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冬のある日に一年が終わり、そして新しい一年が始まる。
これは不思議な事に、以前に生きた世界と全く同じだ。
特に冬の真ん中に、新しい年を始める理由なんてないと思うのだけれど、……なんでだろう?
一年の長さも変わらないみたいだし、何か知られていない繋がりが、この世界と星の世界にはあるのかもしれない。
さて、この日は新しい年が始まる事以外にも、僕にとっては意味があった。
「キリク、誕生日、おめでとう」
食堂で、クレイがそう言って、果汁水の入ったコップを掲げる。
隣に並ぶシズゥも、同じように。
そう、この日は、僕の誕生日という事になってる日だ。
……尤も、僕が本当にこの日に生まれたのかはわからない、というか、実際には生まれた日は全く別だろう。
というのも、僕はケット・シー達が見付けてくれるまで、ジェスタ大森林に捨てられていたそうだから、本当に生まれた日なんて知りようがない。
あぁ、別にその事に関しては、物心も付いてない時の話だし、そのお陰でケット・シー達の村で暮らせたのだから、特に何とも思っていないけれど。
単に僕の本当に生まれた日はわからないってだけの話である。
では何故この日が僕の誕生日になっているのかと言えば、その理由はちょっとややこしくて、ケット・シー達の村では個別に生まれた日を祝うような風習はなく、年が変われば一歳分、年を経たって扱いになるからだった。
つまり正しくは別に誕生日でもなんでもないのだけれど、クラスメイト達に誕生日を問われれば、この日以外に相応しい日がなかったって訳である。
コップを軽くぶつけあって、その中身を口に運ぶ。
誕生日の祝いといっても、別に大仰なパーティをする訳じゃない。
僕らは所詮、学生の身分だ。
並ぶ食事は何時も食堂で出される物だけれど、そこに王都で買った菓子やドライフルーツを持ち寄り、ささやかな贈り物を貰う。
それだけで十分に楽しいし、嬉しい。
他の友人が誕生日の時は僕もそうしたし、今日は僕がそうして貰ってる。
まぁ、冬期休暇の只中だから、実家に帰ってしまってる友人が多いのは残念だけれど、そればかりは仕方のない話であった。
「私達の中で、キリクの誕生日が一番遅いなんて、なんだかとても不思議ね」
そう言って、シズゥが楽しそうに笑う。
娯楽の少ないこの世界では、祝い事というのは娯楽でもある。
魔法学校の生徒である僕らは、驚きや楽しさに満ちた生活を送れているけれど、この世界に生きる多くの人はそうじゃない。
だからこそ、苦しい生活の中でほんの少しの贅沢をする理由、楽しい気分になれる理由を、祝い事に求めるのだ。
しかし僕が、一つだけ残念に思うのは、シャムがこの娯楽に参加しにくい事だった。
いや、参加自体はしている。
僕が彼を置いてくるなんてあり得ないし、友人達もそれは十分にわかってるから、シャムの存在はちゃんと認知してくれているのだけれど……。
でも、本当は、僕がこの日を誕生日とするならば、シャムだってこの日が誕生日なのだ。
何故ならこれまで、ケット・シー達の村では、この日に、同じように彼と年を重ねて来たのだから。
ただ、それを祝ってくれてる友人達に言う訳にはいかないから、シャムは単なる猫として、この場では食事を楽しむのみ。
僕にはそれが、仕方ないとはわかっていても、どうしても残念に思えてしまう。
恐らくシャムは、モムモムとローストされた牛肉を食んでいて、そんな事は全く気にしてないのだろうけれども。
一応、僕はシャムへの贈り物として、少しお高い布地で作った、尻尾に付けられるリボンを用意したのだけれど、……喜んで貰えるかは、どうだろう?
ケット・シーであるシャムは、人に比べると物に対しての執着が薄いし。
でも今年送ったリボンを、来年は魔法が掛かった物に交換とか、できれば素敵だと思うのだ。
もちろん自前で、僕自身が錬金術や魔法陣の技術を習得して、魔法を掛けて。
……二年生の終わりまでにそれができるようになるかは、まだちょっとわからないが。
何時かは、僕の友人達にも、シャムがケット・シーである事は明かしたいし、一緒に誕生日を祝いたい。
彼らなら、秘密を知っても黙っててくれるとは思うのだけれど、つい先日、学校の中であんな事があったばかりだから、もう暫くは様子見だ。
シャムは単身で僕よりも強いから、いざって時は切り札にもなり得る。
家族にして相棒を、そんな風には言いたくないが、僕らはまだ、魔法学校の全てを知った訳じゃないのだし。
うん、まぁ、今日は難しい事は考えないでおこう。
友人が僕の誕生日を祝ってくれて、僕はシャムの誕生日を祝う。
今日は、そういう平穏で優しい一日で終わりたい。
さっきも述べたけれど、僕らは所詮、学生の身分だから。
難しく、物騒な事は、魔法使いである以上は避けられないにしても、なるべくは遠くに置いておきたいと、僕はそう思うのだ。





