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「……一年生、いや、もうすぐ二年生だな。どうした? こんな時間に屋上に来て」
屋上に来た僕らに気付き、その上級生はこちらを振り向き、言葉を発する。
髪は銀色の癖っ毛で、何というか独特な雰囲気のある、男子学生だ。
身体は、随分と大きい。
少なくとも、少し前までこの卵寮にいた二年生、冬期休暇が終われば高等部に上がる彼らではなかった。
すると必然的に高等部になる訳だけれど、高等部の三年生は既に卒業してるから、一年生か二年生になるんだろうか。
でも、後期の終わりに行われたパーティで、こんな先輩を見た覚えはなかった。
目立つ風貌に纏う雰囲気、こんな人を見てれば、忘れないと思うのだが、……でもあの時は仮装してる上級生が多かったからなぁ。
「あっ、いえ、ちょっと探検をしてて。僕、この学校に来るのは皆よりも遅かったんで、タイミングを逃してて、人が少ない今がチャンスかなって」
彼からの質問に対しては、元々用意していた、寮監にも使った言い訳を口にする。
まさか、ハーダス先生の遺した何かを探してるなんて、言える筈もないし。
「お前、当たり枠か」
だが僕の言葉に、彼の顔色が変わった。
何だか妙な雰囲気だ。
僕は後期の模擬戦で、上級生に勝ってるから、実は少しばかり顔は知られてる。
当たり枠の存在を知ってる生徒なら、僕がそうだと推測するのは難しくないし、今更そんな事を言いはしない。
……何だ?
この先輩、僕の自意識過剰かもしれないけれど、色々と腑に落ちない。
見覚えがない事も、僕を知らないのも、一つ一つは些細な話なんだけれど、重なると妙に違和感があった。
そもそも、高等部の生徒が、この卵寮で何をしてるんだろう?
疑問を抱き、警戒した僕の表情を見て、その上級生は舌打ちを一つした。
凄く、忌々しげな顔をして、
「……折角の当たり枠だ。攫っておきたかったが、その時間もないしな。放置して成長されても厄介だ。まぁ、会った以上は、殺しておくのが無難だな」
なんて言葉を口にする。
は?
一瞬、僕は耳を疑う。
確かに、その上級生は怪しい相手だ。
でも、だからって、まさか、唐突に攫うだとか、殺すだとか、そんな物騒な言葉をこの魔法学校で耳にするなんて、思いもしなかったから。
しかし彼の言葉には、口だけとは思えない、本気の凄味が、籠ってた。
そしてその上級生が懐から抜いてこちらに向けたのは、杖ではなく、筒状の何か。
見た覚えがある訳じゃないのに、記憶にはあるそれに似たその何かを見た瞬間、僕は咄嗟に盾の魔法を展開する。
なのに、次の瞬間、僕の腹部から背中を、これまでに感じた事のない灼熱感が走って、膝から力が失われてしまう。
痛みは、まだ感じない。
けれど、頭の中は混乱で一杯だ。
撃たれた事は、わかる。
だけど、何故それがそこに在って、どうして盾の魔法が、展開した障壁がこんなにも容易に貫通されてしまったのか。
シャーッと強く一声鳴いたシャムが、僕の肩を蹴って跳ぶ。
だが既に、その上級生、もとい不審者はその筒をもう一度僕に向けていて……、そこにジェシーさんが、僕に覆い被さるように割って入る。
発砲音は、聞こえなかった。
ただ、僕を庇ったジェシーさんが、びくりと震えて、動きを止めて、シャムの爪が、ケット・シーである彼の本気の一撃が、謎の不審者が筒を持った右腕を、ズバッと切り落とす。
恐らく、不審者にとっても、単なる猫に見えていたシャムの爪が、自分の腕を切り落とした事は、……当たり前だけれど予想外だったんだろう。
か細い悲鳴を上げながら、よろよろと後ずさる。
状況は相変わらず、何もわからなかった。
でも、もうそんなの関係ない。
僕を庇ってジェシーさんが撃たれた。
それだけで、僕が殺意を抱くには十分過ぎる。
「死ね!」
僕は生まれて初めて、いや、前世の記憶の中を探っても、やっぱり初めて、心の底から本気で、その言葉を口にして魔法を放つ。
翳した右手、指輪を填めたその手から、炎の塊は飛び出した。
詠唱は、省略。
灯し、広がり、放つ、三つの繋がりを持った魔法は、人を葬り去るに十分過ぎる火力を持つ。
彼が本当に上級生なら、それを防ぐ防御の魔法は当然ながら使えるだろうけれど、シャムに腕を切り落とさればかりの今、まともに魔法が使えるとは思えない。
つまり僕は、そこまで理解した上で、やっぱり相手を殺す為に、加減なしで魔法を放った。
そして炎は、狙い違わず、その謎の不審者を飲み込んで、……だが傷を負いながらも魔法を使ったせいか、或いは強く興奮し過ぎて血が激しく流れたからか、僕の視界はぐるりと回って、スッと暗闇に染まる。
シャムの声が、聞こえた気がした。
けれども僕は、もう自分の意識を保てなくて、……そこから先を、覚えていない。





