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午後を大きく過ぎ、そろそろ上天が紅に色づき出した頃、件の学生二人組があの長い坂を登って待宵屋敷に到着した。
「こんばんはー。いや、これが待宵屋敷ですか。なんとも歴史の風格を感じさせるお屋敷で……あれ? なんかすっごい綺麗ですね」
背の高いほうの学生は、首を回して玄関ホールを見渡している。声からして、これが自分の喋っていた幡野峻のほうだな、と乙女はあたりをつけた。そうすると、もう一人のくせっ毛で赤毛のほうが有純冬絹だ。
「うん。今リフォームしてんの。明かりもLEDに変えたし、危なそうなとこや劣化してるとこは補修してんだ」
「いやあ、ほんとすみません。オープン前なのに無理言っちゃって」
峻のほうはにこやかに乙女と話しているが、もう一人の冬絹は我関せずといった調子で玄関ホールを見渡している。
「こんな綺麗になっちゃっても、ちゃんと出るのかなあ……」
「ああ、出るよ! そりゃもう100%間違いない」
耳聡く冬絹の呟きを聞きつけた乙女が、太鼓判を押しそうな勢いで言った。
「お姉さんは見たことあります?」
「おう。あるある。だってあたしここ住んでっからね」
「えっ! ここお姉さんの家なんですか?!」
驚いた峻が横から入ってくる。
「いや。違うけど色々あって今住んでんの」
「ね、ねえ君たち。ここ今本当に宿泊設備全くないけど大丈夫なの? 従業員もいないから、お世話も何も出来ないけど……。ベッドも布団も無いよ?」
萩森は見かねたように口を出した。二人が寝具の代わりになるようなものを何一つ持っていないことを見て取ったのである。
「え? ああ、大丈夫ですよ。今日は僕たち一晩中起きてますから」
「えっ?」
問われた峻は不思議そうな様子だが、返された萩森も不可解な出来事に遭遇した者の顔をしている。
「ねえ、バッテリー大丈夫かなあ……?」
「一晩くらいなら、今ある分で大丈夫だろ。切れそうになったらコンビニ行けばいいし」
「国道まで出れば、ちゃんと24時間開いてるコンビニあるぜ」
乙女が言うと、今度は二人とも同時に顔を向けた。
「あ、分かってます。僕たちもう結構斧馬に滞在してるので」
「ご親切にどうも。ありがとうございます」
「武音さん、部屋はどうしますか?」
萩森が声を掛ける。
「部屋?」
「ええ、一晩中起きてるにしても、一応こちらで部屋を割り当てて案内したほうがいいと思うんですが……。君たち、同室でいいでしょ?」
萩森に問いを投げかけられた学生たちは、微妙な表情で顔を見合わせている。
「あー……どうする?」
乙女が重ねて訊ねた。
「そのー、可能であれば、この玄関ホールでお願いしたいんですが」
「広いほうが何となく出やすそうだしね~」
「だよな! あたしもそれがいいと思うよ」
二人の返事を聞き、乙女は歯を見せて笑顔を作った。
「あの、さっきからなんの話を……」
萩森が口を開きかけたその時、轟音とともに、屋敷の扉が開いた。
「こっ、ここここっ、こんばんはっ!」
大きいリュックサックを背負った、汗だくの女が出入り口に立っている。




