2.管理者
再び目を開けると、僕は何もない、広大な空間に横になっていた。
ここは、どこだろう?
確か……僕はトラックに……
「ーーっ!そ、そうだ、荷物!ば、バッグの中身は!?」
起き上がって自分の周りを見ても、それらしいものは何もない。
ど、どうしよう。
ぼ、僕が、じょ、女装グッズ買ってたのバレちゃう!
せっかく買えたのに。
生まれ変われると思ったのに。
自分が今どういう状況なのかも分からないまま、ただただ、「見られてはいけないもの」がないということに焦りを感じていた。
すると急に声が響いた。
ーー男の人とも女の人ともわからない、不思議な声だった。
「やぁ。君はクスノキ・タダシ君だね?」
「だ、誰!?ど、どこにいるの!?こ、ここはどこなの!?ぼ、僕の荷物は!?あ、あれが見られると、も、もう僕は生きていけない!」
声だけは脳内に響くように聞こえるけど、姿はどこにも見えない。
そんな得体のしれない不気味さを感じつつ、僕は一気にまくし立てていた。
「まぁまぁ落ち着きなさい……そうだね、最初の質問から順に答えていこう。まず私は『管理者』だ。君がいた世界を管理している」
「か……管理、者?」
「あぁ。君がなぜここにいるのか。薄々気づいているようだが、きちんと説明しておこう。君はトラックにはねられて絶命した。だが、実は私の不注意が引き起こした事故でね……だから、君の魂を救い出して、死なせてしまったお詫びとして、なんでも望みを叶えてあげるためにこの空間に呼び出したんだ」
「……え……?し、死……?」
「受け入れられないのも仕方ない。だが、元の世界に戻そうとしても無理なんだ。死は覆せない……すまない。だから代わりに、君の望みをなんでも1つ叶えて、その上で、元の世界の『パラレルワールド』に送ってあげよう」
「……」
情報が多すぎて、何も言えない。
え?
死んだ?
僕が?
パラレルワールドに戻る?
……なんでも1つ望みをかなえてくれる?
「あ……あの……管理者、さん……」
「あぁ。質問だね?なんだい?なんでも聞いてくれ。何せ私の不手際だからな……最大限の譲歩をしたい」
相変わらず、姿は見えたい。
でも声は確実に聞こえている。
何もない空間を見据えて、僕は確認した。
「か、叶えてくれる望みっていうのは……ひ、非現実的なことでも、ありですか?」
「それは非科学的なことでもいいのか、という意味かな?あぁ、答えはイエスだ。管理者である私は、あらゆる世界の可能性を演算している。科学技術が発達した世界ではありえないことであっても、別のパラレルワールドでは普遍的なことはたくさんある。何が望みかな?」
口に出すのに、どれくらい躊躇したのかは分からない。
でも、僕自身の中で、かなり長い時間の葛藤があったのは事実だ。
意を決して、僕は僕の望みを管理者に伝えた。
「……もちろん『可能』だ。君は、君が望むようになれる。」
「……!ほ、ほんとに?」
「あぁ、約束しよう。再び目を覚ますと、今まで通りの日常を再開できる。君は君として当然認識される。君の望みを反映した状態で、ね」
「や、やった……は、はは、やった!」
「……ただし、君が望むものには、『代償』がある。それでも構わないか?」
「つ、使った瞬間に死ぬ、とかじゃなければ……」
「それはない。だが……いや、いいだろう。君が望むとおりにしよう」
その言葉の直後、僕の体が暖かい光に包まれるのを感じた。
「これは……?」
「君の願い通り、君に『一つだけなんでも叶えられる魔法』を授けた。一度使用すれば二度と使えなくなる代わりに、どんなことでも起こせる魔法だ……その『代償』は、何を望むのかによって変化する……後悔しないように使ってくれ」
光が強くなりーー
僕の意識が途絶える直前、管理者の……大きな蛇のような姿が、光の向こうに見えた気がした。