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「いらっしゃい、キリク君。それにシャムちゃん。これで皆が揃ったね」
年の終わりの日、僕とシャムは王都にあるパトラの家に招かれた。
どうやら今年も友人達が、誕生日を祝ってくれるらしい。
去年は卵寮の食堂で祝って貰ったけれど、僕らはもう、それぞれ新しく自分が進む科の寮に移り住んでる。
そうなると流石に卵寮は使えないし、移り住んだばかりの新参者が、他の寮の生徒を招いてパーティというのも難しい。
いや、水銀科の寮は、先輩達が殆ど食堂に来ないから、そんなに問題はなかったのかもしれないけれども。
だから今年は、誕生日のお祝いはないかなぁって思ってたのだけれど、シズゥから話を聞いたパトラが、だったら自分の家でやろうと言ってくれたのだ。
集まったのは、まぁそこが自宅であるパトラは当然として、他にはクレイとシズゥ。
ジャックスも誘いはしたのだけれど、ポータス王国の貴族である自分が行くと、パトラの家族を委縮させてしまうだろうからと、彼はプレゼントだけを僕に渡して、パーティには出てこなかった。
ちなみにプレゼントは、彼が描いた僕とシャムの油絵。
実は全く知らなかったのだけれど、ジャックスの趣味は油絵を描く事だったらしい。
この世界では絵具が高価で、それを趣味とできるのはやはり富裕層になるという。
他にそうした絵具をふんだんに使えるのは、富裕層のお抱えになった絵描きくらいなんだとか。
もちろん幾ら高価といっても、魔法生物の素材や、魔法の掛かった品とは比べ物にならないから、あくまで一般的な、普通の人が住む世界では高価って話だ。
ジャックスの絵の腕前は、趣味とは思えない程で、描いてくれた僕とシャムの油絵も、どこに飾っても見栄えのする立派な物だった。
立派過ぎて、並ぶと実際の僕とシャムが貧相に見えないか心配になるくらいに。
まぁ、それはいいんだけれど、ジャックスの趣味を知れた事も嬉しかったので、来年の彼の誕生日には、魔法の掛かった絵具なんかを作って送ろうと思う。
来年といっても、もう明日からはその来年になるんだけれども。
「この猫が? 本当に?」
シャムを両手で持ち上げながらまじまじと観察してから、次に僕やクレイ、パトラを見回すシズゥ。
この中でシャムの正体を知らないのは彼女だけだったのだけれど、今日はシャムの誕生日も祝いたいとパトラが言った為、その正体をシズゥに明かす事になった。
ただやっぱり、俄かには納得がいかないらしく、彼女は持ち上げたシャムをひっくり返したり覗き込んだりしてる。
いや、でも普通の猫は、そんな扱いを受けたらすぐに抵抗すると思う。
シャムはシズゥからの扱いに驚いたのか、それとも呆れているのか、声も出さずになすがままだ。
「ルーゲントにはね、妖精にまつわる逸話が沢山あるの。妖精が水不足の地に泉を作ったとか、国宝の冠は妖精から譲り受けた物とか」
暫く観察して納得したのか、それとも飽きたのか、シズゥはシャムを抱き直して椅子に座り、そして撫で始めた。
それをパトラが少し羨ましげに見てるけれど、シズゥは気にした風もない。
しかしそうなのか。
いや、各地に妖精と人間が関わった逸話があるというのは、聞いた事がある。
でもルーゲント公国にそれが多いっていうのは、初めて知った。
ジェスタ大森林とルーゲント公国は少し離れているのに、何故だろう?
そりゃあ妖精の住処がジェスタ大森林ばかりだとは限らないし、ケット・シーのように密かに人間の世界に混じって暮らす妖精だっているんだろうけれど。
「だから私も妖精ってもっと神秘的なものかと思ってたのよ。授業では、妖精も魔法生物だって習ってるけれど、それはそれとしてね」
シズゥの口ぶりでは、シャムがケット・シー、妖精である事は、一応信じているらしい。
まぁ、僕やクレイ、パトラが揃って彼女に嘘を吐く理由は全くないし、疑う理由はないか。
だがお伽噺の存在が、腕の中に納まってるとなると、簡単に、はいそうですかとはならない様子。
「泉は多分、ウンディーネかな。冠はノームだね。細工物を作れる妖精は他にもいるけれど、人間が宝物だってありがたがる派手な冠は、ノームの細工だと思うよ」
けれども流石に、シャムが言葉を発して話せば、シズゥとて納得せざるを得まい。
シャムが、さっきシズゥが口にしたルーゲント公国に伝わる妖精の逸話について、該当すると思わしき妖精の名前を挙げる。
その推論が、あってるのかどうかはわからないけれど、妖精の一員であり、妖精に詳しいシャムが言うなら、恐らく正しいのだろうとは思う。
ウンディーネとノームというのは有名な名前で、僕も聞いた事があった。
確かウンディーネがヴィヴィアンのように水の身体を持つ妖精で、……両者の違いはよく知らない。
ノームは10cmくらいの小人のような妖精だとか。
細工物が得意なのかはよく知らないけれど、実は妖精は意外といろいろな物を作る。
ケット・シーの村だって、大人達が作った家が沢山あるし、シャムの母親だって木の皮で籠を編んだりしてた。
「へぇ、本当に喋るのね。じゃあ改めて、知ってると思うけれど私はシズゥ。シズゥ・ウィルパよ。私の友達を助けてくれてありがとう。これからよろしくね」
シズゥは、喋ったシャムに、やっぱり少しは驚いたのだろう。
ちょっと目を丸くしてから、何だか楽しそうに、シャムに向かって名乗った。
もちろん、シャムはシズゥの名前を知ってるし、逆にシズゥもシャムの名前は知っている。
それでもシズゥが改めて名乗るというのは、シャムに対する認識も、今この瞬間に改めたって事なんだろう。
何にせよ、これで皆が僕とシャムの誕生日を祝ってくれる。
実はこの日が正しく誕生日ではないというのも、皆には話した。
そもそも僕は森に捨てられていた為、自分が生まれた日を知らず、ケット・シーの村では個別に生まれた日を祝うような風習はなくて、年が変われば一歳分、年を経たって扱いになるのだって事も。
だけどクレイもパトラもシズゥも、今日が誕生日で構わないだろうと言ってくれて、僕とシャムは彼らに沢山祝って貰った。
既に進む道の違う友人達。
でもこうして皆で集まって、変わらずに笑い合える事がとても嬉しい。
明日からの新しい一年も、きっと色々あるとは思うけれど、また最後の日にはこうして集まれると、いいなと思う。





