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僕とケット・シーの魔法学校物語  作者: らる鳥
二章 当たり枠
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 なるほど。

 僕は一つ頷き、乗り出していた身を、柔らかなソファーの席に戻す。

 するとちょっと尻が沈んで、自分で思ったよりも深く腰掛けてしまった為、もう一度座り直した。


 観劇は初めてだったけれど、これは何とも、面白いというよりは、凄い。

 その凄さは、音と迫力、……いや、何というべきだろうか、空間?にあるような気がする。

 二階のボックス席だから、舞台との距離は決して近くはなく、しかしその距離こそが、オーケストラの向こう側にある、広い舞台を見回すのには丁度良いのだ。

 劇場は、色々と計算されて作られた空間なのだろう。

 距離と高さがあるからこそ、見渡し易く、響く音も増幅されている気がする。


 役者も、単に演じているんじゃなくて、魅せようとしていた。

 僕からすると、やや大仰なくらいに。

 多分それは、好みの問題もあると思うんだけれど、しかしそれが、劇場の雰囲気にはマッチしてて、うん、やっぱり、面白いというよりは、凄いと感じさせられる。

 ストーリーは、正直なところ、ツッコミどころが多いが、まぁ、それくらいの方が話の特色が際立って、楽しみ易くなるのかもしれない。

 あぁ、実にいい経験だ。


 今は幕が下りていて、きっとその向こうでは次のシーンに移る為に、役者と裏方が大急ぎで準備をしているところだろう。

 シャムは、それが待ち切れないみたいで、席の前にある低い塀の上に座って、ジッと幕を見詰めてる。


「なぁ、もしかして、お前が別荘とか、劇場の貸し切りとか、ボックス席って言ってたのって、その猫を連れて来たかったからか?」

 ふと、隣に座るジャックスがそう問うてきたので、僕はそちらに笑みを向けた。

 当然ながら、その通りだ。

 彼も随分と僕の事がわかって来たみたいで、嬉しい。


「うん、そうだよ。じゃないと入れないし。でも無理させてごめんね。親に怒られた?」

 もちろん、僕が別荘や劇場に興味があった事、いや、まだ別荘には行ってないから、興味があるのも事実だけれど、シャムを連れて行けないなら、あまり魅力は感じないだろう。

 それに人の文化への関心は、少し違った形の物をすでに記憶として知ってる僕より、シャムの方が強かった。

 なので今日、ジャックスがこうして僕らを連れて来てくれた事には、本当に感謝してる。


「いや、いい。今、父上は領地だから、直接は会ってないし、手紙でクラスで一番優秀な学友と一緒に行くと伝えたら、寧ろ褒められたよ。優れた魔法使いとのコネは、貴族にとっても小さくないんだ」

 でもジャックスは僕の言葉に首を横に振り、そう返す。

 なんというか、大袈裟だなぁって気は、少しするけれど、彼が親に叱られてないなら、それは良かった。

 実際に劇場に来て、スタッフに恭しい扱いを受けて案内されて、内装の整ったボックス席で観劇してると、これがどれ程に贅沢な事かってのは、流石にもう理解できる。

 確かにジャックスは貴族だが、しかし実際に爵位を持ってるのは父親で、親は子の過度な贅沢は、叱るものだと思ったから、ちょっと申し訳ないなって思ってたのだ。


 だけど、クラスで一番優秀な学友か。

 うぅん、一番、なのかなぁ。

 シールロット先輩には当たり枠とやらだって言われたけれど、他にも優秀なクラスメイトはいるし、実際に成績が付けられた訳じゃないから、自信を持ってそうだとは言い切れない。

 ただ、ジャックスがそう親に伝えたなら、それを真実にしなきゃなって、思う。


「それに昼は、お前に案内して貰ったしな。まさか、歩きながら食べる事になるとは思わなかったが……」

 そして続いた彼の言葉には、ちょっと笑った。

 いやだって、王都を歩き回るなら、折角だから、屋台で買い食いとかしたいじゃないか。

 学生といえば買い食いだって認識が、こう、僕の中にはあるのだ。


 そこで一つ感じたのは、ウィルダージェスト魔法学校の学生って、凄く得な立場である。

 というのも、本来なら劇場に行くような格好で屋台で買い食いしてると、悪目立ちをするし、妙な輩に絡まれかねない。

 逆に買い食いに違和感のない格好だったら、劇場は追い返されてしまうだろう。

 だけど魔法学校の制服を着ていると、それだけで屋台の買い食いも、劇場での観劇も、どちらも問題なくできてしまうのだ。


 この制服は、フォーマルな場に対応できる服装で、尚且つ魔法使いの素質を持つという名誉の証でもあった。

 尚且つ、魔法学校の学生には貴族もいれば平民もいると皆が知ってるので、買い食いが咎められるような事はない。

 つまり普段と同じ格好にも拘らず、これだけで上から下まで、どの層に対しても失礼なく受け入れて貰えるという、実に稀有な服だろう。

 魔法使いですって名乗りながら歩いてるようなものだから、絡まれる事も全くないし。


 もちろん欠点もあるにはある。

 例えば、魔法学校の学生とは、言い換えれば未熟な魔法使いだ。

 魔法使いの存在を憎む宗教の信者や、敵国であるボンヴィッジ連邦に属する誰かに、この制服を着ている姿を見られれば、殺害や拉致の危険性があるかもしれない。

 実際、里帰りの為にルーゲント公国やサウスバッチ共和国に戻ってた魔法学校の学生が、襲われる事件というのは、過去に幾度かあったと聞いた。


 但し、ウィルダージェスト魔法学校に最も近く、影響力の濃いポータス王国の、しかも王都では、それは殆ど無用な心配だろう。

 ルーゲント公国は物理的にボンヴィッジ連邦と近く、そこの工作員も入り易いし、サウスバッチ共和国は船での交易が盛んだから、余所者の出入りが激しい土地柄だ。

 けれどもポータス王国はそうじゃない。

 休日の度に学生たちが王都で遊び歩く事が許されるくらいに、ポータス王国の安全は確保されてる。

 そしてその安全は、多分、地理的な物だけじゃなくて、大人になった魔法使い達の、努力で維持されてるのだろう。


 

「……ただ、お前がその猫を凄く大事にしてるんだって思ってさ。悪かった。寄こせだなんて言って。あの後、うやむやになって謝れてなかったから、ずっと謝りたかったんだ」

 僕が物思いに耽りそうになってると、ふと、ジャックスがそんな言葉を口にした。

 なるほど、彼はまだ気にしてたのか。

 

「いいよ。別にもう気にしてないし。同じ事を言ったらまた殴るけれど、もうジャックスは言わないでしょ。もちろん、他の誰が言っても殴るよ。……女子が相手だと、ちょっと躊躇うけど」

 ジャックスに右ストレートを放った一件は、彼の言葉に怒りを覚えたというよりも、単にシャムを、家族を奪われないように抗ったというのが、正直なところだ。

 だから相手が誰でも、僕はそれに抗って戦うだろうし、逆に同じ事が繰り返されないなら、別に気に病む必要はもうない。

 もう、ジャックスは僕がシャムを大切に思ってると知ってくれているから、何の心配もしていなかった。


「おいおい、女子は躊躇うだけじゃなくて、殴るなよ。ホントに駄目だぞ。理由があっても、お前が悪い事になるからな」

 真顔で心配、忠告してくれるジャックスに、僕は笑う。

 まぁ、僕も少しは魔法が使えるようになったし、魔法学校での生活もわかってきたから、次はもっとうまく立ち回る自信もある。

 次なんて、ないのが一番良いけれど。


「そうだね。考えとく。あ、ほら、幕が上がった。続き、始まるよ」

 タイミングよく、幕が上がってくれたので、僕は話を終わらせて、再び身を乗り出す。

 新しい経験ができて、ジャックスの気持ちがわかり、一つ彼と仲良くなれた。

 今日は、とても良い休日だ。

 後もう少し、今日という日を楽しもう。



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