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僕を撃った不審者、ベーゼルは、高等部の二年生、順当に行けば冬休みが開ける頃には高等部の三年生になる学年の、当たり枠にあたる生徒だった。
つまりあの、後期の終わりに行われたパーティで出会った、クレイがアルバイトに行ってる先の、アレイシアという先輩と同学年だ。
そしてそのパーティの時、シールロット先輩が『二年の当たり枠は、もう居ない』なんて言葉を口にしていた事を、僕は覚えてる。
ベーゼルの出身はルーゲント公国で、とある村の狩人の家に生まれたらしい。
ルーゲント公国は、何度か述べたかもしれないけれど、敵対勢力であるボンヴィッジ連邦と領土を接している為、戦いに対しての意識が強い国である。
実際、ルーゲント公国とボンヴィッジ連邦の国境付近には、ウィルダージェスト同盟の各国から派遣された兵が駐留し、ボンヴィッジ連邦の軍との間には頻繁に小競り合いが起きるという。
また国境に近い村では、浸透してきたボンヴィッジ連邦の部隊に略奪を受けて焼かれたなんて話も、何年かに一度は耳にするそうだ。
もちろん、ウィルダージェスト同盟に属する各国の軍だって、ボンヴィッジ連邦の領土に踏み込めば同じような事をしてるんだろうけれども。
まぁ要するに、ルーゲント公国は最前線の国だった。
そんな国に生まれたベーゼルは、意欲的に強さを求める生徒だったらしい。
高等部に上がる際、彼が選んだ科は、黒鉄科だ。
黒鉄科を選ぶ生徒には二種類いて、一つは魔法陣の研究を目的としてる生徒だが、もう一つは研究ではなく、戦う為の力を求める生徒である。
古代魔法や錬金術の研究をするよりも、自分の強さを磨きたいと、より直接的な力を求める生徒は、決して少なくないという。
例えば故郷を守る力を求めて、或いは魔法使いが地位と名誉を得るには、魔法の力を戦いに活かすのが最も手っ取り早いと考えて。
尤も、そんな生徒でも黒鉄科に進めば、多少は魔法陣を齧るそうだが。
つまりベーゼルは、当たり枠として学校に招かれる程に強い魂の力を持ち、その才を戦闘に傾けた。
高等部に上がってすぐ、一年生の頃から、黒鉄科のエースだなんて呼ばれる程に、彼の実力には誰もが一目を置いたそうだ。
しかしその黒鉄科のエースは、シールロット先輩が言ったように居なくなってしまう。
魔法使いの力は、戦いの場でも非常に有用である。
故に大きな争いが予測される時は、ウィルダージェスト同盟に属する各国から、魔法学校にも知らせが届く。
そして高等部以上の生徒は、あくまで自らが望むのならだが、その争いに志願する事が許されていた。
この志願は高等部以上の生徒であれば、黄金科、水銀科、黒鉄科、全ての科の生徒が行えるのだけれど、基本的に志願者が最も多いのは、当然ながら研究よりも戦闘の力を求める生徒も集まる黒鉄科だ。
だからこの戦いへの志願は、黒鉄科の課外授業だなんて風にも呼ばれる事があるらしい。
戦いへの意欲が強く、実力も高かったベーゼルは、当たり前のようにこの課外授業に参加した。
ちょうど今から一年程前、僕がこの魔法学校にやって来る前に、ボンヴィッジ連邦に動きがあって、その戦いに志願して戦場に赴いたそうだ。
そう、その戦場で、彼は帰らぬ人となったという。
「けれども、彼は再びこの魔法学校に姿を現しました。……この魔法学校の敵として。ここの防衛設備は、生徒として登録された者には反応しませんから、単独で侵入してきたのだと思います」
ベーゼルは状況的に死んだと思われたが、骸が回収された訳ではなかったらしい。
魔法使いにも被害が及ぶ程の激しい戦いなら、死者の遺体を回収する余裕がないなんて事は、ごく普通にある話なんだとか。
ただここまでの事情は、戦争への志願なんてものも含めて、驚きではあったが僕には直接関係のない話だ。
僕が知りたいのはその先、ベーゼルがあの時に何の目的であそこにいて、その結果がどうなったかだ。
特にあの銃のような代物が何なのか、僕を庇ったジェシーさんは大丈夫なのか、僕の魔法でベーゼルがどうなったのかを、知りたい。
しかしマダム・グローゼルが順序だてて、わかり易いように説明してくれている事くらいは、僕にだって察せるから、こちらから質問攻めにするような真似は、今はせずに我慢する。
「彼が使った武器は、魔法殺しと呼ばれる暗器です。星の灯は知っていますか? 魔法使いを敵視する彼の宗教が、執行者に持たせる武器なのですが、……あの筒から吐き出される礫の先端には、魔法を壊す特殊な金属が用いられています」
そこから続いたマダム・グローゼルの説明は、ちょっとややこしかったので纏めると、魔法使いや魔法生物が、魂の力で世界の理を揺るがせ、書き換えるのと真逆に、世界の理を強め、確固たるものとする物質が存在するらしい。
中でも特に知られているのが、魔を払う真の銀とも呼ばれる、ミスリルという金属なんだとか。
例えばミスリルで剣を作れば、魔法の障壁や、魔法の火球を切り裂いたり、或いはゴーストなんかも消滅させられるという。
その金属が、あの銃で撃ち出された弾丸の先端に被せられていたというのだ。
だからあんなにもあっさり、盾の魔法に穴が開いてしまったのだろう。
僕が銃で撃たれた時、まだ成長し切らない、薄い子供の身体だったからか、幸いにも弾が貫通してくれたけれど、もしも体内で留まっていたなら、或いはその後に放とうとした魔法は失敗していたかもしれない。
いや、でも、魔法を壊す弾丸なんて、そんな物で撃たれたら、僕は怪我で済んだけれど、魔法で動く、魔法人形のジェシーさんはどうなる?
流石に、僕の表情に焦りが浮かんだ事に気付いたのか、マダム・グローゼルは一つ頷く。
「キリクさんを守った魔法人形は、……残念ながら破壊されました。幸い、大きく身体が傷付いた訳ではありませんから、撃たれた礫を取り除き、再び錬金術で魔法人形とする事は可能です。……しかしそれで生まれるのは、古い身体を持つ新しい魔法人形であって、貴方を守った魔法人形ではないでしょう」
その言葉は、僕には最大限に配慮されていたけれど、それでも告げられたのは、とても重い事実だった。
魔法人形に対して、この言葉を使うのは正しくないかもしれないが……、ジェシーさんは、僕を庇って死んだのだ。
ジェシーさんが、状況を理解していたのかは、わからない。
もしかすると、生徒を守るという魔法人形の役割に従っただけかもしれないし、そもそも魔法を破壊する弾丸だなんて思いもしなくて、多少の攻撃には耐える自信があったのかもしれない。
……でも僕は、ジェシーさんは、全てを理解していても、やっぱり僕を庇ってくれたんじゃないかと、そう思う。
「破壊された魔法の修復手段はあります。しかしそれは、新しい魔法人形を作るよりも、非常に多くの素材や労力を必要とします。魔法学校には、その素材や労力を費やす理由は、ありません」
続くマダム・グローゼルの言葉も、声は優しいけれど、内容は残酷である。
僕にとっては、ジェシーさんという存在も、魔法学校にとっては多く有する魔法人形の一体に過ぎなかった。
低いコストで数を補える方法があるなら、わざわざ多くの素材や労力を費やし、修復する理由はない。
ただ、これは本来、僕に教える必要はない話だ。
単に修復はできないっていうだけで良かったのに、素材や労力の話なんかして、可能性がある事を示唆するのは、そこには何らかの理由がある。
「但し、その魔法人形を直したいという生徒がいて、その生徒が在学中にそれを成せる可能性があるなら、新しい魔法人形として再利用せず、その生徒が魔法人形を直すまで待つくらいはするでしょう。もちろん、それを生徒自身が強く望めば、ですが」
例えば、そう、僕自身にジェシーさんを直させようとしているとか。
でもこれは、大きな決断だ。
もしも僕が、ジェシーさんを直そうと望むなら、高等部で進むべき科は必然的に水銀科だった。
魔法人形は錬金術の産物だから、その修復を志すなら、錬金術に深く習熟する事は必須だろう。
黒鉄科で魔法陣、黄金科で古代魔法を学ぶって道は、それらがどんな物かを詳しく知る前に閉ざされる。
……いや、でも、うん。
問題はない。
「わかりました。ジェシーさ……、壊された魔法人形は、僕が直します。何年掛かっても、在学中に、必ず」
僕は、マダム・グローゼルに、はっきりとそう宣言する。
選択肢がなくなっても、構わない。
黒鉄科に行かずとも、黄金科に行かずとも、魔法陣や古代魔法が必要なら、図書館に通って独力で習得しよう。
他の生徒にはできずとも、僕ならできる。
やってみせる。
ハーダス先生の逸話に比べれば、それくらいは大した事じゃない。
それよりも、今、ここでジェシーさんを直さない選択をしてしまえば、僕はそれをずっと後悔するだろう。
後悔は僕の未来を暗くする。
後悔が、僕の限界を決めてしまう。
そんなの、冗談じゃない。
これは幸いなのだ。
死者を蘇らせる魔法はないそうだけれど、ジェシーさんを修復する魔法は存在してる。
つまり僕の努力で何とかなる範囲なのだ。
僕を助けてくれたジェシーさんは、僕の手で助けたい。
そう思う事は、ごく当たり前の話だった。





