勇者と魔王が和解して、魔王が勇者を自宅に招待してくれたけど「魔王城っぽさ」が全然抜けてない
勇者アトラスと魔王ギガルは、長きに渡る戦いの末、ついに和解を果たした。
人類と魔族もまたこれを機に和解することとなり、皆が喜び、安堵した。
祝賀会にて手を取り合うアトラスとギガルの姿は、これから始まるであろう平和な時代を象徴するものであった。
和解後、アトラスは王都で剣の指南役として暮らしていた。
若く凛々しいアトラスに指導されると、生徒達も気合が入る。大きな掛け声を上げて、木剣を振るう。
そんなある日、アトラスの元にギガルから手紙が届いた。内容は次のようなものだった。
「人と魔族の和解が成り立ち、余も王都の郊外に家を建てた。ぜひ遊びに来て欲しい」
これを読んだアトラスは満足そうに微笑む。
「王都近くに家を建てるなんてあいつも変わったな。よし、今度の休みに遊びに行ってやるか!」
***
アトラスは手紙にあった地図を頼りに、王都郊外まで足を運んだ。
「地図によると、このあたりだが……」
「おーい!」
ギガルの声がした。ギガルは角を生やし、長い耳を持ち、黒マントを羽織るいかにも魔王といった風貌である。
「よう、ギガル!」
「久しぶりだなぁ、アトラス!」
再会の挨拶も済ませ、ギガルが案内を始める。
「こっちだ。ついてきてくれ」
案内された先には――
黒や紫といった彩色を施された、おどろおどろしい巨大な建物があった。
「これがお前の家? なんだか不気味だなぁ」
「なにしろ魔王の家だからな」
「そんなもんか。お邪魔しまーす」
中に入ると、石壁に覆われた殺風景な通路が待ち受ける。
ギガルが先頭に立ち「こっちだ」と進んでいく。
「ここは右だ」とギガル。
アトラスはついていく。
「この通路は左だったな」
ギガルは記憶を頼りに歩き続ける。
「ここは……まっすぐ。おっと行き止まりだった。引き返さねば」
一向にくつろげるような部屋にたどり着かず、たまらずアトラスが怒鳴る。
「長いな! まるで迷宮じゃないか!」
「なにしろ魔王の家だからな。しかし、もうすぐ迷宮も終わるぞ」
ほっとするアトラス。
しかし、胸をなで下ろしたのも束の間――
上下移動する巨大な岩の塊。
振り子のように往復する鋭い刃。
煮えたぎる溶岩。
特定の場所を踏むと炎や氷が噴き出る魔法床。
数々の罠が二人を襲う。
「なんだよ……なんなんだよこれ! 罠だらけじゃないか!」
「なにしろ……魔王の家だからな」
「しかもお前の方がかわすの下手で、ダメージ多いじゃないか! 家主のくせに!」
「お前ほど冒険してないからな……。トラップは苦手なのだ」
アトラスは軽傷で済んだが、ギガルの黒マントはボロボロになっていた。
トラップ地帯を潜り抜け、二人は広い部屋にたどり着く。
アトラスが笑顔になる。
「やっと……リビングか」
「いや、油断するなアトラス! 剣を構えろ!」
「へ? な、なんで……」
「ここには番人が配備されておる!」
「番人!?」
「我が家の番人“ガーディアン”だ!」
二足歩行の巨大メカが天井から降り立った。どうやらここに入った者はガーディアンと戦うことになるようだ。
「侵入者発見、デリートシマス」
両目からレーザーが発射される。石の床を軽くえぐり取るほどの威力だ。
「なんだよこいつ!? なんで家主がいるのに襲いかかってくるんだよ!?」
「その方が、セキュリティが万全になると思ったものでな」
「そういうのは万全じゃなく残念っていうんだよ!」
出入り口を閉じられてしまい、退路も断たれた。
戦いが始まってしまった。
「やるしかないか……喰らえ!」
アトラスは数々の魔物を倒した剣で斬りかかるが、バリアで阻まれてしまう。
「くそっ……!」
ギガルも人類を恐怖に陥れた暗黒の雷でガーディアンを撃つが、ボディには傷一つつかない。
「なんだよこいつ! なにをやっても通用しないぞ!」
「なにしろガーディアンは物理攻撃無効・魔法攻撃無効・状態異常無効だからな……」
「無敵じゃねえか!」
「うむ……ちょっと強く造りすぎたようだ」
「どうするんだよ……このままじゃ俺たち二人とも殺されちゃうぞ!」
「その点は心配ない」
「へ?」
「この戦いは負けても大丈夫なのだ。負けても殺されはせず、先に進むことができるイベントなのだ」
「ああ、そういうやつね……」
そうと決まれば話は早い。二人は抵抗するのをやめ、無敵のガーディアンに散々に痛めつけられ、捕らわれてしまった。
しかし、殺されることはなく、薄暗い牢獄に閉じ込められた。
狭い牢獄の中で、アトラスがギガルに問いかける。
「で? この後はどうするんだ?」
「お前も冒険の最中、何度か敵に捕まっただろう。そういう時はどうしていた?」
「そりゃ、なんとかして脱走したけど……」
「この牢獄にもちゃんと出られる仕掛けはあるのだ」
そういうとギガルは四方の壁を叩き始めた。
やがて、手ごたえを感じる。
「ここだここだ」
ギガルが強めに壁を叩くと、大きな穴があいた。ここから出られそうだ。
「な? 牢獄とは必ず出られるようになっているのがお約束なのだ」
「お約束ってなんだよ……」
アトラスは呆れてしまった。
脱獄した二人は階段にたどり着く。この上に魔王の私室があるという。
「さ、上るぞ」
「ああ」
階段を上っていく二人。
しかし何段、何十段歩いてもなかなかたどり着かない。
「ずいぶん長い階段だな」
「大物がいる部屋の前は、無駄に長い階段や通路がお約束だろう?」
「確かにそうだけどさ……」
「大物と会う前にはなにかと心の準備もいるだろうしな」
「俺はその大物と今こうして喋ってるんだけど」
そうこうするうち、二人は頂上にたどり着いた。
扉の前には棒に球体がくっついた待ち針のようなオブジェがあった。
「なんだこれ?」とアトラス。
「セーブポイントだ。セーブしていくか?」
「するか! 必要ないだろ!」
これを聞いたギガルは「その通りだな」と笑った。
この笑顔を見てアトラスもまた、「セーブが必要のない世の中ってのもいいもんだな」と笑みを返した。
***
「カンパーイ!」
グラスをぶつけ合う。
やっとのことで魔王の部屋にたどり着いた二人、ここからは和解したライバル同士、大いに雑談に花を咲かせ、酒を楽しんだ。
互いに命懸けの死闘を繰り広げたことを思い出し、それすらも肴にした。
やがて、上機嫌になったギガルがこんな提案をする。
「どうだアトラス、ここらで飲み比べでもせんか?」
「望むところだ!」
飲み比べ開始。コップに酒を注ぎ、交互に空にし合う。
二人とも勇者と魔王だけあって肝臓も強く、なかなか勝負はつかなかったが――
「もう……ダメだ……」
ついにギガルがダウンした。赤ら顔で前のめりに倒れる。
「よっしゃ、俺の勝ちー!」
勝ち誇るアトラス。
二人とも酔っ払ったところで、そろそろ宴もお開きにしようと思ったその時だった。
「ん?」
家が揺れ始めた。
「な、なんだ? 地震か!?」
この揺れで、ダウンしていたギガルも起き上がる。
「違う……これはこの家が崩れようとしているのだ」
「なんで!?」
「余が勇者に負けたら、家が丸ごと崩れるように設計しておったのだ。酒の飲み比べとはいえ、余がダウンしたので敗北判定となってしまったようだ」
この解説にアトラスは愕然とする。
「なんでそんな仕掛けにしたんだよぉ!」
「魔王がやられれば居城は崩れるのがお約束だろう?」
「そうかもしれないけどさぁ! とにかく脱出するぞ! ギガル、俺につかまれ!」
アトラスは酔った頭でテレポートの呪文を唱えるが、効果が発揮されない。
「な、なんで!?」
「脱出系の呪文は当然使えないようになっている」
「ふざけんなぁ!」
アトラスとギガルは泥酔した脳みそに鞭打ち、自力で脱出しようと猛ダッシュする。
来た道を戻り、どうにか脱出に成功する。
二人が脱出した直後、魔王の家はガラガラと音を立てて崩れ去ってしまった。
「余の……家が……」
新築だった家の無惨な姿に、ギガルは膝をついてしまう。
自業自得な面はあるとはいえ、アトラスもかける言葉が見つからない。
瓦礫に近づく二人。
「そういえばガーディアンってどうなったかなぁ」とアトラス。
「なにしろ無敵だからな。おそらく無事だろう」
「そりゃそうだな」
二人は瓦礫の中から先ほどのセーブポイントを発見する。
これを見てギガルはつぶやく。
「セーブしておけば……二人で飲むところからやり直せたのに……」
「平和になっても、やっぱりセーブって大事だな……」
アトラスも同意するようにうなずいた。
完
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