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『……我々は何かの予感を胸に、夏草の生い茂る山道をただひたすらに登っていった。あの時のひたむきさ、何かに憑かれたような懸命さは果たして若さゆえである、とのみ言い切れるものであろうか? 私には何か、普段我々の意識出来ない自然の理の外にある力が作用していたと思われるのである。
やがて峠の頂上に着き、我々は一息ついた。有純氏は句作に夢中になっているが、私は何か言い知れぬ不安を胸に抱えていた。
……天気は良く、雲一つ無い。遠くの湾にはのたりうつ静かで平和な海が見える。しかし、私は碧落の空の奥に、輝く波間の影に昏く澱んだ魔性の存在を幻視してしまう……。
夢か現か定まらぬ、古代の墓の上に、私は確かに見たのだ! 黒衣の僧ならぬ黒衣の女が呪いの言葉を吐きながら不吉に舞う姿を!
尋め行きて まだ塚見えぬ 夏木立
いにしえの 目の降りそそぐかな 夏の斧馬
雲の峰 闇よ散らすな 言の葉の露 』
「峻君が俳句書いて、僕が間を書いてるんですよ~。紀行文みたいな感じで」
「俳句はまだ推敲中で、これからまだガンガン変わる可能性があるんですが……」
「お前らイカれてんな」
乙女はざっと一部を読み、断定的に感想を言った。
「ははは。褒め言葉と受け取っておきましょう」
「あ、あの、松尾芭蕉って人の〝奥の細道〟ってあるじゃないですか? 一応ああいうのを目指して作ってるんですけど……」
遠慮がちに言う冬絹を一瞥し、
「あれは一人で書いてんだろ。一緒に行ったヤツは自分で〝なんとか日記〟みたいなの書いてるって聞いたけど……」
と、乙女は返す。
「ああ、曾良の随行日記ですね! お詳しいですね!」
「いや。あたしは別に詳しくねーんだ。ダチでそういうの好きなヤツが居て……」
喋りかけて、乙女は急に息を呑んだ。
「あーっ! 思い出した!」
「な、なんですか?」
「あたしが斧馬に来た理由! この辺出身のダチがいるんだよ。尾鷹葉子っつうんだけど。あいつが昔なんかやたら、この辺推しててさー。いいとこだって……」
「尾鷹葉子様っ?!」
突然雅樂が話に割り込んできた。
「尾鷹様って、この辺りのご出身でしたの?!」
「あ、ああ、いや、なんかあの、県庁所在地の松山ってとこらしいよ」
「松山かあ……じゃあちょっとわかんないな……で、尾鷹って誰なんです?」
「ご存じないんですかっ?」
無造作に質問した萩森に、雅樂は鼻息荒く詰め寄った。
「尾鷹葉子! 日本アイドル界随一の暗号解読者ですわよ!」
「いや、あの、そういうの普通の人は知らないから……」
「し、しかしっ……。このチャンスに少しでも布教を……。SALTは解散しましたが、SNOWはまだ活動中なのですし……!」
「気持ちはありがたいんだけどさ、お客さんもいるし……ね? ちょっと雅樂ちゃん落ち着いて……」
乙女が引き気味に対応している。なかなか見られない光景だった。
「まあいいや。話トンじゃって悪かったね。……ちょっとこっち来て」
乙女は、峻と冬絹を引っ張って部屋の隅っこに移動する。




