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前期の授業が始まって二週間くらい経った日の事、授業の合間に教室を移動する際中に、ある人の姿を見付けた僕は、一緒に歩いてたクレイに先に行って欲しいと告げて、その人の下へと駆け寄った。
その人の姿を目にするのは実に久しぶりだったけれど、間違えよう筈がない。
だって彼は、僕をこの魔法学校へと連れて来てくれた人だったから。
つまりは、そう、エリンジ先生だ。
「おや、キリク君。それに変わらずシャム君も一緒だね。キリク君は背が伸びたようだね? 会うのは本当に久しぶりだが、君達の活躍は耳にしてるよ」
彼は両手を広げて、僕とシャムを迎えてくれて、そんな言葉を口にする。
その態度には、茶目っ気と親愛が満ちていた。
エリンジ先生は一年前と何も変わってなくて、再会をとても嬉しく思う。
僕は、うん、一年前に比べると、確かに背は伸びた。
それだけじゃなくて、多くの先生に出会って学んだし、この魔法学校の事だって、色々と知ってる。
例えばどうしてエリンジ先生は普段は学校にいないのかとか、魔法学校に来る前にエリンジ先生に教えられた生徒は、僕だけじゃないとか。
だがその上で、久しぶりにエリンジ先生に会えて、僕はやっぱり嬉しかったのだ。
色々な事を知った今でも、彼は僕にとって頼れる大人で、信頼したいと思える先生である。
しかし旧交を温めてる時間は、あまりない。
僕は次の授業に行かなきゃならないし、エリンジ先生も、……今連れている生徒をマダム・グローゼルのところへ案内しなきゃならないだろうから。
本当に一年前を思い出して、ちょっと懐かしくなる。
あの時は、エリンジ先生に連れられてる生徒が僕で、出会ったのはシールロット先輩だった。
「あぁ、この子はアルティム君だ。去年の君と近い立場だから、よろしくしてやって欲しい。一年間は、同じ寮で過ごす事になるしね」
僕の考えてる事に気付いたのか、エリンジ先生は一歩離れた位置で僕らのやり取りを見ていた生徒を紹介してくれる。
今年の、新しい一年生の当たり枠であろう、アルティムという名の少年を。
もちろんこの子は、自分が当たり枠と呼ばれる立ち位置であり、僕もまたそうであるなんて、全く知りはしないだろう。
アルティムにとっての僕は、突然現れて、自分の先生と親しく話してる見知らぬ誰かだ。
こちらを見る目に警戒の光が混ざるのは、当然と言えば当然である。
えぇっと、去年の、今のアルティムの立場だった僕は、シールロット先輩にどうしてもらったっけ。
記憶を探りながら、僕は口を開き、
「ごきげんよう、アルティム君。魔法学校に来たばかりだと、驚く事だらけだと思う。他のクラスメイトよりも遅れて学校に来るのだって、不安があるよね。去年は僕もそうだったから、少しはわかるよ」
少しでも先輩らしく在れるようにと、ちょっと気取って言葉を紡ぐ。
肩のシャムが、一瞬身を震わせたのは、もしかして笑いそうになったんだろうか?
「僕はキリク、こっちはシャム。君に困った事があれば相談に乗るから、気楽に話しかけて貰えると嬉しいよ。ようこそ、ウィルダージェスト魔法学校へ」
僕がそういえば、こちらを見るアルティムの瞳から、警戒の色は随分と薄まった。
名を知り、歩み寄りの姿勢を見れば、妙な因縁でもない限り、警戒し続ける理由はない。
「あの、アルティムです。お願いします。……キリクさん」
ちょっと控えめというか、気弱さすら感じる挨拶に、僕は改めて彼を観察する。
制服のお陰で、一目で少年である事はわかるが、随分と線は細い。
服装を変えてしまえば、女の子にも見えるくらいに。
華奢で気弱、アルティムを見れば多くの者はそんな第一印象を抱くだろう。
……なるほど、これは、苦労がありそうだ。
当たり枠の生徒は、どうしても妬みを買いやすい。
特別扱いをされるからとかじゃなくて、明らかに優秀だから。
この学校には、誰もが魔法使いを志してやってくる。
そしてその中で、明らかに自分よりも魔法使いとしての才に恵まれた者が居れば、そりゃあ嫉妬の一つや二つはして当然だ。
僕の場合は腕力でその嫉妬を捻じ伏せたし、シールロット先輩は人柄と立ち回りで、嫉妬の矛先を躱したのだろう。
しかし同じ事が、このアルティムにはできるだろうか。
気に掛けた方がいいかもしれない。
それこそ、エリンジ先生の頼みでもあるのだし。
食堂で見かければ、同席して話を聞いたり、……後はジャックスに、一年生の貴族の子弟にそれとなく声を掛けておいて貰おうか。
上級生が気にかけているとなれば、風当たりも多少は弱くなると思う。
過保護に思われるかもしれないけれど、当たり枠の生徒と縁を結んでおく事は、僕にとっても決して損な話じゃない。
今は呪文を一つも知らなくても、いずれは優れた魔法使いになる筈だから。
手を伸ばせば、少し躊躇いがちにだが、アルティムがそれを握り返す。
その力は、やっぱりあんまり強くない。
「ありがとう、キリク君。私達はこれからマダム・グローゼルに会いに行かねばならないし、君も授業だろう。だが、そう、これから二ヵ月程は魔法学校に滞在する予定だから、いつでも訪ねて来てくれると嬉しい。積もる話もあるからね」
僕らの握手にエリンジ先生は満足気というか、嬉しそうに頷いて、そんな言葉を口にした。
あぁ、もう時間切れか。
確かに僕も、次の授業に急がなきゃならない。
今日のところは、これで失礼するとしよう。
僕は二人と別れてから、早足に次の教室へ向かう。
走っちゃうと怒られるから、咎められない程度の早歩きで。
まぁ後日であってもエリンジ先生が話してくれるというのは、幸いだ。
その積もる話とやら話が聞きたくても、アルティムの前では、話し難い事もあるのだろう。
エリンジ先生だけが相手なら、シャムだって言葉を話せるし。
一体どんな話が聞けるのか、少し楽しみだった。





