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マダム・グローゼルの話はその後も続いて、ベーゼルの狙いは、僕らと同じくハーダス先生の遺した何かなんじゃないかって言っていた。
何でも今は、魔法学校の防衛機能には少なからずハーダス先生の手が加わっていて、それを無効化する為に侵入してたんじゃないかと、マダム・グローゼルは考えてるそうだ。
恐らく、その、星の灯の執行者、ベーゼルの今の仲間を、魔法学校に侵入させ易くする為に。
星の灯といえば、『星の世界』に名前が載っていた、グリースターが興した宗教である。
グリースターも、同じく星の知識の持ち主だから……、やはりあの銃、魔法殺しもその知識で作られた物なんだろうか。
ただ、マダム・グローゼル曰く、あの銃もまた、魔法の力で動く品だった。
あの銃で撃たれる弾丸が、先端だけミスリルを被せられているのも、ミスリルという金属が貴重である事ももちろん無関係ではないが、総ミスリル製とすると、銃に掛けられた発射機構の魔法を壊してしまうからなんだそうだ。
シャムがベーゼルの腕を切り落としたから、現場には彼の手と一緒に銃もまた残されてて、マダム・グローゼルが直々にそれを調べたから、まず間違いないという。
そして、これは僕にとって少し重要なんだけれど、現場には、その切り落とされた腕以外、ベーゼルの痕跡は残っていなかったらしい。
僕の魔法は人を殺せる威力はあったが、跡形もなくしてしまう程の代物ではなかった。
つまりベーゼルは、あの瞬間に移動の、それも長距離を転移する魔法で逃げたって事だ。
なので僕はベーゼルを、人をまだ、殺していない。
……殺さずに済んだと、言うべきか。
それとも殺せなかったというべきか。
だがベーゼルは、恐らく僕やシャムを、ハッキリと敵として認識しただろう。
もしも次に会う事があったなら……、改めて仲良くなんて訳には、行く筈もない。
マダム・グローゼルは、もう暫くは医務室で休むようにと言い残して去ってしまった。
僕は、確かに話に疲れを感じてもいたので、再びベッドに横たわる。
でも、意識のなかった先程までとは違って、今度は何時もベッドでそうしてるように、シャムが入ってこれるスペースを作って。
「ねぇ、シャム、さっきの話、どう思う?」
僕は顔の横、枕元で丸まったシャムに、そう問う。
マダム・グローゼルは、ベーゼルの目的は魔法学校の防衛機能を弱め、星の灯の執行者を侵入させる事だと言ってたけれど、……いや、その事に間違いはないのだろうが、問題はその先だ。
魔法学校に侵入した星の灯の執行者は、一体何をする心算なのか。
星の灯が魔法使いを敵視する宗教ならば、当然ながら魔法使いを養成するこの学校も、敵対する対象だろう。
その割に、あの銃は魔法の道具だっていうし、魔法使いであるベーゼルも執行者にしているし、ちょっとやる事に矛盾がある。
毒を以て毒を制すって心算なんだろうか。
いや、そもそも『星の世界』に載ってた記述が正しいなら、星の灯を創設したグリースターは、魔法使いだった筈なんだけれど……。
「何でもいいよ。次に会ったら、あの首を落とすだけ」
だけど僕の問い掛けに、シャムは素っ気なく、物騒に、そう返す。
あぁ、まだちょっと、ご機嫌斜めらしい。
僕がふと思ったのは、ベーゼルが星の灯の執行者を侵入させようとしたのは、魔法学校全体じゃなくて、卵寮なんじゃないかって事。
この魔法学校には、ハーダス先生の手が加わってない防衛機能だって、そりゃあ存在するだろう。
何しろウィルダージェスト魔法学校の最大の強みは、長く積み重ねた魔法の力だ。
幾らハーダス先生が偉大だといっても、遺したものはその積み重ねの一部に過ぎない。
しかしハーダス先生の手が加わってない防衛機能が、恐らく殆ど存在しない場所もある。
そう、それが卵寮だ。
ハーダス先生が校長をしてる時に建てられたのだから、積み重ねた歴史も、他に比べれば圧倒的に薄い。
では卵寮に侵入したとして、一体何を企むのか。
それは……、卵寮で暮らす生徒を攫う事だと、僕は思う。
あの時、ベーゼルも、時間があれば僕を攫う心算だったみたいな言葉を、口にしていた。
ならばそれは、何の為に?
その答えは、他ならぬベーゼル自身だ。
彼がそうなってしまったように、星の灯の執行者とする為に、魔法学校が集めた、魔法の才のある子供を攫う。
それが、星の灯って宗教組織の狙いなんじゃないだろうか。
未熟な間に攫って執行者に仕立てられるなら良し、それができずに成長を許し、一人前の魔法使いが誕生するくらいなら殺してしまえ。
そんな心算で、ベーゼルは僕を殺そうとしたんだと思う。
実に嫌な想像だけれど。
……もし僕の予想が当たってたら、或いは僕の友人達にも、危険が及ぶ事があるのかもしれない。
そういえば、以前から少し気になってのだけれど、貴族の子弟が魔法使いの才を持っていれば、その子は当主への道を閉ざされる。
ジャックスはフィルトリアータ伯爵家の三男だから、元より当主は遠かっただろうけれど、以前に僕と模擬戦をした上級生のグランドリアは、ヴィーガスト侯爵家の嫡子だったという。
でもグランドリアは、当主への道を閉ざされて、魔法学校に来る事になったそうだ。
一体何故なのか。
それは恐らく、魔法使いは普通の貴族よりも、多くの危険に見舞われるからではなかろうか。
魔法使いとしての力を発揮する為に前線に赴いたり、星の灯なんて組織に狙われたりするから、魔法使いの才を持った子は、当主への道を閉ざされるんじゃないかと、僕はそんな風に予想する。
貴族家の当主の死は、どうしたって家を混乱させるだろうし。
そう考えると、この魔法学校が、戦いを苦手とする生徒にも、くどいくらいに戦い方を教えているのも、そしてその戦い方が魔法使いを想定したものである事も、……幾らかは納得がいく。
魔法使いは戦えなければ、自らの身は自分で守れなければ、危険だというのなら。
これまで、あまり興味を持たなかったけれど、魔法学校を卒業した後の、一人前になった魔法使い達は、一体どんな風に生きてるんだろう?
調べてみた方が、いいかもしれない。
貴族に仕えたり、軍に入ったりするとは聞いたんだけれど、全員が全員、そういう訳ではないだろうし。
進路か。
考えてみれば当たり前の話なのに、僕は目先の、興味のある事ばかりを追い掛け過ぎてて、その辺りを全く気にしてなかった。
いずれにしても……、力が欲しい。
もっと戦い方が上手くなりたいし、もっと多くの魔法が使えるようになりたいし、錬金術に習熟して、ジェシーさんを直したい。
「……頑張らないとなぁ」
ただ、今日のところは、もう少し休もう。
僕はそう呟いてから、ゆっくりと目を閉じる。
シャムは、僕の声に身じろぎしたけれど、結局は何も言わなくて、だけどずっと、枕元に居てくれた。





