1.現世
ありま氷炎様主催「第十回春節企画」参加作品
「……よし。あとは……お届け先を、遠くのコンビニにして……支払いをコンビニ支払いにすれば……」
手が震える。
液晶画面に映し出されているネット通販サイトの画面には、ウィッグや女装用の下着、化粧品に大きめのサイズのレディースの服が入った買い物かごの中身が見える。
人に言えなくて、ずっとずっと悩み続けていて……ついに勇気を出して買い物かごにいれた、僕の願望。
それを……ついに、買うんだ。
「……はぁ。ついに……買ってしまった……」
最後の決済ボタンを押せずに、ずいぶんと躊躇してしまったけれど、ついにそのボタンを押した。
「……これで、僕も変われるのかな……」
クローゼットの奥から出した、数々の雑誌を見る。
表紙には、いろんな服を着た、たくさんのモデルの子たちが写ってる。
僕は、その子たちが、女の子じゃないっていうことを知っている。
その中の1冊を手に取り、パラパラとページをめくる。
同じページを、もう何度見たか覚えてない。
それくらい、毎日毎日、モデルの子たちを羨みながら見ていた。
「……僕も……少しは、君たちに近づけるかな……」
自分の顔が、この子達みたいだったらよかったのに。
自分の体が、この子達みたいに華奢だったらよかったのに。
……僕の体が、男じゃなければよかったのに。
自分の体も顔も大嫌いで、現実から逃げるように、雑誌の中の世界に逃げ込んでいた。
そこには、僕の理想があった。
たとえ男でも、可愛く着飾ってもいい。
髪を伸ばして、お化粧して、スカートだって履いてもいい。
そんな世界に、僕はいつもいつも思いを馳せていた。
スマホの通知音が鳴り、確認する。
さっきの買い物の、配達日のお知らせだった。
指定された配達日は、1週間後。
「来週かぁ……待ちきれないよ……」
ベッドにスマホを投げ、横になる。
しばらくは、興奮で眠れそうになかった。
配達日の当日。
学校から帰ってきた僕は、親に見つからないようにこっそりと家を出た。
万が一、僕だと気づかれるのを防ごうと、大きなマスクをして、つばの大きいキャップを目深にかぶって自転車を飛ばした。
指定したのは、家からも学校からも離れたところにあるコンビニ。
店員さんに荷物の受け取りだと伝える瞬間が、ものすごく緊張した。
段ボールで届いていたから、受け取った後に店の外で中身を取り出して持ってきた旅行用の大き目のボストンバッグにきれいに入れて、残った段ボールの処分を店員さんにお願いした。
「……図々しいかなと思ったけど、段ボールのまま持って帰れないし、仕方ないよね」
ボストンバッグの中身を改めて確認する。
僕がずっとほしいと思っていた物がーー僕が、本当の僕に近づくためのアイテムが、文字通りの宝物として輝いているようだった。
「早く帰らないと。母さんに何か言われる前に部屋に入らないと……」
そう思い、自転車をこぎ始めてしばらく走らせる。
家の近くの交差点まで戻ってきた時、信号がもうすぐ赤に変わりそうになっていた。
急いで渡ろうと、僕は力を入れた。
その時ーー
確かにまだ青信号だったはずなのに、真横からトラックが猛スピードで僕に向かって突っ込んでくるのが、視界の端に見えてしまった。
「ーーえーー?」
衝撃が走って、体が吹き飛ばされる感覚だけ感じてーー
僕の意識は、そこで飛んだ。