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旅の扉の魔法で出された水鏡を潜れば、そこはウィルダージェスト同盟を構成する東の国、ルーゲント公国の首都。
ここを訪れるのは、旅の扉の魔法で移動する泉を記憶しに来た時以来で、二度目になる。
といっても前回はすぐに次の国の泉に移動をしたから、ゆっくりと首都の様子を眺めるのはこれが初めてだ。
やっぱり国が異なれば首都の様子も大きく違う。
まず目に付く大きな違いは、武器を帯びた人間の比率だろうか。
ポータス王国だと、王都の表通りを行き交う人々で武器を持っているのは兵士か、精々旅人が護身用の武器を携えてるくらいである。
もちろん歓楽街に行けば用心棒や、裏通りや貧民街に行けばならず者が武器を所持してはいるんだろうけれど、そう言った場所に入り込まなければ、そう頻繁に武器を目にする事はなかった。
しかしルーゲント公国の首都には、表通りにも武器を携えた人が大勢いるし、そもそも兵士と思わしき者の姿もかなり多い。
また一般市民の中にも、成人の若い男性はちらほらと、腰に短剣を吊るしてる。
何というか全体的に、実に物々しい雰囲気だ。
人ではなく景観に目をやれば、町並みは古めかしく、高い建築物は少なかった。
これはこれで風情は感じられるのだけれど、何と言えばいいのだろうか、あぁ、そう、ポータスの王都に見られるような、豊かさとは縁が些かばかり遠そうだ。
但し町の様子に活気はある。
ルーゲント公国にはウィルダージェスト同盟に属する各国から兵士が派遣されてくる為、彼らの為の食料や武器を、やはり各国の商人が運んでくるという。
更にその兵士や商人を相手に娯楽、酒や性を提供する商売も盛んらしい。
つまりは、ウィルダージェスト同盟とボンヴィッジ連邦の争いが、この地に人と物を運び込む流れを作っていた。
それが良い事なのか悪い事なのかは、僕には判断が付かないけれども。
「……さて、まずは教えられたお店を探そうか」
僕は、肩に乗っかったシャムにそう言って、ルーゲント公国の首都を歩き出す。
当然ながら、見知らぬ人が大勢行き交うこんな場所では、シャムは返事を返してこない。
でも僕の言葉に同意してくれてるのは、雰囲気でわかる。
店というのは、ジャックスに紹介されたポータス王国の商会が、ここに出してる支店の事だ。
その商家はフィルトリアータ伯爵とも付き合いがあるそうで、今回のジャックスの初陣にも物資調達の面で協力をしてくれているという。
「大通りを南に行くとコロセウムが見えてきて……、あ、あった。そこで通りを東に真っ直ぐか」
ジャックスに貰ったメモを見ながら、僕は商会の支店を探す。
コロセウムは、戦争で捕らえられたボンヴィッジ連邦の捕虜が、猛獣と戦わされたりしてるらしい。
他にも、各地から集まった兵士の中でも腕自慢が、小遣い稼ぎにその戦いに加わったりもするんだとか。
この世界だと捕虜の扱いに取り決めなんてないから、そうなるのも仕方ないのかもしれないけれど……、野蛮だなぁとはどうしても思ってしまう。
メモの指示に従って歩いていると、トリスティア商会の看板が見えた。
あぁ、あれが探してた商会の支店だ。
豊かなポータス王国に根を張った商会だけあって、支店も周囲の建物よりも二回りは大きい。
中に入ると支店の従業員は、一体何事かという目で僕を見たが、ウィルダージェスト魔法学校の制服を見ると、納得したような顔になって、奥へと案内してくれる。
「猫を連れた魔法学校の生徒……、貴方がキリク様ですね、お待ちしておりました。本店の方から話は届いております。なんでもうちの倉庫を一つ借りられたいとか」
そして奥で引き合わされた支店の責任者と思わしき人物は、既に僕の事を知っていた。
まぁ、そこからは、僕が優秀だって話は聞いてるとか、いずれ僕の都合が付けば魔法の道具や魔法薬を買い取りたいとか、どうでもいい話が続くけれど、そう、僕がこのトリスティア商会の支店にきたのは、倉庫を借りる為なのだ。
魔法の鞄に入れた物を引き寄せられる僕に、どうして倉庫が必要なのかといえば、実は引き寄せにも距離の制限が存在するから。
いや、引き寄せだけでなく、殆どの転移系の魔法には、距離の限界がある。
例えば東方に行ってしまったシールロット先輩が気軽には帰って来られないように、転移系の魔法もあまり遠くになると効果を発揮できなくなってしまう。
転移距離の限界は魔法使いの力量にも依るというけれど、僕は自分の限界がどの程度なのかを試した事はない。
だって、少なくともウィルダージェスト同盟に属する国々の中でなら、自由に転移で移動ができたし、魔法の鞄の引き寄せも行えた。
するとそれ以上を試すには、ウィルダージェスト同盟の外に出てみなければならなくなる。
流石に同盟外の国の領地に入るのは、気軽にできる事じゃないから、僕は未だに自分の転移の距離の限界を知らないままだ。
万一、戦場に出た後にその距離の限界を迎えてしまえば、準備した物資の全てが呼び寄せられなくなってしまう。
故に今回はウィルダージェスト魔法学校よりも戦場に近い場所、ルーゲント公国の首都で、トリスティア商会の支店の倉庫を借りる手筈になっている。
ここを中継地点にしておけば、それこそボンヴィッジ連邦の真ん中まで攻め入るなんて事でもない限り、転移距離の限界にはならないだろうから。
そして案内された倉庫で盗難防止の為の魔法陣を描いてから、僕はひたすらに魔法の鞄の引き寄せを行った。
中身は、魔法薬に魔法の道具と、それから空の魔法の鞄も沢山。
空の魔法の鞄を引き寄せるのは、この倉庫でトリスティア商会から買い取る食料や水を詰め込む為だ。
ここで僕が魔法の鞄に食料や水を詰めておけば、ジャックスが率いる部隊は身軽に素早く、しかも長く動けるだろう。
ジャックス曰く、補給の心配なく動けるのは、戦場では途轍もなく有利な事らしい。
僕が用意した魔法薬やら何かを合わせて考えると、世界一贅沢な部隊だと彼はちょっと苦笑いしてた。
もちろん全てを僕に頼りきりだと、逸れたりした場合に取り返しが付かないので、ジャックスの方でも幾つかの手は用意してるらしいけれども。
本日4月14日、僕とケット・シーの魔法学校物語2巻発売です
是非是非よろしくお願いします





