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僕とケット・シーの魔法学校物語  作者: らる鳥
一章 ウィルダージェスト魔法学校
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 教室に辿り着いた頃には、既に授業は始まってる様子で、エリンジ先生が先に中に入って科目の先生と話をし、それから交代で僕が招き入れられる。

「頑張りたまえ」

 すれ違いざまに、エリンジ先生がそう言って、僕を勇気づけようとしてくれた。


 科目の先生は若い女性で、体形のわかり難いゆったりとしたローブを纏い、三角帽子を被って、いかにも魔女って格好だ。

 尤も、僕はこの世界の魔女なんて、他にはマダム・グローゼルしか知らないから、それが本当に魔女らしいのかは、実はさっぱりわからないんだけれども。


「はい、では皆に新しい友人を紹介します。君、自己紹介をして頂戴」

 されるだろうとは思っていたが、やっぱりされた自己紹介の要求に、僕は思わず天を仰ぐ。

 教室の天井は、かなり高い。

 恐らくそこで過ごす子供達が魔法使いの卵だから、ちょっとした魔法なら天井に届いたりしないよう、敢えて広く高く造られているのだろう。


 それにしても、三十人近くの同い年を相手に自己紹介って、やっぱりきついな。

 大勢の中に紛れた一人としてならともかく、ただ一人の新入生として名乗りを上げるのは、実に勇気が要る行為だ。

 まぁ、別に面白い事はしなくていい。

 単に名乗れば良いだけだ。

 変に張り切ると、それは黒歴史を作るだけだと、僕はちゃんと知っている。


 無難が一番だと、そう思っていたのだけれども……。

 ぴょんと、僕の肩を飛び降りたシャムが、教卓の上に着地した。

 そして教室中を睥睨するように見回して、ニャアとひと声、鳴いてみせる。

 いや、君、一体、急に何をしてるの。

 シャムの突然の行動に、頭の中が白くなった。


 だけど、このままじゃいけない。

 とにかく何か、言い訳をしなくちゃいけない。

 後、ついでに自己紹介も。


「あっ、キリクです。こっちはシャム。見ての通りやんちゃですけど、悪い子じゃないのでよろしくお願いします。シャムと授業を一緒に受ける許可は、マダム・グローゼルに取ってあります」

 懸命に言葉を捻り出すと、最初はまばらだったが、拍手が鳴り響く。

 なんとか、無難に収まっただろうか。

 うぅん、大分外してしまった気がする。

 教卓のシャムを拾い上げ、もう勝手に逃げないようにしっかりと抱え込む。


 まぁいい。

 一応、自己紹介はできたのだ。

 それで善しとしよう。


「そうね。じゃあキリク君は、そこの空いてる席に座って。授業を続けるわ」

 僕は、まだ名前も知らない先生の指示で、窓際の、前から三番目の席に座った。

 シャムは机の上に陣取って、何だか妙に誇らしげな顔をしてる。

 やってやった、とか思ってるんだろうか。

 でもシャムがやってやったのは、クラスの子らじゃなくて、主に僕に対してだ。

 

 全く、もう。


 だけど僕の内心なんてお構いなしに、授業は再開される。

 先生の声に耳を傾ければ、今は発火という、魔法の中でもごくごく基礎的な物の使い方を説明していた。

 僕がこの学校に入るのは、周りの子供達に比べて一ヵ月遅れになるのだけれど、どうやら実践のタイミングには間に合ったらしい。


 魔法とは、魂の力でこの世界の理を塗り替え、望む現象を引き出す技だ。

 もちろん、何の制約もなしに好き勝手ができる訳じゃないけれど、優れた魔法使いであればある程、不可能の数は減る。


 発火の魔法が基礎的な物だとされる理由は、火は人の身近に在りながら、特別なものとして扱われてきたからだという。

 恐らく、十二歳にもなって、火を見た事がない子は、あまり居ないだろう。

 けれども、例えば土のようにごくごく当たり前の物ではない。

 触れば火傷をしてしまうし、冬は火が身体を温め、食材は火を通す事によって食事となる。


 故に、魔法という特別な技で出現させるのに、火は最も適してるのだと、科目の先生は語った。

 納得できるような、いまいちピンと来ないような、そんな感じだ。

 まぁ、風のように目に見えぬ物を出すよりは、イメージがし易いのは間違いがない。

 エリンジ先生は、魂の力で世界の理を塗り替えるには、強いイメージが必要だと言っていたし。


「発火の魔法の詠唱は、『火よ、灯れ』です。最近の魔法使いは詠唱を省略したがりますが、基礎呪文学の授業では許しません。詠唱無しで魔法を使うのは、戦闘学の授業でやりなさいね」

 サッと杖を翳して、先生はその先に火を灯しながら、僕らに向かって注意を発する。

 詠唱は、言葉として発する事でイメージを補強したり、言葉の縛りによって魔法の暴走を抑える効果があるそうだ。

 確かに詠唱無しで魔法を使うのは格好いいけれど、基礎呪文の授業ではちゃんと詠唱を使えと言われるのは、至極尤もな話だろう。


 僕は、まだ魔法を使った事はないけれど、理屈はエリンジ先生に教えて貰った。

 皆より、一ヵ月遅れてこの学校にやって来たけれど、その一ヵ月は無駄じゃなかったと、証明したい。


 周囲が杖を睨んでウンウン言ってるのを横目に、心を研ぎ澄まし、杖を翳す。

 イメージするは、火。

 炎ではなく、小さな火だ。

 大切なのは、できると信じて疑わない事。

 それは実に簡単である。

 何しろ、この世界には魔法が実際に存在してるんだから、できない筈がない。


「火よ、灯れ」

 言葉に発し、理を塗り替える。

 ボッ、と杖の先に火が灯った。


 より正確には、杖の先端よりも数センチ離れた、何もない場所が、燃えている。

 できると信じてやったけれど、実際にできてしまうと、やっぱり驚く。

 だって、この火は一体、何を燃料に燃えているのか。


「キリク君、よろしい。貴方は優秀な魔法使いになれるわね。消し方は、『消えろ』と言って杖を振るのよ」

 先生が、そう言って火を消すのを見て、僕も真似て火を消す。

 周囲からの視線が集まってるのを感じ、少し恥ずかしい。

 シャムはやっぱり、机の上で誇らしげな、……ドヤ顔をしてる。

 君は何もしてないんだけど、まぁ、うん、我が事のように誇ってくれるのは、嬉しく思う。


 それから何度か火を灯したり、消したりして、理を塗り替える感覚を掴みながら、最初の授業は過ぎていく。



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[一言] 「火よ灯れ」 頭の中で自然とアールデスカットとルビが振られてしまった
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