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「なんだろあれ? 野鳥の鳴き声かな?」
「違う。鳥じゃない」
のほほんとしている冬絹と対比して、峻は額にじっとりと冷や汗を滲ませていた。
「ちょっと……近づいてみる。お前は来なくていい」
「冗談でしょ? ついていくよ」
峻は、音の方角を察知しているらしく、静かに移動を始める。
こう こう こう
こう こう こう……
あれ、あめのほあかりにぎはやひのすえのものなり
せんかのきみをいわいまつるなり
あめのひつぎし、おおきみののりよもにひろめん
たいらけく いくひさいくひさ
こう こう こう
……
「あれだ……」
峻の指差した方角は、先程彼が適当に古墳認定した土の隆起だった。
丘の上に、上から下まで真っ黒づくめの人物が立っている。女のようだった。彼女がこの何か、呪文めいた文句を延々と唱えているらしい。
「あの人何してるんだろう? ここでコスプレイベントでもやるのかな?」
「違う」
こう こう こう こう こう
よみのしじまをやぶり おおきみたちのみたま
うつしよのうじょうにかえしたてまつる……
こう
「あれは、あれだ……その、俺もよくわかんねえけど、多分幽霊を呼びだそうとしてんだ」
「え? 本当に?」
冬絹の顔がパッと輝く。
「すごい! 町おこしでやってるのかな? 何か見える?」
バカ、と言って峻は小さく舌打ちした。
「町おこしであんなことするアホがいるかよ。ガチでヤバい場面かもしれないぞ、これ」
峻の瞳には、女の前に何か黒い霧のようなものが地面から立ちあがるのが見えていた。
「視えた……」
「ええっ? 君が見えるんなら本物ってことじゃない。すごいすごい! 呼び出してる幽霊は古墳に埋まってる人?」
「わかんねえよそんなの! 静かにしろ!」
女は手に何か短い棒のようなものを持っている。変わった形状をしているが……見ようによっては刃物のようにも見えた。
「あの持ってるやつなんだ? 着てる服も普通の生地じゃねえ。やべえ……」
悪寒を感じているらしく、峻は身震いしている。
「ねぇ、今近寄っても大丈夫かな? あれ終わってからのほうがいい? あの人に話聞きたいんだけど」
「お前ホントにバカだな! もう帰るんだよ! とっとと逃げるぞ!」
女は唱えるのを止めた。今のやりとりで峻と冬絹に気付いたようだ。
ほんの少し、棒を持ってないほうの手の指を、ついっと動かす。
「あ、あれっ? なにこれ? うわ! 痛たたたた!」
蜂が五、六匹二人に寄ってきたらしく、冬絹は慌てて振り払ったが、なかなか離れようとしない。
「ほら、ちょうどいいじゃん。帰るぞ!」
峻は冬絹を引っ張って、転がるようにして下山していく。
「……邪魔が入ったか。まぁ、あれなら大丈夫そうね」
女は、去っていく峻と冬絹を見ながら、ぼそっと呟いた。




