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僕とケット・シーの魔法学校物語  作者: らる鳥
十六章 ジャックスの初陣

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「全員、聞いてくれ」

 郊外の野営地で、ずらりと並んだ三百人の兵士の前に、ジャックスが立つ。

 一口に兵士といってもその恰好は様々だ。

 いや、不揃いという訳ではなく、統一感のある鎧は身に付けているが、兵科がそれぞれ違うらしい。


 例えば、三百人のうちの三十は、馬を操る騎兵である。

 もちろん今は馬に乗らずに整列してるが、高価な馬を有する彼らは、フィルトリアータ伯爵家でも重用されてる家臣なのだろう。

 また百二十は、大きな弓を携えた長弓兵だ。

 長弓は扱いが難しく、専門的な訓練を長く積まねば長弓兵にはなれない。

 つまりこの長弓兵の存在が、彼らが農村等から集められた間に合わせの兵ではなく、フィルトリアータ伯爵家が抱える精兵である事の証左だった。


 残る百五十は歩兵らしいけれど、やっぱり彼らも、誰も彼もが勇ましい顔つきの、古強者って風情を纏う。

 三百人って兵数が伯爵家の送り出す軍として多いのか少ないのかは、僕には判断できないけれど、この陣容を見る限り、フィルトリアータ伯爵家がどれだけジャックスを大切にしているかが、何となくだが察せられる。

 まぁ、何というか、ここに混じると僕は浮くなぁって思うけれども。


「彼はキリク。私の魔法学校での学友で、私が知る限り、魔法学校の生徒の中で、最も優れた魔法使いだ」

 ジャックスが、彼の隣に立つ僕を、三百人の兵士に向かってそんな風に紹介した。

 実に大袈裟な紹介だけれど、それを真に受けたのか、兵士達がざわりとどよめく。


 僕が魔法使いである事は、一目瞭然だろう。

 ジャックスは鎧を着ているけれど、僕は何時も通りの魔法学校の制服で、尚且つ呼び寄せをしたツキヨも隣に立っている。

 シャムの正体を見抜ける者はいなくても、ツキヨが魔法生物である事は、誰の目にも明らかだ。

 兵士達の反応も、無理はないのかもしれない。


 いや、魔法使いの存在が大きいのは、僕だってわかってる。

 並の魔法使いが千人の軍勢に伍す……、なんて事は流石にないけれど、仮に千人の兵数の軍同士がぶつかった場合に、片方のみが魔法使いを有していたら、間違いなくそちらが大勝するくらいの違いがあった。

 何しろ普通の兵士は魔法による攻撃が飛んでくるだけで、それが自分に命中せずとも戦う意思が挫けてしまう。

 ウィルダージェスト同盟が巨大国家であるボンヴィッジ連邦に対して優位に戦えているのは、各国が協力する同盟という仕組みもさる事ながら、やはり魔法使いの存在が大きい。


 しかしそんな魔法使いの存在があっても、巨大すぎるボンヴィッジ連邦を打ち倒す事は、未だにできていなかった。

 戦いには勝てても、敵国を滅ぼせるかどうかは、また別の話である。

 国境での戦いに勝てても、ボンヴィッジ連邦の中央にまで攻め込むには、多大な労力が必要だ。


 また、仮に首尾よくボンヴィッジ連邦を打ち倒せたとして、その広過ぎる領土を誰が、どのように統治するのか。

 ボンヴィッジ連邦という敵を失ったウィルダージェスト同盟が、その後も今と同じく協力し合えるのか。

 そうした問題が幾つもあるから、未だにウィルダージェスト同盟とボンヴィッジ連邦の戦いは続いてて、……奇妙なバランスが取れていた。

 ウィルダージェスト同盟が、ボンヴィッジ連邦という外敵が存在するから成り立つように、ボンヴィッジ連邦も魔法使いへの憎しみで、その巨大な領土を纏めてる。


「しかし私は、あまり彼に頼る心算はない。何しろキリクが活躍すると、私達の手柄が何一つ残らなくなってしまうからな」

 兵士達に向かってジャックスが、らしくもない軽口を叩く。

 ただ兵士達にはそれが面白く感じられたようで、雰囲気が緩んで笑い声が上がった。


 僕は、何だかジャックスが無理をしてるんじゃないかって、少し心配になってしまうけれども。

 まぁ、僕にあまり戦わせる心算がないというのは、事前に彼が言ってた通りだ。

 これで兵士の士気が上がるなら、僕から言う事は何もない。


「わざわざ遠くまでやって来たのだ。その苦労に見合った功績をあげて、大手を振ってフィルトリアータ領に戻るぞ」

 ジャックスの言葉に、兵士達は揃って右手で自分の胸をドンと叩いた。

 その仕草を僕は初めて見たけれど、これがポータス王国、或いはウィルダージェスト同盟で、兵士が行う敬礼なのだろう。


 これから戦いに加わるのだから、兵士達のうちの幾らかは、フィルトリアータ領に戻れずに命を落とす。

 ボンヴィッジ連邦の兵を殺そうというのだから、こちらが殺される事だってあって当然だ。

 だがそれでも、自分の率いる兵士の命が失われれば、ジャックスの心は傷付く。

 恐らくジャックスは上に立つ者として、それを飲み込んで表に出さないようにするんだろうけれど、傷がなくなる訳じゃない。


 でも僕が加わる事で、命を落とす兵士の数は、グッと減らせる筈だった。

 零にはできないかもしれないけれど、限りなくそれに近づけれるようにはしたいと思う。

 その為に、僕自身が他の誰か、……ボンヴィッジ連邦の兵士を手に掛けるかもしれないって事は、去年の夏、ジャックスに戦場について来て欲しいと頼まれた時に、もう既に覚悟を決めている。


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