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冬期休暇が終われば、前期の授業と同時に、やっぱりシールロット先輩のアルバイトも始まる。
正直、今回はこのアルバイトの始まりが、とてもとても待ち遠しかった。
いや、夏期休暇の時だって、シールロット先輩には早く会いたかったのだけれど、今回は、相談をしたい出来事が幾つも幾つもあったから。
「キリク君は、長い休みの度に大きな出来事に巻き込まれるね」
僕の話を聞いた彼女は、そんな風に言ってくれる。
そう、僕が大きな出来事を起こしたんじゃなくて、巻き込まれたって言ってくれるシールロット先輩が、とても優しい。
実際のところ、襲撃を受けた冬はもちろん、夏だって僕が望んで事件を起こした訳ではないから、巻き込まれたって認識は正しいのだけれども。
ただ僕としても、自分の行動が騒動を引き寄せてるんじゃないかって気には、少しなってしまってたから。
しかしシールロット先輩の言葉は、そんな僕を励ましてくれた。
彼女にとっては些細な事なんだろうけれど、それが僕にとってはありがたい。
「でも、ベーゼル先輩が、ね……。今の話じゃ、生きてて嬉しいって、素直に思えないなぁ」
その言葉には、懐かしさと悲しみ、それからとても珍しい事に、怒りが入り混じってる。
僕は、シールロット先輩と出会って一年くらいになるけれど、彼女が怒ってる姿を見るのは、これが初めてだ。
ちょっと怖いくらいだけれど、けれどもそれは、僕が傷付けられた事に対して、燃やされてる怒りだった。
「だけど、キリク君が生きててくれてよかった。……ベーゼル先輩は、私が知ってる限り、魔法学校の生徒の中では、多分、一番強い人だったから」
故にその怒りの炎だって、僕に対しては暖かい。
ベーゼルがその実力で知られてた事は、マダム・グローゼルも言っていた。
だがシールロット先輩の口から聞くと、また感じ方が全然変わる。
マダム・グローゼルにとっては、恐らく僕もベーゼルも、等しく遥かに格下の相手だろう。
蟻と蟷螂くらいには違うかもしれないが、等しく踏み付ければ潰せる。
だがシールロット先輩は、僕を後輩として下に置き、ベーゼルを強者として上に置いてその言葉を発した。
いや、別にそれが不満って訳じゃない。
僕がシールロット先輩の後輩で、彼女より弱いのは紛れもない事実だろう。
何時までもそれでいいとは決して思わないが、その事実に対して不満を抱く程、僕は分別のない人間じゃない心算だ。
ただ単に、測る物差しが変わった分、ベーゼルが強いって話が、より明確に理解できたって話だった。
「シャムが居てくれて、……後は、魔法人形の、ジェシーさんが庇ってくれたので」
もしも僕が一人なら、或いは命を失ってた可能性も、決して低くはなかったと思う。
ベーゼルは僕が一年生の当たり枠と知った上で、速やかに殺せると判断して攻撃を仕掛けてきた。
言葉で誤魔化すよりも、殺した方が早いと言わんばかりに。
それでも僕が生き残れたのは、完全にシャムとジェシーさんのお陰である。
「だからキリク君はその魔法人形、ジェシーさんを修復したいんだね。この学校の在学中に」
シールロット先輩のその言葉に、僕は頷く。
そう、僕が最も相談したかったのは、ジェシーさんの修復に関してだった。
ベーゼルの事はどうでもいい……とまでは言わないけれど、今は二の次だ。
この先、ジェシーさんの修復をする為に歩くべき道を、僕はしっかりと確認する必要があるだろう。
そしてそれは、目的は違えど、シールロット先輩が歩いてる道でもあった。
即ち、錬金術を専攻し、高等部では水銀科に進み、早期に自分の研究室を得る。
何しろ自分の研究室がなければ、修復に必要な素材の収集、保管すらままならない。
今、壊れたジェシーさんの身体を使って新しい魔法人形が作られないのは、僕がその修復を望み、尚且つ僕が在学中に修復を行えるくらいに成長すると思われているからだ。
逆に言えば、僕にその見込みがないとなれば、一体の魔法人形を稼働もさせずに保管しておく理由はなくなるだろう。
魔法人形を稼働させずに止めておく事は、魔法学校にとっては損でしかないのだから。
高等部に上がって、すぐに研究室を得られないようでは、見込みナシと判断されてしまう恐れがある。
「……そうだね。だったらこの、初等部の二年生は、キリク君にとって、物凄く重要な一年になるよ。実力も身に付けなきゃいけないし、お金も溜めなきゃいけない。それに何より、忙しさに自分が潰されてもいけないからね。私も協力するから、頑張ろう」
僕はシールロット先輩の言葉に、安堵の息を吐く。
魔法人形なんかに拘って、自分の未来を決めてしまわない方がいいよとか、そんな言葉を吐かれなかった事に。
いや、もちろん、彼女がそんな風な事を言う人じゃないとは、知っている。
だけどそれでも、多くの人にとって魔法人形は、魔法の掛かった道具に過ぎない。
僕だって、庇われるその瞬間までは、ジェシーさんを人のように見ていたかといえば、それは恐らく違ったと思う。
毎朝のやり取りで、そりゃあ愛着はあったけれど、魔法人形は魔法人形だって意識は、確実にあった。
故に卵寮を離れれば、洗濯物の回収に来る魔法人形が、ジェシーさんではない別の魔法人形になっても、普通に受け入れていた筈だ。
だから今の僕の気持ちに共感してくれるのは、あの時、その場にいたシャムだけだろう。
その上で、シールロット先輩が僕の気持ちを、共感はせずとも理解してくれて、慮ってくれて、否定しなかった事が、とても嬉しい。
「差し当たっては、週に一度は私の依頼じゃなくて、クルーペ先生のところで魔法薬を作るお仕事を貰うべきかな。やっぱり、お金を貯めるにはあれが一番だし、その時の実力に応じた仕事が貰えるからね。シャムちゃんは、その間は私の研究室に来ててもいいから」
そこから先、彼女は色々と僕に具体的なアドバイスをくれた。
クルーペ先生の仕事を貰うという正攻法もそうだけれど、ハーダス先生が遺した何かも、積極的に探せば、魔法使いとしての実力を上げる役に立つかもしれないとか。
最悪の場合、ハーダス先生の遺産を学校側に引き取って貰う事で、お金を作るって手段もあるだとか。
二年生の授業や行事で注意すべき点とか、色々と。
ジェシーさんの修復は、正直、とても高い目標だろう。
けれども僕は、絶望せずにそれを目指せるだけの、恵まれた状況にある。
シャムという大切な家族。
目指す先は違っても、前を向いて同じ時間を歩める友人達。
道標として前に立ち、最適なアドバイスをくれるシールロット先輩。
厳しくも優秀な先生達。
魔法使いとしての才能も不足なく、星の知識と呼ばれる前世の記憶だって、目標を目指す上では確実に役立つ。
その前世の記憶があるからこそ、僕はある程度だが、今の自分を客観視できてるところがあるから。
僕はちゃんと何時の日か、……といっても在学中に、無事に目標を達成するだろう。
そう、今、ここに、宣言しておく。
誰にって訳では、ないんだけれども。





