07 クライシス?
ナツメ「そう言えばさあ。この間、変な奴につけられたんだよね。きみわりー」
ナツメ。銀色の髪に青色の目のスタイルが良い14歳の女の子に見えるが、年齢は245歳。能力で歳を誤魔化している上に、かなり長生きしている。
ギン「お前をつける奴なんて恐れ知らずはいないだろうが」
ギン。黒マッチョな身体に金髪のイケメン青年。見た目は、24歳だが、こちらも283歳。能力で見た目を誤魔化している。
ナツメ「それがかなり離れたところからこちらの様子をずっと伺っているようで、気持ち悪くて悪寒が走ったよ」
ギン「そいつはどんな奴だったの?」
ナツメ「だから。かなり離れたところから、向こうは気配を消してつけてきたから見てないよ!」
ギン「ナツメが認識できない奴がいるの?」
ナツメ「いたんだよ。ビックリだよ。
そういえば、この間、時間を止めた時にも僅かに同じ感覚を感じた時があった気がする。気持ち悪いからすぐに時間を戻して、帰ったけど。もしかしたら、同じ奴かも」
ギン「ナツメが時間を止めた時に感じた感覚ということは、そいつは止まった時間の中で自由だったってことだよな。
ヘェー。世の中は広いねェ。そんな奴がいるんだ。」
ナツメ「なんかやばくねェ!そいつ。やっぱ、考えただけで気持ち悪いよ。」
ギン「だが、まだこっちの正体を掴まれたわけじゃない。
危険だからそいつは始末した方がいいな。
我々にとってはそいつの存在が危険だからな。
ところで、ナツメはどうやって逃げたんだ? まさか?」
ナツメ「ワープに決まってんじゃん。
大丈夫だよ。ちゃんとバレないようにワープの形跡を残していないから」
ギン「向こうはナツメを捉えているのに、ナツメが相手をちゃんと捉えられないほどの相手。しかも時間を止めても動けるような相手の前でワープまで使ったなら、こちらの能力は粗方バレていると思った方がいいかな」
ナツメ「そんなに警戒しなくてもいいんじゃない。
今までバレたことないし。大丈夫だよ。」
ギン「世の中には得体の知れない奴はいる。
注意するに越した事は無い。」
ナツメ「じゃ。当分籠るから。当分、外に出ないからね。」
ギン「その方が無難だな。当分、外に出るな。いいな。」
ナツメ「わかったよ。」
ギン「それから、当分能力は使わない。できるだけ用心すること。」
ナツメ「能力も自重するよ」
バンパイヤ史上最大のピンチになるかもしれないと、ギンは思っていた。予想を超える能力を持つ敵の存在は、今までの気の緩みを一気に引き締めた。今後は最大限に注意して動くことになる。
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アリスは夜、自室のベッドに横になりながら、今日の出来事を反芻していた。
アリス「……やっぱり、何かを見逃してる気がする」
あの日、街で少女が消えた気配。
あの時と似た“異質な残存エネルギー”を、別の場面でも感じていた。
まるで自分が見ていることを、逆に観察されているかのような、不快でゾクッとする感覚。
アリス「私の透視や遠隔視を越えて……むしろ時間の止まった中で動ける存在……」
彼女の脳裏に、“怪異”という言葉が蘇る。
この世界で超能力は日常であり怪異ではない。
それでも説明できない力は存在する。
魔法か、それとも——。
――同じ頃。
ナツメは窓辺に座り、月を見上げていた。
銀髪が夜風に揺れる。
ナツメ「……やっぱり、あの時の気配。気持ち悪い」
ギン「落ち着け。相手はお前を殺そうとしたわけじゃない」
ナツメ「でも、あたしが“時間を止めた”のに……あの目線だけは消えなかったんだよ」
ギンはしばし黙った。
彼の腕は筋肉で盛り上がっているが、その瞳には戦士よりも研究者の冷静さが宿る。
ギン「ならば……そいつは“時間そのもの”に干渉できる能力者かもしれないな」
ナツメ「そんな奴、今まで聞いたことない」
ギン「俺たちだって、常識の外に生きてるだろ」
ナツメは不安げに唇を噛んだ。
――翌日。
アリスは図書館の隅にこもって、古い論文や超能力学会の資料を漁っていた。
頭の中は理論でいっぱいだった。
アリス「時間停止が本当に可能だとしたら……私が知りたい“時間を止める方法”は、既に誰かが使ってるってことになる」
ページをめくる手が止まる。
“ブレーン衝突による局所的な時空異常”
“次元の接触面における非対称的エネルギー流”
アリス「……やっぱり、“次元廻廊”の研究を進めなきゃ」
彼女は微笑んだ。
恐怖よりも興奮が勝る。
誰かに見張られているとしたら、それは最高の実験対象だ。
アリス「ふふっ……もっと近くに来て欲しいな。その“何者か”に」
彼女は、相手がヴァンパイアの長命者だとはまだ知らない。
けれど、必ず再会すると直感していた。
数日後の夕暮れ。
アリスは人気のない路地裏で、またしても異質な残響を感じ取った。
アリス「……これは」
空間が、ごくわずかに“歪んで”いた。
空気の密度が変わったような、耳鳴りのような振動。
透視で覗こうとしても像がブレて、焦点が合わない。
アリス「こんなの、普通の超能力者じゃ残せない痕跡……」
床に落ちているガラス片に触れる。
そこから伝わってきたのは、時間の流れが“断絶した瞬間”の記録だった。
アリス「……時間の流れが、一瞬だけ途切れてる……!」
彼女の心臓が高鳴った。
ずっと探していた“時間停止”の証拠が、ここにある。
――同刻。
ナツメは少し離れたビルの屋上から、その路地を見下ろしていた。
気配を消したつもりだった。
けれどアリスが落ちていた痕跡を拾い上げた瞬間、ナツメの背筋に冷たいものが走る。
ナツメ「……まさか、気づかれた?」
ギン「おい、下がれナツメ。そいつ、只者じゃないぞ」
ナツメは息を呑んだ。
路地に立つアリスが、まるで誰かに話しかけるように微笑んでいたからだ。
アリス「……見てるんでしょ? あなた」
ナツメ「っ……!」
ギンは静かに舌打ちした。
その声はナツメにしか届かないほど小さい。
ギン「やられたな。こっちを“観測”してやがる」
――アリスの脳裏では、解析が止まらなかった。
アリス「やっぱりいる……私の力でも掴めない、異質な観測者……。ふふ、逃がさないわよ」
彼女の瞳は、まるで実験体を見つけた研究者のように輝いていた。
屋上の夜風が強く吹き抜ける。
ナツメは思わず息を呑んだまま、アリスを見下ろしていた。
ナツメ「……完全にバレてる。あの子、何者……?」
ギンの眼光が鋭く光る。
その声は低く、しかし強制力を帯びていた。
ギン「撤退だ、ナツメ。あいつは俺たちの想定を超えてる」
ナツメ「でも……」
ギン「これは命令だ。お前の力でも、あの目は誤魔化せねえ。深入りすれば捕まる」
ナツメは唇を噛んだ。
彼女にとって“敵前逃亡”に等しい言葉だった。
だが、ギンの声音にはそれを許さない絶対の重みがあった。
ナツメ「……了解」
ふたりの姿は、夜の闇に溶けるように消えた。
――だが。
アリスはその瞬間、瞳を細めた。
アリス「……消えた、か」
空気のわずかな流れ、温度の偏差。
そこから“移動方向”を推定する。
まるで獲物を追う猛獣のように、彼女の思考は研ぎ澄まされていた。
アリス「逃げても無駄よ。私は観測者……必ず辿り着く」
彼女は路地裏を駆け抜ける。
手の中に集束させたのは、微細な“時間断層”を読み取る超感覚。
残された痕跡は、普通の超能力者なら気づけないほど淡い。
だが、アリスにとっては道しるべそのものだった。
――追跡が始まる。
屋根の上を走る影。
それを追うもうひとつの影。
どちらも人間離れした速さ。
ナツメ「……ギン、気づいてる?」
ギン「……ああ。つけられてる」
ナツメ「くっ……やっぱり逃げ切れないのか」
ギンは短く笑った。
だがその笑みは冷たい戦士のそれだった。
ギン「いいや、逃げ切る。だが……もし奴が本気で追ってくるなら、いずれ衝突は避けられん」
アリスの瞳は夜空を裂く星のように光っていた。
アリス「ふふ……これがあなたたちの“痕跡”。やっと見つけた……!」