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マダム・グローゼルとの話が終わり、寮の自室に戻った僕は、
「ねぇ、シャムは知ってたの?」
一先ずシャワーを浴びて頭を冷やしてから、ベッドに寝転び、シャムに問うた。
何を、とは言わない。
そんなの言わなくたってわかってるだろうし。
「キリクが無意識に願いをかなえてしまうくらいの強い魂の持ち主だって事は、知ってたよ。だから無意識に発動しない人間の魔法を覚えさせようってなったんだ。星の知識とかがあるって話は、ここに来て初めて知ったけど」
シャムは、僕の腹の上に乗っかって、そこで丸くなりながらそう答える。
……そうか。
何だか色々と聞き出そうって思ってたけれど、うん、実は聞く事、あんまりないな。
僕が強い魂の持ち主で、利用価値があるから一緒に居てくれたのか!?
なんて風に不貞腐れてみせられるような子供じゃないし。
もちろん最初は強い魂の持ち主だから拾われたのかもしれないけれど、ケット・シーの村の皆がそれだけで僕を育ててくれた訳じゃない事は、わかってる。
僕を妖精に取り込んで……、というのが目的なら、このウィルダージェスト魔法学校に、人間の魔法使いのところへ送り出す筈がない。
むしろケット・シー達は、僕を魔法学校に通わせる事で、無意識に発動させてしまう魔法を制御しようとしてたのだろう。
きっとその方が、人間である僕は生き易いだろうって、考えて。
そしてシャムが、僕の意思を常に最優先にしてくれてるのは、マダム・グローゼルとの話し合いでも確認できた。
いいや、元々知っていた。
色々と秘密にはされてたけれど、どうしてそうしなきゃいけなかったのかもわかったし……、すると本当に、聞く事がなくなる。
ただ僕は、何となくもう少しシャムと話したくて、何かないかなぁって、質問を探す。
「あー、そういえば、他の妖精はどうなの?」
結局、出て来たのは当たり障りのない質問。
正直なところ、他の妖精が僕をどんな風に思っていても、シャムや他のケット・シーが味方をしてくれるなら、それで十分過ぎるから。
いや、もう一体、シュリーカーのツキヨも、他の妖精がどうであっても僕の味方だった。
「その妖精によるかなぁ。キリクが騒動を起こした方が面白いって思ってるのもいるし、騒ぎが起きれば人間を殺せるって思ってるのもいるし、別にどうでもいいって思ってるのもいるし、キリクを個人的に気に入ってる妖精もいると思うよ」
……うん、やっぱりそんなところか。
妖精と一口にいっても、その性格、価値観、嗜好はバラバラだ。
単なる悪戯好きもいれば、血を見るのが大好きってのもいるし、自分が暮らす場所にしか興味がないのもいる。
なので聞いたはいいけれど、想像通りというより他にない。
大きな欠伸が、一つ漏れる。
他には何か、聞けそうな事はあったっけ。
「あの話って、本当なの?」
あぁ、これを忘れてた。
マダム・グローゼルの話が本当なのか否か。
もちろん、彼女が僕に嘘を吐いたとか、そんな風には思わないけれど、人間に伝わる話と妖精に伝わる話が異なる可能性は皆無じゃない。
その場合、より真実に近いのは、人間よりも妖精に伝わる話だろう。
「大体は知ってる話と同じかな。ただ、マダム・グローゼルは魔人と世界が争ったみたいに言ったけど、他の色んな種族も魔人側についたらしいよ。人間を良く思わない種族は、割といるから。逆に人間に味方した種族もいたみたい」
でもシャムは、マダム・グローゼルの話を肯定する。
少しばかり補足はあったけれど、それは予測の範疇だ。
人間と魔人の間に大きな争いが起きたなら、そこに関わる魔法生物は、そりゃあ少なからずいて当然だった。
何しろ、今だって魔法使いは魔法生物と契約をして、争い事に関わらせているのだから。
話してる間に、少し眠くなってきた。
色々な事を知って、今はまだその全てを消化し切れてはいない。
ジェスタ大森林から戻って、すぐにマダム・グローゼルに報告に行ったから、……正直かなり疲れてるし。
「そういえば、シャムはどっちがいいの? 僕が妖精になるか、人間のままか」
だから、今日のところはこの質問で最後にしよう。
ある意味、最も大事な質問だ。
この世界に生まれてから、これまでで、僕に最も影響を与えたのはシャムである。
もしかすると、その逆もそうなのかもしれない。
シュリーカーのツキヨを、魔法で進化させたように、僕はシャムにも何らかの魔法を使ったんだろうか?
……それもちょっと気になるけれど、いや、最後の質問にするって決めたから、今日はこれで最後でいいや。
ちょっと話がズレたけれど、僕の人生に最も影響を与えたのはシャムなのだから、当然ながらシャムがどう思ってるのかを、僕は知りたかった。
「どっちでもいいよ。あの話の時も言ったけど、どうせボクはキリクに付いて行くし。人間のままでも、キリクの子供の代くらいまでは見守るよ」
だけどシャムは、さも当然とばかりにそう言ったから、うん、やっぱりこの質問にも大した意味はなかったかもしれない。
確かに、マダム・グローゼルと話してる時も、シャムはそんな事を言ってたっけ。
あぁ、そっかぁ。
どっちでもいいのか。
うん、なるほど、本当にそうだ。
「そっか、僕が妖精になっても、人間のままでも、シャムはどっちでもいいのか。……なら、僕も別にどっちでもいいや」
ただそのどっちでもいいは、どっちを選んでも悪い結果にはならないからって意味である。
この魔法学校にきて、僕はふられもした。
だがこのまま人間のままでいれば、新しい恋をして、結婚して伴侶を得たり、子供が生まれたりする事だってあるかもしれない。
……或いは、ないかもしれない。
妖精を選んだ場合は、ちょっと想像は付かないけれど、けれどもそれが最悪って事はないだろう。
だって、いずれにしても、シャムは傍にいてくれる。
それは僕にとって、凄く大切な事だから。
「いや、キリクはちゃんと考えなよ! 自分の事でしょ?」
自分はどっちでもいいって言った癖に、こちらが同じ事を言うと注意して来るシャムに、……僕は何だか笑ってしまった。





