4.代償
天国ってきっとこういう場所のことを言うんだ。
私は友達と談笑しながらそう感じた。
学校では、先生も友達も
みんなが私のことを夏美だと思ってる。
誰も、私が男だったなんて知らない。
隣にいる、成美さんも。
「ねぇ夏美ちゃん、放課後、駅前のショッピングセンター行こうよ」
「あ、成美さん!うん。行く行く。欲しいものあったんだ」
元の世界で、小さなころから一緒だった、2つ年上のお姉さん。
僕のことを弟みたいに可愛がってくれていた。
この世界では、同じ高校に通う友達同士だった。
パラレルワールドに来てしまって、成美さんがどうなってるかすごく気がかりだったけど――
それも杞憂だったみたいでよかった。
こっちに来て初めて成美さんに会った時。
まるで小さなころからずっと姉妹だったみたいに、いつもどおり私に話しかけてくれた成美さんに、僕は――私は、涙を抑えられなかった。
こうして私たちは駅前に来たんだけど
「ねぇ夏美ちゃん。欲しいものって、ひょっとして……」
「う、うん……あ、新しい、下着……」
私の目的のお店の前まで来て、入る勇気が出なくて立ち止まっていた。
「な、成美さんに選んでほしいなぁ、って」
私がそう言うと、成美さんはにこぉ、と満面の笑みを浮かべて私に抱き着いてくる。
彼女のふんわりとした髪から漂う香りにドギマギしてしまう。
「わ!な、成美さん!」
「ふぅーん。ふふふ、なるほどなるほど。夏美ちゃんも女の子ですねぇ」
「も、もう!からかわないでよ」
「うーん、よしよし!成美お姉さんに任せなさい」
下着が並ぶきらびやかな店内。
かつての僕が、羨望の眼差しを向け続けた、女性としての身体のための場所。
そこに、成美さんに手を引かれて、私たちは進んでいく。
二人で選びながら、隣にいる成美さんにそっと呟いた。
「……私ね、決めてたんだ。初めて買う下着は、成美さんに選んでもらいたいって」
「夏美ちゃん……」
なんだか身体が熱い。
恥ずかしいこと言ってしまった気がする。
私の手、汗やばくないかな。
焦っていると、きゅっと、成美さんが手を握り返してくれた。
指と指を絡めるように。
「もう。そんな顔でそんなこと言われたらドキドキしちゃうよ、夏美ちゃん……」
「な、るみ、さん……わ、私も……ドキドキ、してる……」
「……ふふ……ね、ああいうのはどう?」
「わぁ……可愛い……」
私の心臓よ。
ドキドキしすぎて爆発しそう。
かつて好きだった人と、まさか自分の下着を選んでいるなんて、想像できなかった。
この世界に来れて
魔法で女の子になれて、本当に良かった。
そう、思っていた。
それから数日後、下腹部が重く、ずんと来る痛みに苦しんでいた。
この身体になって初めて経験する「あの日」なのかもしれない、と思って戸惑っていると、なぜか夏美としての記憶が、どう対処すればいいのかを覚えていて、ナプキンを交換したりするのはなんとかなった。
成美さんも心配してくれて、寝ている私の部屋まで来てくれて、しばらく一緒にいてくれた。
「じゃあ夏美ちゃん、また明日。無理しないでね」
「うん、ありがと、成美さん」
そして彼女を見送った後、トイレに行った時だった。
「……え?どう……して……?」
ナプキンに垂れている経血。
でも衝撃だったのはそれじゃない。
この身体には無いはずのものが、いつの間にか私の身体に生えてきていた。
――経血で赤く濡れた、男の子の象徴。
「……代償……」
蛇の姿の管理者が言っていた言葉を思い出す。
魔法には代償を伴う。
私は
僕は
ようやく手に入れたものが、なにもかもが、足元から崩れ落ちるのを、感じた。