12 理と理の衝突?
アリスと真理の存在が相対する。
二つの“理”が触れ合った瞬間、街そのものが悲鳴をあげた。
◆
空は割れ、昼と夜が同時に存在する。
片方の空には太陽が灼き、もう片方には星が瞬き、
その境界線は稲妻のように走って交錯する。
大地はねじれ、街路は無限に分岐し、同じ場所がいくつも出現した。
人々の立つ地面が“もう一つの街”と重なり、
現実は多重化し――あらゆる存在が「戦場の駒」と化していく。
◆
真理の存在が放った一撃。
それは“定義”の力――存在を存在たらしめる根本を書き換える光。
触れたものは、瞬時に「概念」となり、崩壊する。
アリスはそれを真正面から受け止め、両手で捻じ曲げる。
彼女の指先から、無数の可能性の線が伸び、光を解体して別の現実へと変換した。
アリス『均衡? 調停? そんなもの、ただの思い込みよ!
世界はもっと“多様”でいい!』
叫ぶと同時に、街の人々の影が再び浮かび上がる。
未来の彼ら、過去の彼ら、あり得た可能性の彼ら――
そのすべてを束ねて、アリスは“力”に変えて放った。
◆
街は戦場と化す。
家々が戦艦のように浮上し、通りは剣や盾の形に変貌する。
時計台の針は狂ったように逆回転し、時間そのものが武器となって砕け散る。
人々の叫び声は、もはや恐怖だけではない。
アリスに共鳴した者たちは「自分の可能性」を目覚めさせられ、
戦場そのものを構成する“駒”となり始めていた。
ナツメは唇を噛みしめる。
ナツメ「これ……戦いじゃない……世界の再定義そのもの……!」
ギンは鋭い視線をアリスへ向けた。
ギン「アリス……お前は本当に、“人類の代表”になる気か」
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真理の存在が低く唸り、街全体を覆う。
真理の存在『ならば――この都市ごと、抹消する』
空から降り注いだのは“終焉の矢”。
それは街の存在を一瞬で無に帰そうとする究極の裁き。
しかし、アリスは真っ向から立ち向かう。
髪が銀色の奔流となり、瞳には多次元の光が灯る。
アリス『やってみなさい!
私は――この街と共に、新しい理を生き抜く!』
その瞬間、戦場と化した街の全てが震え、
“理と理の衝突”が本格的に始まった――。
アリスと真理の存在――
二つの理が衝突した瞬間、その余波は街を越え、
この世界の“外側”にまで響き渡った。
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空の裂け目は広がり、青空の奥に「別の空」が見えた。
それは、見慣れた星々とは違う、異次元の大河。
時間が逆流し、空間が折り畳まれ、
幾千もの世界が一つの視界に並び立つ。
ナツメは息を呑む。
ナツメ「……これ……他の次元……!?」
ギンは低く答える。
ギン「いや……“観測の壁”そのものが壊れている。
このままでは、隣接する世界すべてが巻き込まれるぞ……!」
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街の人々も異変を感じていた。
空を見上げた者の瞳には、見知らぬ都市や荒野、
そして巨大な影のような存在が映り込み、
自分たちが“孤立した世界ではない”ことを否応なく理解させられる。
ある者は未来の地球を、ある者は滅びた文明を、
またある者は見たことのない異星の都市を見てしまう。
それらは夢でも幻でもなく――
現実と同等の“他の世界”だった。
人々の心に恐怖と同時に、奇妙な憧れが芽生える。
「この世界の外にも道があるのか」と。
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真理の存在が声を放つ。
真理の存在『……均衡が崩れる……。
無数の世界が一つに干渉し合えば、全ては“虚無”に沈む』
その言葉は裁きではなく、
初めて焦りの色を帯びていた。
アリスはその声を嗤いでかき消す。
アリス『虚無? それはあなたたちが恐れているだけ。
私は見たの。
無限の可能性が重なり合って、新しい“理”が芽吹く瞬間を!』
彼女の背後に広がる裂け目から、
幾千もの手――人間の手、獣の爪、機械の指――が伸びてきて、
アリスに力を与える。
それは“外側の世界”から響いてきた無数の応答だった。
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ギンはその光景を見て、かすかに呟いた。
ギン「……このままでは、この世界が“特異点”になる……
あらゆる世界がアリスを中心に再定義されてしまう……!」
ナツメは震える声でアリスを呼ぶ。
ナツメ「アリス! あなたは……もうこの世界だけじゃなく、
全部の世界を巻き込んでるんだよ……!」
しかしアリスの瞳はすでに“彼方”しか見ていなかった。
――彼女は、もはや一人の少女ではなく、
「世界を繋ぐ存在」になろうとしていた。
アリスの身体から放たれる光は、もはや“個人の力”ではなかった。
それは世界の根底に流れるコードそのものを塗り替える力――。
◆
空は幾重にも裂け、
昼と夜が同時に訪れ、
季節が混ざり合い、
雪が降りしきる中に夏の蝉が鳴く。
街並みは形を保てず、
木造の家屋の隣に未来都市の塔がそびえ、
その隙間からは古代の神殿がせり上がる。
人々は恐怖しながらも、
“懐かしいもの”や“未知の憧れ”に触れ、
奇妙な陶酔のような感情に呑み込まれていった。
子供は突然、見知らぬ言語を話し、
老人の目には若いころの記憶が実体化して街角に現れる。
――世界が再構築されている。
それも、アリスを中心に。
◆
真理の存在が低く呻いた。
真理の存在『……この娘を核に、無限の次元が“ひとつ”へ収束していく……
この道は、許されぬ……!』
だが、その声を遮るように、
アリスの声が響いた。
アリス『違うわ。収束なんかじゃない。
これは“網目”。
無限の世界が、互いに触れ合いながら並存する。
私は――その結び目になる!』
彼女の瞳に、幾千の宇宙が映り込む。
青い空、紅い海、黒の大地、
そして存在すら定義できない世界が。
◆
ギンは歯噛みする。
ギン「やばい……このままだと、本当に“全ての基準”がアリスになる。
俺たちの生きてきたこの世界すら、別の理で塗り替えられる……!」
ナツメは立ちすくみながらも、震える声で言った。
ナツメ「でも……アリスは泣いてない。
こんな化け物みたいな力を手に入れても……
あの子、笑ってるんだよ……!」
◆
そして――
空の裂け目はもはや傷口ではなく、“芽吹き”に変わっていた。
無数の根が伸び、異界と異界を絡め取り、
新しい“大樹”が形を作り始める。
それは世界樹の幻影。
すべての次元を繋ぐ“幹”として、アリス自身が立ち上がっていた。
――アリスは完全に「多世界の核」となったのだ。