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先日はとんだ目に合ったが、冬期休暇の全てがそんなにもスリルに満ちてた訳じゃない。
僕が医務室に担ぎ込まれたって知ってるクラスメイトはいないから、妙な心配もされなかった。
尤も、丸一日以上は医務室で寝てたから、その間、姿が見えない事を少しばかり気にされはしたけれど。
ただ、卵寮の屋上は、生徒の立ち入りは禁止になってしまった。
恐らくは、マダム・グローゼルが生徒にも、つまりはベーゼルに対しても反応する何らかの防衛機能を、屋上に設置したのだろう。
単にベーゼルの学籍を取り消せばいいんじゃないかと思ったのだけれど、どうやらそう簡単な話でもないらしい。
お陰で僕とシャムは、結局は大浴場のライオンの口に入ってた鍵を、どこで使うのかはわからないままだ。
……でも、或いはそれで良かったのかとも思う。
だって、どうせこの鍵を使うなら、修復したジェシーさんに改めて案内されたい。
他の、本校舎にハーダス先生が遺した仕掛けに関しては、そりゃあ遠慮なく探すけれど、今回のこれだけは、もう一度、一人と一匹と一体で、ちゃんと何がそこに在るのかを見付けたかった。
もちろんそれは単なる感傷だけれど、そもそも僕がジェシーさんを修復したいって思うのだって、同じく感傷なのだから。
まぁ、そんな感じではあるのだけれど、僕も他の生徒達も、卵寮の屋上に立ち入れない事以外は、行動の制限は受けなかった。
星の灯なんて宗教組織があると知った今、どうしてそんなに無防備に生徒を自由にさせるのか、ちょっと疑問には思ったけれど、よくよく考えてみれば、先日の件はあくまで例外なのだろう。
少なくともウィルダージェスト同盟に参加する国々では、星の灯が公に活動できる筈もない。
恐らく長距離を移動する魔法が使えて、尚且つ魔法学校の防衛機能に引っ掛からないベーゼルは、星の灯にとっても重要な手駒で、彼の潜入は特別な一手だったと推測される。
そしてその目論見は、偶然ではあったけれども僕らとの遭遇によって、未然に防がれる事となった。
その事で魔法学校が受けた被害は、生徒一人の怪我と、魔法人形一体の損失でしかない。
……僕にとっては決して軽くはないけれど、魔法学校側からしてみれば、最小限の被害だったと言えるだろう。
相手の手の内が割れた以上、同じ事が繰り返されないように手を打てば、必要以上に生徒の行動を縛る理由もないのか。
要するに、僕が一人であれこれ悩んで警戒しても、あまり意味はないって話である。
もちろん敵の存在を知った以上、備えは必要だ。
力を身に付け、不測の事態にも対応できる心構えをしておく。
常に警戒して神経をすり減らすよりも、事が起これば最善の結果を掴み取れる準備に励むのが、きっと今の僕が成すべき事だった。
……さて、そういう訳で今日の僕とシャムは、シズゥと一緒に王都にあるパトラの家へと遊びに来てる。
女の子が二人で遊ぶのに、僕らがいても邪魔にしかならないだろうけれども、……ほら、シズゥは貴族のお嬢様だから、彼女が一人で遊びに行くと、パトラの家族が恐縮しかねない。
でもそこに、既に顔の知れてる僕らが混ざれば、パトラの家族もクラスメイトの集まりだと、認識し易くなるんじゃないだろうかと、シズゥに誘われたのだ。
うん、まぁ、シズゥの性格上、友人の家族を恐縮させてしまうのは、仕方ないと理解した上でも、心苦しくなるのだろう。
僕らが混ざって少しでもそれがマシになるのなら、否と口にする筈もない。
また、ポータス王国の王都で万一の事態なんてないとは思うけれども、それでも億に一つ、兆に一つ、何か事件があったとしても、僕とシャムがその場にいたら……、そう、たとえベーゼルであっても撃退は可能だから。
気にし過ぎなのはわかっていても、一度脅威を知れば警戒を解くのは、やっぱり簡単にはいかないのだ。
「シズゥちゃん、いらっしゃい! キリク君と、シャムちゃんも、今日はありがとう!」
パトラはシズゥの手を取ってその来訪を喜んでから、僕らに対して歓迎の言葉を述べた。
うぅん、その姿を見せるだけで、パトラの家族には十分だった気もする。
これだけ仲の良い姿を見れば、一目でパトラとシズゥの関係はわかるだろう。
もしもわからなかったら、その目は顔に空いた単なる穴だ。
それでも僕を置いてけぼりにしないから、改めてパトラは優しいなって、改めて思う。
シャムだったら、あの二人の間にも混ざれるんだろうけれど、僕にはとてもじゃないが無理である。
今日のところは、パトラの家族が出してくれる焼き菓子を齧りながら、のんびりと二人を眺めてようか。
最初の頃は、パトラとシズゥは僕を通して、正確にはパトラの目当てはシャムだったのだけれど、一年間を共に過ごす事で、二人は本当に仲の良い友達になっていた。
実際、後期の終わりに行われたパーティも、二人で一緒に楽しんでたみたいだし。
パトラの家族は、僕の事をちゃんと覚えててくれたから、今回も手土産に持ってきた回復の魔法薬を渡す。
やっぱり大工の家は怪我が多いらしくて、この手土産は今回もとても喜ばれた。
「この焼き菓子、とても美味しいわ」
少しぼんやりしていると、横から手が伸びて来て、僕の焼き菓子一つ攫われる。
学校では決してしないだろうシズゥの行動に、ちょっと驚く。
悪戯っぽく笑うシズゥに、急にどうしたんだろうと思ってたら、逆側から伸びた手も、やはり焼き菓子を攫って行った。
その手は、犯人は、パトラだ。
彼女もやっぱり、笑ってる。
あぁ、どうやら二人は、僕も遊びの輪の中に加えたい、もとい加えてくれる心算らしい。
なんだか今日はモテモテだ。
じゃあ、折角のお誘いだから、一緒に遊んで貰うとしようか。
僕一人じゃ、パトラとシズゥのコンビには、とても敵いっこないけれど、僕にはシャムがいるから、二対二だったら、なんとか対抗できるだろう。





