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「実際のところさ、どうやって先生達は、生徒の安全を確保するんだと思う?」
ある日の夕食、食堂で前の席に座ったクレイが、魚の身をスプーンで解しながら、僕に向かってそう問うた。
実にフワッとした質問の仕方だけれど、恐らくクレイが言ってるのは、刻々と迫る林間学校の事だろう。
僕がシールロット先輩から色々と教えて貰ってるように、彼もまた、上級生であるアレイシアから、多くの情報を得ているのだ。
故に僕らは、もうすぐ行われる林間学校が、殆ど大きな事故はなく、無事に終わる事を知っている。
これまでの上級生がそうだったのだから、今年もそれは変わらないだろうと予測して。
しかし魔法生物との戦闘を経験し、ジェスタ大森林の脅威を知れば、不思議に思わずにはいられない。
魔法学校の教師達は、一体どんな手段を使って、生徒達に適度な戦闘経験を積ませつつ、されど大きな事故に繋がらないように状況を掌握しているのか。
いや、もちろん戦いを行う以上、これまで全く事故がなかった訳じゃないだろうけれど、少なくともシールロット先輩は、林間学校に対して悪し様には言わなかった。
だから、少なくともシールロット先輩の学年では、林間学校で命を落とした生徒はいないのだろう。
僕はクレイの質問に、椅子の上で、自分用の皿に顔を突っ込んでるシャムを、ちらりと横目で見る。
実は、僕もその事は疑問に思って、少し前にシャムと話したのだ。
シャムは、魔法生物に関しても、ジェスタ大森林に関しても、やっぱり僕よりも詳しいから。
「多分、契約をしてるんだと思うよ。ジェスタ大森林に棲む、強い魔法生物と」
なのでこれは、本当は自分で思い付いたんじゃなくて、シャムに教えて貰った答えだった。
但しこの契約は、魔法使いが想像しがちな、魔法生物を使役する為の契約じゃなくて、もっと本来の使われ方である、魔法生物同士の契約に近い物だと思われる。
例えばの話なんだけれど、人がケット・シーの村の周り、縄張りを最も安全に通り抜ける方法は何か。
それはケット・シーの誰かと契約して、村に縄張りを通る許可を取りに行って貰う事だ。
僕みたいに完全な身内なら、許可なんてなくてもケット・シーの縄張りは安全に通り抜けられる。
でもそれは本当に稀な例外で、本来だったら契約を挟む必要があった。
契約内容は、何らかの対価と引き換えに、安全に縄張りを通り抜けられる保証を得るといったもの。
魔法学校がジェスタ大森林で生徒の安全を確保する方法は、これに近い契約だろう。
有力で知能が高い魔法生物と、……恐らく影靴に所属する人員が契約を結んで、想定外の大物が生徒を襲う事態を防いでいるのだ。
もちろん知能が低くとも強力な魔法生物はいるけれど、それも先に所在を教えて貰えたなら、排除したり他への誘導が可能である。
「……授業で教わった契約の使い方とは、全然違うな」
二年生の、古代魔法基礎の科目で教わったのは、魔法生物を使役する為の契約があるって事だけだった。
まぁ、僕らが習ってるのはあくまで古代魔法のさわり、それがどんな物であるとか、初歩の初歩に過ぎないので、実際の契約がどんな物なのかも、知らなくて当然だ。
いやそれどころか、古代魔法を得手とする黄金科に進まなければ、殆どの魔法使いは、魔法生物との契約なんて経験せず、詳細を知らないままに一生を終えるんじゃないだろうか。
だが魔法学校は、契約の使い方が非常に上手いように思う。
多分、校長であるマダム・グローゼルが黄金科の出身、つまりは古代魔法のスペシャリストであるって事が、きっと大いに関係してる。
何しろ彼女は、僕が星の知識を持っているかを確認する為に、シャムを思惑通りに動かしたくらいには、契約の使い方が巧みであった。
その手管が一部でも、魔法学校で働く教師達や影靴に伝わっているなら、契約を使ってジェスタ大森林の環境を掌握するくらいは、できても決して不思議じゃない。
影靴の手を割いてまで行う価値が、果たして林間学校にあるんだろうかって気はするけれど……、ウィルダージェスト魔法学校は、学校を名乗るだけあって生徒の育成に非常に重きを置いている。
わざわざ林間学校って言葉を使ってる辺り、発案者は先代校長であるハーダス先生だろうか。
あの人とは恐らく同郷、同じ星の世界の知識を持ってるんだと思うんだけれど、それでもいまいち、ハーダス先生が考えは、僕には読めないところがあった。
善性の人物で、生徒想いだったんだろうって事だけは、確信しているんだけれども。
でも、僕ら二年生ならともかく、クレイと親交のある上級生、アレイシアは黄金科でも特に優秀だとの話だから、林間学校では契約を使って生徒の安全を確保してるんだって、気付いていてもおかしくはない。
なら、どうしてアレイシアは、クレイにそれを教えなかったんだろうか。
アレイシアも気付いてないのか、或いはクレイに自分で考えさせる為、敢えて言わなかったのか。
僕とクレイは友人同士だが、アレイシアに関しては殆ど関わりがないから、ちょっとその辺りはわからなかった。
自分の皿を平らげたシャムが、大きな欠伸を一つする。
まぁ、考えていても仕方ない。
僕も自分の皿を食べてしまおう。
クレイは、僕の言葉に色々と考え込んでしまってる様子だったが、自分の食事を終えた僕は、彼にひと声かけた後、部屋に戻る為に席を立つ。
手を伸ばし、腕を登ったシャムを肩に乗せて。
いずれにしても大切なのは、無事に林間学校を終える事だ。
幾ら対策がなされてると言っても、やはりジェスタ大森林は危険な場所である。
僕らが最善を尽くさなければ、想定外の大物に出くわさずとも、魔法生物に後れを取る可能性は皆無じゃない。
また影靴の働きだって、綻びが全くない訳じゃないという事を、僕は身を以て経験してるから。
できる限りの準備と、心構えはしておこう。





