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ふと気付けば、どこかのベッドに寝かされていた。
身を起こし、ぐるりと辺りを見回せば……、ベッドの横に置かれた椅子の上に、シャムが丸くなって寝ている。
あぁ、ここは医務室か。
何時の間にか着替えさせられていた、患者衣のような薄手の服の前を開け、お腹を確認するけれど……、穴はどこにも開いていない。
自分じゃ確認できないけれど、きっと背中も同じだろう。
あの、撃たれた時の感覚的に、弾が貫通したとは思うんだけど、治療で痕まで消えたらしい。
身をよじっても痛くはないが、ほんの少しだけ、身体の中の方で引き攣るような違和感はあった。
……あの時、僕を撃った物は、間違いなく銃である。
ただ、発砲音はしなかったし、威力や、僕が負った怪我もおかしい。
僕が知ってる銃、少なくとも手に持つタイプの拳銃だったら、あんなにも簡単に盾の魔法を貫通はしない筈だ。
いや、しないと思う。
実際の拳銃がどれ程の威力なのか、触った事もない僕は詳しくわからないんだけれど、銃の威力は口径が大きい程に上がるってくらいは知ってる。
もしも僕を撃った銃が、盾の魔法を貫通するくらいの威力だったら、僕のお腹が消し飛ぶような大きな傷を負った筈だし、そもそも即死してたかもしれない。
弾丸を受けた衝撃で、吹き飛びもしただろう。
しかし実際には、僕のお腹に穴は開いたが、即死もせず、吹き飛びもしなかった。
ならあれは、僕の知ってる銃じゃない。
ジェシーさんはどうなったんだろうか。
僕が生きてるくらいだから、魔法人形であるジェシーさんなら、あの銃の弾を一発や二発受けても平気だとは思うが、あまり沢山撃たれればどうなるかはわからない。
あぁ、でも、あの不審者の腕は、シャムが切り落としたんだっけ?
……それから、僕の魔法が、燃やし尽くしたような、気もする。
殺して、しまっただろうか。
いいや、間違いなくあの魔法を、僕は殺す気で放ったのだけれども。
命を奪った事は、これまでにもある。
ケット・シーの村にいた時は、鹿を仕留めたり、罠で捕らえた鳥を絞めたりしてた。
ただ、それは食べる為の行為だったから、ただ殺意のままに、他者を殺したのは初めてだ。
食べるのは命を繋ぐ為、殺されそうになって、相手を殺すのも、命を繋ぐ為、そう考えれば、行為に矛盾はないんだけれど……。
落ち着いた状況で考えてみると、少しだけ、割り切れない。
「シャム」
小声で、呼んでみた。
するとシャムは、すぐにパチリと目を開けて、大きな欠伸を一つした後、椅子を蹴ってベッドの方に飛び移る。
「寝坊助。馬鹿。鈍間」
それから、僕を見上げて口にしたのは、幾つもの罵倒の言葉。
これは、うん、結構本気で怒ってる。
心配を掛けたってのは、もちろんあるけれど、それ以上にこれは、
「キリクがどうしてあれを見て、危険を察したかはわからないけれど、察したなら避けられたよね。なんで守りに入って、しかも守り切れてないのさ」
無様に傷を負った僕と、それから一緒にいたにも拘らず、僕の怪我を防げなかったシャム自身への、不甲斐なさへの怒りだった。
そう、実際、そうだ。
僕は、あの不審者が出した銃を見て、僕が星の知識で知る銃と同じ物だと思い込み、それなら盾の魔法で防げると考えた。
異なる世界に、全く同じ物がある筈がないのに。
例えば包丁だって、こちらの世界の包丁は鉄が多いけれど、以前に生きた世界ではステンレス製の物が多かったように思う。
いや、そもそも僕が鉄と認識する物だって、こちらと以前に生きた世界では、実は別物かもしれない。
つまり僕が怪我を負ったのは、完全な思い込みによる、油断だった。
障壁を展開しながらでも動ける、回避行動を取れるのが、盾の魔法のメリットなのに。
もしもシャムが言うようにちゃんと避けようともしてれば、完全に回避できたかは、ちょっと自信はないけれど、腹ではなく腕とか足とか、もう少し別の場所に怪我をずらす事は、可能だったかもしれない。
「……そうだね、ごめん。シャム、あれから何があったか、教えてくれる?」
まずは自分の間違いを認めよう。
それから、状況の確認だ。
僕が素直に謝罪して、問いの言葉を発すると、シャムは一つ溜息を吐いてから、口を開く。
「いえ、それは私から話しましょうか」
しかしその時、スッと現れてそう言ったのは、マダム・グローゼルだった。
まるで僕らの話に聞き耳を立てていたかのようなタイミングに、思わず僕は眉根を寄せる。
「えぇ、申し訳ありません。二人の話は聞かせて貰っていました。キリクさんの具合も気になりましたし、何よりこれは魔法学校の安全に大きく関わる事でしたので」
だが、マダム・グローゼルがあっさりとそう認めてしまうと、僕が口にする文句の言葉はなくなってしまう。
まぁ、確かにそうだ。
怪我人が起きたかどうかの確認は、できるならそうするだろうし、あの不審者は、間違いなくこの魔法学校の安全を脅かす何かだった。
単にあの後起きた事の確認ならともかく、どうしてあんな人が卵寮に、魔法学校の敷地内にいたのかも含めて話して貰うなら、マダム・グローゼル以上にそれを説明できる人はいない。
僕が納得し、頷いたのを確認してから、マダム・グローゼルは言葉を続ける。
「まずキリクさんを襲った彼が誰なのかを説明しましょう。シャムさんに聞いた特徴から判断して、彼の名前はベーゼル。本来なら高等部の二年生で、キリクさんの知り合いのシールロットさんの一学年上の、当たり枠だった生徒でした」
それからマダム・グローゼルが語った話は、僕にとって全てが驚きで、そして酷く物騒だった。





