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僕とケット・シーの魔法学校物語  作者: らる鳥
九章 シールロットと夏期休暇

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 夏期休暇が始まると、多くの生徒が帰郷するから、何時も通りに校内から人の姿が少なくなる。

 ただ今回はその帰郷する生徒の中に、シールロット先輩は含まれない。

 いや、彼女は自分で長距離を移動する魔法が使えるから、数日は育った孤児院に帰ったりもするんだろうけれど、今回の夏期休暇は、その多くを魔法学校で過ごすという。

 何故なら、今のシールロット先輩は、僕が妖精の領域から持ち帰った素材の研究で忙しいというか、そちらが楽しくて仕方ないからだ。

 僕としては彼女が夏期休暇を魔法学校で過ごしてくれるのはありがたいんだけれど、何だか少し申し訳なさも感じてる。

 だって、ほら、完全に物で釣ったみたいになってるし。


 まぁその申し訳なさを別にすれば、僕もシールロット先輩の研究には参加させて貰ってるから、とても楽しく、また為になってる。

 新しい素材を調べて効果を引き出し、新たなアイテムを作り出すのは、どちらも僕には未経験の領域だ。

 手伝いであってもその方法を目の当たりにできるのは、とても貴重な経験だろう。


 擂り潰してペースト状になった素材を水に溶かすのと、熱を加えて煮出すのと、どちらがより強く薬効が発揮されるのか。

 目立つ薬効以外に隠された作用、特に人体に毒になるようなものはないか、熱を加えたり冷やしたりする事で、思わぬ効果が発揮されないか。

 どのような形で魔法の力を加え、どのような魔法薬にするか。

 いや、魔法薬以外にも、その素材はどんな加工と相性が良いのか、どんな魔法の力を加えやすいか等、研究する事は沢山あった。


 容量を増やした鞄を持って行ってたから、妖精の領域からはかなりの量の素材を持ち帰っていたのだけれど、それでも補充が難しい素材を研究する以上、少しずつ大切に使って、少ない試行錯誤でなるべく多くの成果を得なければならない。

 そうなると、物を言うのは錬金術を扱う魔法使いの経験とセンスだ。

 僕の目から見て、シールロット先輩がどうしてその試行を優先したのか、説明が付かない事は多々あった。

 しかし結果が出てから振り返ると、それこそが正解だったってケースが少なくない。

 当然ながら疑問に思って、どうしてそうしたのかって尋ねると、ふんわりとした理由を教えてくれる事もあるんだけれど、それも突き詰めていくと彼女の勘だったりする。

 もちろんその勘は単なるあてずっぽうじゃなくて、これまでの錬金術の試行錯誤で、あの時はこの方法で上手くいったというような、経験の積み重ねと、素材が秘める魔法の力を感じ取るセンスによって導き出されるものだった。

 今の僕には、残念ながら彼女と同じ答えに辿り着ける感覚はまだ養われてないけれど、この機会に、シールロット先輩の何分の一かだけでも、それを身に付けたいなって思ってる。


 もちろん、幾らシールロット先輩だって、何でも最初から正解がわかってる訳じゃないし、やっぱりどうしても色々と手探りの部分は多い。

 出てくる案も、本当に可能なのか不可能なのかわからなかったり、仮にそれが可能だったとしても、何の役に立つのかさっぱりわからないものも少なくなかった。

「キリク君、聞いて。あのね、私ね。この麦の粉と魔法薬を使えば、魔法薬の効果を持ったパンが焼ける気がするんだけど、今日はそれを試してみようよ」

 ……例えば、こんな具合に。


 もしもそれを口にしたのが他の誰かであったなら、僕は冗談を言ってるんだと判断しただろう。

 だって、魔法薬の効果を持ったパンが焼けたとして、それが何の役に立つというのか。

 固形物になったなら、当然ながら液状の魔法薬に比べて、素早く摂取する事が難しくなる。

 また保存に関しても、瓶に詰めておける魔法薬よりも、カビが生えるパンは駄目になってしまうのが早い。

 そんな風にデメリットは大きいのに、特にこれといったメリットは見当たらないのだ。


 でも、うん、シールロット先輩は至って真面目にそう言っている。

 とくにこれといった用途は思い付かずとも、薬と言う液体の効果をそのままに、パンという固形物に変える技を編み出したい。

 もっと言うならば、できると思った事をできるようにしたいだけ、自分の発想を形にしたいだけで、実用に関しては二の次だった。


 だけど恐らく、思い付いたならとにかく試してみる、あわよくば形にしようとする、その姿勢こそが、彼女を錬金術の実力者にしてるんだと思う。

 単に役立つ正解をなぞるだけじゃなくて、一見無駄に思える技を編み出すのも、できる事の幅を増やすって意味がきっとある。

 パンのままなら、魔法薬に比べて役立たずでも、これを小さく圧縮して一口で呑み込める錠剤のようにできるかもしれない。

 或いは魔法薬を使ってパンを作る際、効果を強く増幅したり、千切って食べて複数人に効果を及ぼせるようになるかもしれない。


 また妖精の領域で採ってきた麦をより深く理解するのに、魔法薬の効果を持ったパンを焼くって試行は役に立つだろう。

 あぁ、僕が以前に目標にしてた、猫が長生きできるペットフードを作るのに、使える技になるかもしれなかった。


 なのでとにかく、試してみる事が肝要だ。

 素材を無駄にはできない。

 けれども、ある程度は試してみなきゃいけない。

 相反する二つのバランスを取りながら、僕とシールロット先輩は研究に励んでる。


 それが今年の夏季休暇の、基本的な過ごし方だった。

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