわからない言葉を吐きながら、ミラはしつこく攻撃を繰り返す。
「うう~ん……」
上古は、背中に光球の攻撃を受けながら、さして気にしている様子もなく、思案を続けている。
「おおっ! そうにゃ! これにゃ!」
突然上古は、カッと目を見開いた。
「取りあえず乙女さんには、峠に向かってもらって薬子を止めて欲しいにゃ。お願い! この通り!」
上古は大きい両手を器用に胸の前で合わせて見せる。
「……よくわかんないんだけど、力づくであいつ止めればいいわけ?」
「そう! それにゃ!」
「まあそういうことになるかな」
上古と回向は、同時に首肯した。
「なーんか気が進まねーなー……。あたし今めっちゃ強くなってんだよ。ズルい気しない?」
「案ずるな。多分向こうの方が強い」
「バカッ! 余計なこというにゃ!」
慌てて口を出した上古は、回向とひそひそ話を始める。
「黙って行かせるというのもな……」
「どうせ説明したってわからんのにゃ!」
「しかし……」
「危ないってことだけ言うとけばいいんにゃ……後は実地で色々理解して貰うのが早道にゃ……まあここはワシにまかせて……」
「なあ、いいよ。行ってやっても」
乙女が一石を投じると、一瞬場がしんと静まり返った。




