08 追跡?
夜の街を駆け抜ける追跡劇。
アリスは痕跡を辿り、ナツメとギンは距離を取りながらも気配を消す。
だがその最中、異質な震動が空気を貫いた。
アリス「……これは……?」
彼女の足が止まる。
路地の奥に、ありえない“揺らぎ”が立ち現れていた。
水面の波紋のように、空間そのものが震えている。
いや、それは“穴”――次元そのものに生じた歪みだった。
ナツメ「ギン! あれ……見える?」
ギン「ああ。ちっ、嫌なタイミングだ……次元の裂け目か」
ナツメは息を呑む。
彼女ですら見慣れない現象。
その揺らぎの奥から、低いうなり声のようなものが漏れていた。
アリス「次元の……裂け目?」
彼女の目が輝く。
恐怖ではなく、狂気じみた好奇心。
アリス「やっぱり……異世界はあるのね! ここから“向こう”に繋がっている……!」
彼女は一歩踏み出そうとした。
その瞬間、裂け目から“腕”が伸びてきた。
黒く、長く、ぬめりを帯びた何か。
人間のものではない、異質な存在の手。
ナツメ「アリスッ、下がれ!」
思わず叫んでいた。
自分でも驚いた。
なぜ敵であるはずの少女に警告を?
ギンは即座に動いた。
空間を裂くように飛び降り、ナツメの前に立ちはだかる。
ギン「……クソッ、まさかこの世界に干渉してくるとはな」
アリスの瞳は、その光景を一瞬たりとも見逃さなかった。
黒い腕、ナツメの叫び、ギンの反応。
すべてが証拠となり、彼女の思考を加速させる。
アリス「……そう。あなたたち、やっぱり普通の存在じゃない」
歪みからは、さらに複数の影が押し寄せてくる。
裂け目は拡大し、路地の壁や地面を呑み込もうとしていた。
ギン「ナツメ、退避だ! ここで戦うな!」
ナツメ「でも、このままじゃ……!」
アリスは一歩も引かない。
むしろ前に進み出た。
アリス「ダメよ……これは、観測しなきゃいけない現象なの。今逃げたら、一生後悔する」
ナツメとギンが思わず息を呑んだ。
彼女の姿は、まるで科学者であり狂気の探究者そのもの。
恐怖よりも知識欲を選んだ瞳だった。
――夜の街に、裂け目から這い出す“第三の存在”の影。
追跡劇は、思わぬ三者衝突へと変わろうとしていた。
裂け目から伸びる“黒い腕”が、地面を掴んだ瞬間。
――空気そのものが、軋んだ。
ビキビキビキ……!
街のビルのガラスが一斉にひび割れ、電柱が揺れる。
空に走ったのは稲妻ではなく、“空間そのもののひずみ”だった。
ナツメ「……これ、やばいっ! 裂け目が広がってる!」
ギン「チッ……くそっ、制御不能か!」
裂け目は路地だけでなく、周囲の街区へと拡張していく。
ビルの壁が引き裂かれ、街灯がねじれ、夜空に黒い渦が生まれた。
そこから“異形の影”が次々とにじみ出る。
アリスの目は、狂気に震えていた。
アリス「……美しい……! これが次元干渉……! 記録しなきゃ……」
彼女はポケットから端末を取り出し、膨大なデータを走らせる。
ナツメはその姿に戦慄した。
ナツメ「ちょっ……あんた正気なの!? このままじゃ街ごと呑まれるのよ!」
アリス「正気? 違うわ、これは使命。私は“観測者”。未知を前に目を逸らすなんてできない」
ギンは低く唸り、ナツメの肩を強く掴んだ。
ギン「ナツメ、もう選べない。街ごと飲まれる前に……ここを封じるしかねえ」
ナツメ「……でも、どうやって!? これ規模が大きすぎる!」
異形たちの咆哮が夜を裂いた。
触手のような腕がビルをへし折り、闇の口が街灯を丸呑みにする。
人々の悲鳴が遠くから響き始めた。
アリスはそんな中でも一歩前に出る。
瞳は獲物を捕らえた猛禽のように鋭く、狂気的な輝きに満ちていた。
アリス「ふふ……やっぱり、あなたたち“外の存在”は、この世界じゃ安定できないのね」
ギンとナツメが同時に振り返る。
ギン「……おい。今の言葉、どういう意味だ?」
アリス「簡単よ。“異界の干渉者”が長居すれば、世界の均衡が崩壊するってこと」
ナツメの顔が強張った。
彼女の中で、アリスという存在がただの敵ではなく、“真実を知る者”として映った瞬間だった。
だが裂け目の暴走は待ってくれない。
街の中心に、巨大な“黒の柱”が形成される。
そこから放たれる重力波のような衝撃で、地面がひっくり返る。
ギン「……チッ。もはや小細工じゃどうにもならん……」
ナツメ「ギン……」
ギン「ナツメ、覚悟しろ。俺たちの力を全開で使う。……街は壊れるが、ここで止めなきゃ世界そのものが崩れる」
アリスは微笑む。
それは正気と狂気の狭間に立つ者だけが持つ、危うい輝きだった。
アリス「いいわね……その瞬間、全部観測させてもらうわ」
――街全体を巻き込む大規模異変。
三者はそれぞれの立場で、不可避の衝突に巻き込まれていく。
街の中心に立つ“黒の柱”は、次第に形を変え始めた。
ただの渦ではなく――巨大な“人影”の輪郭を映し出す。
ビィィィィン……!
空気が張り裂けるような音とともに、その影が歩み出る。
異形とは違う、確かな“意志”を宿した存在だった。
その声は街全体に響き渡る。
???「――干渉、確認。次元均衡、破損率七十二パーセント。修復には……代償が必要だ」
アリスの眼が、狂気に煌めく。
アリス「……やっぱり! 次元そのものに“管理者”がいる……! あなた、何者なの!?」
存在はゆっくりとアリスへと顔を向けた。
その瞳は、夜空の裂け目を思わせる深い虚無。
???「我は“調停者”。崩壊を止めるための、異界からの修正プログラム」
ナツメは耳を疑った。
ナツメ「プログラム……? じゃあ、機械なの? それとも……」
ギンが鋭く遮る。
ギン「そんなことはどうでもいい。問題は“修復の代償”だ。お前、何を差し出せと言う?」
調停者は一瞬の沈黙ののち、答えを落とす。
調停者「――この世界に干渉した“観測者”の存在。それこそが歪みの核」
視線が、アリスへ突き刺さる。
アリス「……あら。つまり、私が原因ってこと?」
彼女は笑った。
追い詰められた者の笑みではなく、すべてを解き明かす研究者の笑み。
アリス「最高じゃない……私が裂け目の“鍵”だなんて。――なら、もっと観測できるわ」
ナツメ「ちょっ……! 冗談じゃない! 街を救うために、あんたを犠牲にしろって言ってるのよ!?」
ギンの目が細くなる。
計算するような瞳が、アリスと調停者を交互に射抜く。
ギン「……皮肉だな。俺たちが戦うまでもなく、“世界”が答えを出してる」
アリス「いいえ、違うわ」
アリスは一歩前へ踏み出した。
揺れる街、崩れるビル、その中で声を張り上げる。
アリス「私は犠牲にならない。だって観測者は“結果”じゃなく、“過程”を残すもの。……つまり、この状況をも観測し尽くせば、別の道が必ずある!」
調停者は静かに応じた。
調停者「ならば示せ――観測者。お前の観測が、この崩壊を超えるのかを」
裂け目がさらに脈打ち、街全体を飲み込もうとする。
三者と一体の“調停者”。
次元の意思が干渉する中で、それぞれの選択が迫られていく――。