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僕とケット・シーの魔法学校物語  作者: らる鳥
七章 あまりに物騒な帰郷

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 ある日の放課後、クレイと授業の復習をしてた僕は、

「貴方だってそれじゃ駄目だって事くらい、本当はわかってるんでしょう!」

 教室の中に響いた言い争いの声に、思わず視線をそちらに向けた。

 いや、単純に声に驚いたってのもあるんだけれど、それ以上に気になったのは、その声の主が友人の一人であるシズゥで、言われているのもまた、同じく友人の一人であるジャックスだったからだ。


 一体、何があったんだろうか。

 親しい友人の前ならともかく、その他の前では貴族らしい振る舞いを崩さぬシズゥが、あんな風に大きな声を出すなんて、本当に珍しい。

 だが気になりはするけれど、同時に巻き込まれれば厄介な事になると感じて、僕はすぐに目を逸らす。

 ジャックスが何をしたのかは知らないけれど、あんな風になったシズゥからのとばっちりを受けるのは、幾ら僕でも御免である。


 けれども、或いはそうやって視線を逸らしたのがいけなかったのだろうか、こちらを振り返ったシズゥは、

「ねぇ、キリク。貴方も少し言ってやって。このわからず屋も、キリクの言葉なら少しは耳に聞こえるかもしれないでしょ」

 明確に僕を指名した。

 ……状況は全然わからないんだけれど、どうやら、逃げられはしないらしい。


 前の席に座っていたクレイが、気の毒そうに僕を見ながら、早くいってやれとばかりに手を振る。

 彼の目は、確かに僕に同情しているが、同時に巻き込んでくれるなと、明確に語ってた。

 薄情とは、今は言うまい。

 僕だって逆の立場なら、巻き込まれないように避難して見守るだろうし。


 さて、仕方ないなぁ。

 見知らぬ誰かならともかく、僕の友人同士の言い争いだ。

 話を聞いて、一言二言の意見を言うくらいはするとしよう。


 席を立つと、机の上で丸くなってたシャムが、自分も連れて行けとばかりに、起き上がってひと声鳴く。

 巻き込まれたくないならこのままクレイに様子を見てて貰おうかとも思ったが、どうやらシャムもシズゥとジャックスが気になったらしい。

 いや、或いは厄介事に巻き込まれそうな、僕の方を気にしてくれたのか。

 捨てる神あれば拾う神あり、なんて言うと少し大げさだが、シャムが口を挟む事はないにしても、付いててくれるのは心強かった。


「力ある者が、戦いを苦手とする者を守る。それは当然の事で、貴族としての誇りだ。君だってわかる筈だろう」

 そこで聞こえて来たのは、ジャックスの反論だ。

 あぁ、もうそれだけで、どうして揉めてるのかは察せられた。

 弱き者ではなく、戦いを苦手とする者って言い方をしてる辺りに、一年生の頃のジャックスと比べて、とても成長が見受けられるけれど……。


 それはジャックスの悪いところでもあり、良いところでもある。

 持つ者は、多くの持たざる者を助け導かねばならない。

 それができるからこそ、貴族という持つ者で在れるのだから。

 彼は貴族としての傲慢な振る舞いに関しては己を見直したが、それでも自らが貴族である事には誇りを持ってるし、その責任を果たさなきゃいけないと考えていた。


 その考えを否定する心算は、僕にはない。

 実際、貴族が土地の支配者でなければ、他所の誰かが略奪にやってくるだろうし、犯した罪が裁かれない無法地帯になるかもしれない。

 貴族は領民から税を取るだけじゃなく、兵を揃え、領内の防備を固め、周辺地域の支配者との折衝をこなす。

 それで全ての領民が救われる訳ではないかもしれないが、無法地帯であるよりはずっと多くの人が飯を食って子を育てて行けるからこそ、貴族という役割が必要とされている。


 ただ、ジャックスが間違ってる事があるとするなら、

「私達はフィルトリアータ領の民じゃないの。確かに貴方はクラスでも、……キリクの次くらいには強いわよ。でも私達だって成長しなきゃいけないし、庇われてるだけじゃそれができないわ。それに、ジェスタ大森林にいる間中、貴方が一人で戦うなんて無理でしょう」

 この魔法学校で学ぶ生徒は、皆が魔法使いであり、決して持たざるものではないってところだ。

 いやでも、今の流れで僕の名前を出す必要はなかったよなぁって、そう思う。

 クラスで1、2を争う実力とか、そんな言い方で良かっただろうに。

 今の言い方だと、ジャックスの実力が足りない事が問題のようにも捉えられてしまいかねないし。


 そしてそのタイミングで、二人の視線が僕へと向いた。

 全く以て、本当に勘弁して欲しい。


 聞こえてきた話だけだと、今回はシズゥの言葉に理があるように思う。

 だがジャックスの主張は、彼の支えとなってる根本の部分に関係してるだろうから、安易に否定してしまいたくもないのだ。

 先程も述べた通り、それは悪いところだが、同時に良いところでもあるのだから。

 立場も才能もあるジャックスは、それに見合った努力をしていて、自負もプライドもあった。

 彼が他の、魔法生物学の授業や、林間学校で組む仲間達を守ろうとしてるのは、目立ちたいからとか、浅い私欲に由来する物じゃない。


 僕は言葉に迷いながら、肩のシャムの、その顎に手を伸ばす。

 ちょっとシャムを撫でて、気持ちを落ち着かせたかったのだ。

 でもシャムは、その動きを事前に察して、前脚で僕の頬をグイと押した。

 遊んでないで、真面目にやれと言わんばかりに。


 あぁ、うん。

 やっぱりそうなるよね。

 シャムなら今は撫でさせてはくれないだろうって、実はわかってた。

 まぁ、どれだけ伝わるかわからないけれど、背中を、というか頬を押されたし、言えるだけ言ってみるとしようか。

 心を決めれば、伝えるべき言葉も決まる。


「そうだね。とりあえず一人で何でもやっちゃうのは良くないと、僕は思うかな。だって強い誰かが全部の敵を片付けてしまうなら、大勢の兵士は要らないし、それを指揮する人も要らないよね。ジャックスの実家では、強い戦士が一人居たら、兵士は全員解雇するの?」

 否定の言葉は強くせず、やんわりと。

 それから相手が受け止め易い、理解し易い言葉を選んで、問題点を指摘する。

 結局のところ、一人で全てを解決できる程に、僕らはまだ強くない。

 ジャックスだって、それは十分にわかっているのだ。


「うちのチームは皆で戦ってるね。皆で戦う方法を考えるのとか、クレイが得意だしね。僕も連携して戦うって事がどんなものなのか、凄く勉強になってるよ」

 次に、ジャックスが認めてる、或いはライバル心を抱いてるのは、僕やクレイだから、僕らがどうしてるか、それで何を得ているかを伝える。

 僕らが彼よりも先に進んでるとわからせて、そのライバル心を刺激する為に。

 実際には、戦い方を考えてるのはクレイばかりじゃなくて、クレイが三割、僕が三割、残る四割はパトラだけでなく、ミラクとシーラも意見を出してくれているけれど、そこまで言う必要は別になかった。


 これ以上は、僕に言える事はない。

 後は自分で考えて、良い答えを出す筈だ。

 もしもこれでわからず、一人で全てを片付ける事に拘るようなら、僕がジャックスを高く見積もり過ぎてたのだろう。

 その場合でも、やっぱりもう、掛ける言葉はなかった。

 尤も、そうなる心配なんて、少しもしてはいないけれども。


 シズゥも、僕の言葉を隣で聞いて、自分が感情的になり過ぎてた事に気付いたらしく、少し頬を赤く染めて黙り込む。

 尻馬に乗って、相手をやり込めるような言葉を吐いたりしないのが、彼女の良いところだと僕は思う。


 ジャックスとシズゥばかりが目立ってたけれど、二人の近くには残りの三人、チームの仲間達が心配げに見守っていた。

 ここからは僕とじゃなく、ジャックスとシズゥの二人だけでもなく、残りの三人を加えた、チームで相談すべきであろう。

 一言、二言、口を挟んだのみだけれど、僕の役割は終わったと、踵を返して席へと戻る。


「おかえり、ご苦労様」

 ねぎらいの言葉を口にするのは、自分は巻き込まれないように目を逸らしてた、ちょっとだけ薄情なクレイ。

 僕は彼の肩を小突いてから、荷物を纏めて帰り支度をする。

 いや、別に怒った訳じゃないんだけれど、このまま復習を再開する空気でもないし、今日は早めに部屋に戻って、買い置きの菓子でも食べるとしよう。


 友達付き合いというのも、中々どうして難しいものだ。

 僕が、人付き合いが下手クソってのも、少しあるのかもしれないけれども。


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