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山々なのだが

作者: HORA

2074年

計画は2年程前倒しする事になったが

装備や食料を削る事で実現し

俺達6人は宇宙へ旅だった


6人全員が有名な登山家

それぞれ若くして六大陸の最高峰登頂を成し遂げた

以降も装備や条件を絞り、成し遂げていない偉業を考え

引き続き登山をし続けていた


海抜0mから、冬山、ビバーク(野宿)や休憩なし、

エベレストシェルパ(現地の荷物持ち案内人)なし

単独無酸素(酸素ボンベ持ち込まない)の登頂、など


競って行なう内にライバル達は仲間となった

話が、精神が、能力が見合う好敵手

情報交換をしている内に共に集まって同じ山を登るようになった


6人には共通点があった

経済的に非常に裕福である事


登山には、入山料、装備、食料、宿泊、場合によってはシェルパを雇う

一定以上の高さの山や、交通の便が悪い山にアタックするとなると

長期間になる上に非常にお金がかかる

まともな会社勤めでは実現できないだろう

金銭的に裕福で無いと行なえない趣味であるともいえた


多くのスポンサーをつけているヤツ

動画投稿による収入を得ているヤツ

親が有名企業の社長で裕福なヤツ

学生起業で成功し、すでに会社を売っぱらったヤツ

最年長のリーダーに至っては妻の多額の生命保険で大金を得ていた

「妻との賭けに勝ったんだよ。お互いに生命保険掛け合ってな。まぁ俺が負けるべくだったんだが…」


全員がまだ年齢が30~40台にして地球上において目ぼしい登る山が無くなり

踏破済みの山に6人で再び登る日々

一通りノルマとも言える山々での活動を終えた


そこで6人は太陽系で最も高い山の登山計画を立てる

火星・オリンポス山

その登る高さは27000m(27km)に及び、エベレストの高さなど目ではない

地球上では味わえない高度ではあるが、登山としての難易度はそう高いという訳ではない

むしろ人跡未踏の地である火星への到達の方が遥かに困難だ


長い準備と計画と訓練の末にとうとう火星へと旅立つ日が来る

太平洋上の大型母船の上からロケットを打ち上げる

大型母船は重力を振り切るためのロケット噴射の熱で沈没するかもしれないが

人類初の火星への旅という偉業に比べれば惜しくはない

一部始終をカメラに収めその様子を撮影しておく


まず1年と少しの間の宇宙の旅が始まる

質素な食事や過酷な環境に耐性のある6人にとって

気温・気圧の安定している宇宙船の環境は天国といえる

地球の洋上で、比較的揺れの少ない大型船にいたにも関わらず

軽く船酔いをしていた頃よりもむしろ快適な程であった


太陽系最大の山とは言ったものの、木星以降はガスの惑星で山が無い

水星、金星、火星のいわゆる地球型惑星と呼ばれる岩石で成り立つ惑星が候補だ

そもそも木星は相当に遠く、小惑星帯を通過しなければならないので

有人であれば低いとはいえ全滅のリスクはある

ガス星でも衛星であれば岩石であるが、衛星であると着陸のリスクが高くなる


水星のカロリス山2900m(2.9km)

金星のマクスウェル山11000m(11km)


この内惑星である2惑星は太陽に近い事もあり気温や気圧が高すぎる

水星は太陽の重力が大きく働きスイングバイで到達に

最短4年はかかる上に山の標高が低い

金星はマクスウェル山頂は気温が比較的低いが400℃はある

更に風速100m/sの濃硫酸の暴風が吹き荒れているのでお察しである


他に候補に挙がったのは火星と木星の間にある小惑星群の中の

ヴェスタ(直径500km程)という小惑星

ここにレアシルヴィアと呼ばれるクレーターによってできた丘(高さ22km)が

あるのだが当然火星より遠方で気温も火星よりは随分と低い

更にこちらは1年8カ月程かかる上、重力は地球の3%

我々は地面を押す事で進行方向に進むことができるので

この重力では移動もままならない

まぁそもそもオリンポス山の方が27kmと標高が高い

これらによってヴェスタ行きは不採用となった

レアシルヴィアは丘だしな


火星のオリンポス山の名前の由来は

ギリシアにもあるオリンポス山からとったそうだ

ではオリンポスとは?といえば古代ギリシア語で山という意味

これは香ばしい香りがする


……………


トラブルなく1年と少しの宇宙の旅を終えて

ようやく宇宙船の窓から火星の姿が目に入る

まぁお気に入りのトレーニング機材を勝手に使われていたので

殴り合いの喧嘩になるぐらいはトラブルに入らない

それなりに皆が自己中心的な人種なのである


宇宙の旅に関してはロケットの離陸、航行、着陸は全てAIが自動で行なってくれるので

こちら側の準備としては宇宙服を着用し、外と繋がるハッチのある部屋に移動して待つだけである


プシューーーッ


ハッチが開き6人は火星へと一歩踏み出す

登山で山頂に辿り着いたような達成感があったが

まだたった一歩である

だが随分と久しぶりに大地に足を踏みしめる感覚にいたく感動させられた


火星は望遠鏡などで外から見ると

酸化鉄(赤錆)を含む地面により赤い星に見えていたが

実際立ってみると、より白っぽい地面である

場所によって当然違うのだろうが何か発見めいた気分であった


火星の重力は地球の37.8%、気温は-45℃

地球と同様に季節があるので火星の夏前、

地球で言えば6月に相当する時期に到着している

一世代前の宇宙服とは異なり全身タイツのような構造で

熱や気圧を一定に保ちつつ行動の阻害をしない


呼吸に関しては鼻と口を容器で覆い、その中に超高濃度の酸素を

溶かしこんだ液体を流し込む

しばらくすると肺の隅々までその液体で満たせる

不思議な事に液体であっても体内に酸素を取り込むことができる

個体としての酸素とは別技術で固形に圧縮した酸素タブレットを用意して

定期的に鼻の上部から容器の中にその酸素タブレットを放り込む


わずか1kg程、酸素タブレット400粒程あれば半年以上は酸素供給が可能だ

また火星の大気の成分は二酸化炭素が主なので

酸素を作り出そうと思えば可能である


食事用のチューブもすでに地球上で手術を行い、外部から補給ができるようにしてある

宇宙船での食事が最後の固形の食事であったがこれは仕方がない

鼻と口は呼吸用に液体で塞がれるからだ


「これ便利だけど、最初めっちゃ苦しいから嫌なんだよね」

「同感…」

「ほぼ一回水死する苦しみだもんな~」


6人は装備を確認し歩き出す

遥か270km先のオリンポス山の山頂を目指して


しかしまず立ちはだかるのは高さ6000m(6km)に及ぶ断崖

オリンポス山は基準面からの高さ21230m(21.23km)とされているが

今6人がいるのは基準面より6000m(6km)も下の地点

地球で言えば海底にいる状態であるのだ

もちろん火星には海は無いのだが…


かといって山の裾野である基準面に宇宙船を着陸させてしまったり

頂上付近に着陸してしまっては登山家として興覚めであろう

オリンポス登山の困難なポイントはむしろ開始すぐの

6000m(6km)の崖にしか無いと言っても過言ではない


山の裾野に上がってしまってからは

山頂までは垂直に21kmの高さ

水平に260km程移動するのだが

平均斜度は僅か8%しかない

小学生の頃の遠足の山登りでももっと斜度のある

坂道はあっただろう


更に言えば地面はほどほどに固く、重力が軽くややふわふわするが

慣れればかなり歩きやすい道となるだろう


……4時間程歩いたところで

とうとう断崖へと辿り着いた

地球からでも火星探査機の映像で割と鮮明な地形データを

閲覧する事ができる

アタックすると決めたポイントに6人は辿り着いた

ここからまず6000m(6km)を垂直に登る


6人をロープで連結させクライミング

岩の表面部分はボロボロと崩れやすかったが

少し内側は非常に硬くクライミングには都合が良い


6人全員が元々クライミングを(たしな)んでおり

更にこのオリンポス山アタックに向けて

宇宙船の中でも継続してトレーニングを続けていた

重力も軽く、装備や食料をある程度削ったことも(さいわ)いし

小指の第2関節がかかれば、体重と荷物を支えられた


また断崖とは言ったがオーバーハングしているような

地点もなく、休憩に適した地点が散在している程に

緩い難易度であった


「じゃいつも通り皆で一斉に10段階評価で難易度設定しようか。せーの

1!」「1!」「1!」「1!」「1!」「0!!」


「「「ははは!」」」

「まぁそうなるよな。4カ月程かかる想定で準備してきた断崖をものの2週間で登り切っちまった」

「拍子抜けだよな」

「想定より緩いなんてことは珍しいしな。いつもは想定の上の上の斜め上を行くトラブルばっかりだ」

「それは自業自得だけどな。」

「困難にぶち当たりに行って乗り越えるのが登山の醍醐味でもあるからな」

「残りの行程で困難が襲い掛かってくれることを祈ってるよ」

「まぁ、乗り切れるレベルのやつで頼む」

「いや、俺が襲いかかる訳じゃないかんな」

「「「ははは!」」」



ここからの行程

斜度がきつい訳ではないので一直線で山頂とされる地点にまで向かえる

260kmの長い長いウイニングラン

走る訳ではないが、気分的には走って向かいたい

だが火星という非日常の空間であるので気を抜いてはいけない

突然に宇宙海賊ゴージャスやらハーロックやらが襲ってくるリスクはある


なかった


間もなく山頂

オリンポス山の裾野から山頂まではおおよそ1日30kmずつ淡々と進む

酸素や食料には大幅に余裕があり急ぎの旅ではない

5合目で丸1日の休憩や撮影日を設け、予定通り10日の行程で辿り着くことができた


地球における山頂は猫の額、ウナギの寝床であるが、

オリンポス山はそのように狭かったり細かったりということはない

馬鹿みたいに広い山頂である

そして山頂に拠点を作って思い思いに休憩をしたり撮影をしたりする

目的地に到着をしたので後は自由行動だ


火口の中の方はまた大きく下っており

富士山が逆さまにすっぽり入るほどの大きさなのだそうだ

地球でも活火山への登頂であればカルデラが存在している事もあったが

その中は有毒ガスなどが存在する可能性もあり興味が無かった


ただ今回の火星オリンポス登山に関しては時間に相当に猶予がある

火口の中に入っていき地熱を感じたり撮影を行なったりと満喫した


2カ月後…


6人はまだ山頂にいた

サンバイザーを装着し、火星から地球まで届くレーザーを今日も照射する

しかし待っても待っても地球からの返事となるレーザーは返ってこなかった


「やっぱもう駄目か」

「だろうね」


俺達が火星に出発する1年前に


地球は水没した


地球で最も高いヒマラヤ山脈が、丸々と突如海中へと沈んだ

それは船が沈んでしまうかのように

俺達の遊び場とも言える庭であったヒマラヤ山脈は

太古の故郷に帰るかのように海抜0m以下に落ちた


それによる大津波などは序章に過ぎなかった

世界規模の地盤沈下と同時に海水面の急上昇

中途半端に数百m、数千mの山に避難した人類は全て亡くなった

地上そのものが無くなってしまったからだ

ギリシャ・オリンポス山も当然今や海面下


俺達はたまたま津波などの揺れに強く

ロケットを運搬中の大型船内にいたので事無きを得た


同様に船や海中に逃れた人類は多くいただろうが

何しろ連絡を取る手段が少ない

電波塔は全てが使い物にならなくなっている

船から衛星電波を介していくつかの船とのやり取りはできた

しかし積み込めた食料に対して乗り込んだ人が多過ぎるそうだ

新鮮な果物も多くなく、壊血病対策への明確な備えが無い

「いつトラブルや暴動が起こってもおかしくないので

絶対に近づいて来ないでくれ。襲われるぞ。」

と忠告を受けた。


それから1年半が経った。

一部の鳥類を除き陸上生物は人間を含め

絶滅してしまったと言っていいだろう

レーザーによる存在証明が返ってこないということはそういうことだ

オリンポス山頂から見る地球はとてもちっぽけである

もうあそこにあった俺達の遊び場は全て没収されてしまった


火星の光量は地球のおよそ1/4

真昼の時間帯のはずではあるが薄暗い

それは小学校の時に友人の家に遊びに行った

その帰り道に酷似していた

日暮れの時刻、太陽は真横から刺し影はどこまでも伸びていた

建物の形も同様に影となり異世界のようだった

これから夜に向けて世界が姿を変える不思議な感覚があった


地球があのような事になる前には

火星から帰還し故郷に帰る予定であったがもう帰るべき家

会うべき人物も海中に沈んでしまった


「じゃ、もう良いよな?」

「「「ああ。」」」


俺達6人は後年の地球では

エベレストを含めた高山での遺体回収のボランティアをしていた

標高の高い地点で滑落や高山病で活動できなくなると

原則的に助けられない

2次遭難が増え怪我人や死者数が増加するからだ


その遺体を回収し、遺族のもとに返す

20歳台の若い頃の俺達の活動は単に個々の趣味であったが

40歳となり以降そのボランティアに関わった事で随分と心境に変化があった


「どうする?」

「そんなの決まっているだろう?」


そういえば…


オリンポス山の7合目を進む8日目

火星に生物がいた事を確認した

大きさは3mmほどであろうか

うねうねと動くゴカイのような生き物

オリンポス山は長らく噴火こそしていないが活火山であるというので

何かしらの栄養素と呼べるものがあるのだろう


「毒薬で死ぬなんて俺達らしくないよな」

「登山家の死に方と言えば…」

「「野ざらしだよな」」


ゴカイのような生物が数千万年、数億年を経て知的生命体へ

そしてオリンポス山頂の6体の遺体を発見したならば

どのような事を感じるのだろう

まぁ火山活動によりマグマに飲まれてしまうのが先か…


ここ数年で多くの人の死に対して直接的・間接的に多く関わってきた

それは地球が水没してから見捨てるしかなかった人も当然含む


火星への燃料、装備、食料はすべて

オリンポス山頂へ片道一方通行

人として尊厳のある最期を


6人は笑顔で宇宙服と呼吸器を火口に向け投げ捨てた

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