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僕とケット・シーの魔法学校物語  作者: らる鳥
六章 二年生

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 二年生の授業の中で、ある意味で最も過酷な科目は治癒術だった。

 これは以前にも少し述べたと思うけれど、その理由は魔法を掛けるべき対象、魂の力によって書き換える世界の理が、人の身体であるからだ。


 例を挙げると、人の腕には幾層かの皮があり、血管があり、脂肪があり、筋肉があって、骨がある。

 腕を刃で深く切り裂かれて、治癒術で傷を癒す時、目に見える傷口を塞ぐ事ばかりに躍起になれば、その奥で血を噴き出してる血管の修復が疎かになってしまう。

 或いは血を止める方にばかり意識がいけば、断たれた筋肉の修復が行われず、腕が動かなくなるかもしれない。


 故に治癒術を使う場合、人の身体の中にそういった物があると知り、修復されるイメージを持つ事が重要であった。

 もちろん、身体の中を正確に見られる訳じゃないから、治癒術のイメージはどうしたって曖昧になる。

 そもそもこの世界の医学では、血管の中に血が流れてる事はわかっても、その血がどんな役割を果たすのかは、わかっていない。

 人の身体が細胞の集まりだって言っても、治癒術の教師だって首を傾げてしまう。


 そんな曖昧なイメージで治癒術を使って良いのかといえば、当然ながらあまり良くない。

 しかしそんな治癒術でも、いざという時に人の命を救う役には立つのだ。

 魔法でも、失われた命を取り戻す事はできないとされてる。

 本当にできないのかは、わからないけれど、少なくとも簡単でないのは確かだろう。

 だから後で身体に不具合を起こしてでも、その場で命を繋ぎ止められる治癒術は、習得しておくべき必須の魔法だ。


 もしも前世で医者だった、星の世界の医学を正しく知る者が魔法使いになれば、多くの人を救えるのだろうけれど、残念ながら僕にその知識はなかった。

 じゃあ一体、僕は前世で何ができたのかといえば……、……?

 いや、僕は前世で、一体何ができたのだっけ?

 あぁ、うん、ちょっと思い出せないけれど、少なくとも医学の知識はなかったと思う。


 なので、治癒術の授業では、この世界なりに正しい人体の知識を教えられるし、動物や自分の身体を使った、厳しい実践が待っている。

 そう、治癒術の授業の何が厳しいって、この動物や自分の身体を使うって部分だ。


 ……鋭く光る刃を前に、僕は大きく深呼吸を繰り返す。

 気持ちを整え、意を決し、それから僕は手にした刃を左腕に当て、一気に横に滑らせた。

 つまりは、自傷行為である。

 当たり前の話だが、治癒を試すにはどうしても傷が必要だ。

 だったら治癒の前には、その傷を作らねばならない。

 でも自らの身体に治癒の為の傷を刻むのは、当然ながら痛いし、何よりも怖かった。


 危険がない事は、頭ではわかってる。

 すぐに治癒術で癒すし、仮にその治癒術に失敗したとしても、手足などの末端部分は切除して、強力な回復の魔法薬を使って元通りにすればいい。

 その為の魔法薬が、この授業ではしっかりと用意されてる。


 また、治癒術の教師であるシギ先生は、授業以外の時は医務室に待機してて、怪我人の治療をしてくれる人だ。

 要するに、僕も一年生の頃から何度か世話になっていた。

 もしも彼女を信じられないなら、そもそもこの魔法学校では、一つも怪我ができないだろう。


 ただ、そうした事が頭ではわかってても、自傷は怖いし、気は進まないし、どうしたって痛い。

 溢れ出て来る血に、気分が少し悪くなる。

 いや、今はまだいい。

 傷付けるのは自分の身体だ。


 しかし腕や足といった末端じゃなく、もっと命に関わりかねない部位の治癒を練習する時は、動物を傷付けて使う事になる。

 魔法で眠らせ、抵抗をしなくなった動物に、刃を入れて傷を癒す。

 失敗すれば、或いはそのまま命を奪う事になるかもしれない。

 だからこそ、人の身体ではなく動物を使うのだとわかってはいるが、好んでそれができるかと言えば、話は別だろう。


「傷よ、癒えよ。我が身よ、正しき働きを取り戻せ」

 刃の代わりに杖を握って、僕はその文言を口にした。

 自分で付けた傷だから、損傷の度合いは把握済み。

 切れた血管、肉、皮膚と、全てを元通りに修復する。


 それから僕は左の手を握って、腕を動かして、問題がない事を確認してから、大きく息を吐く。

 違和感はないから、恐らく、成功だ。

 後はその腕をシギ先生にも確認して貰う。


 シギ先生は、四十代くらいの女性で、医務室に居る時はとても優しく、怪我の手当てもニコニコしながらしてくれる。

 そりゃあ、あまり無理はするなと窘められる事はあるけれど、魔法学校の授業に怪我はどうしても付き物だから、強く叱られる事はない。

 だが、治癒術の授業を行ってる時の彼女は、まるで別人のように厳しく、少し怖いくらいだった。


「ちゃんと治癒ができてますね。合格です」

 故に、こうして合格の言葉を貰えれば、とても嬉しい。

 治癒術は命に関わる魔法だから、シギ先生の態度が厳しいのは当たり前だし、正しい事だ。

 だから僕は、この治癒術の科目を担当してくれる教師がシギ先生で、良かったと思ってる。


 今日学んだ、それからこれから学ぶ治癒術が、僕や、或いは僕の周囲の誰かの命を救う機会は来るのだろうか。

 もちろん、そんな機会はないに越した事はないのだけれど、それでも備える必要はあるだろう。

 この世界では、一体何が起こるかわからないと、僕は冬期休暇に学んだばかりなのだから。



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― 新着の感想 ―
[一言] キリクが2年になり新しい学問や教師に出会いまた成長していくのでしょうね 治癒術については血がダメなものでキリク以上に怖い、痛いと感じてしまいました 魔法が使えればいいなと単純に思ってましたが…
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