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僕とケット・シーの魔法学校物語  作者: らる鳥
十二章 冬の契約とキリクの秘密

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 足を踏み入れた洞窟は、恐らく自然にできた訳じゃなくて、誰かに掘られたものらしい。

 入口は小さかったが、中は少し進むとグッと大きく広がって、そう、住居のようになっていた。

 洞窟の床には幾つものキノコが生えていて、それらが薄っすらと燐光を放つ。

 人間である僕の目には、全く光の量は足りないけれど、この洞窟の主にはそれで十分なのだろう。


 そしてその洞窟の主は、光るキノコに囲まれて、ちょこんとそこに座ってる。

 どうやら、無駄足にはならずに済んだらしい。

 ただ、その洞窟の主、特別なシュリーカーとやらの姿は、思い描いた怪物とは随分とかけ離れたものだった。


 今、目の前にいるシュリーカーの姿は、まるで人間の少女のようだ。

 大きなキノコの傘を、まるで帽子のように頭に被っているけれど、それ以外には本当に人間と見た目は変わらない。

 尤も漂わせる雰囲気は、明らかに人間のそれとは違うから、誤認する事はないけれども。

 ……聞いていた話と違い過ぎて、幻覚のような能力を疑いもしたが、僕の感覚はそれが本物であると告げている。


 光を持って近付けば、当然ながら向こうもこちらに気付く。

 だがシュリーカーは、明らかにこちらを認識しながらも、にこにことした笑みを浮かべて黙ったままだ。

 なんというか、尋ねてきた孫を見守る祖母のようでもあり、帰って来た主に対して尻尾を振りながらも、お利口に座って待つ犬のようにも見えた。


 ちらりと傍らのシャムを見れば、早くいけと言わんばかりに頷くので、意を決して一歩、前に出る。

「あー、君がシュリーカー? 今日はちょっと話があって来たんだけれど、でもその前にお礼を言わせてほしい。森に捨てられてた僕を見付けてくれたのは君だって聞いたよ。ありがとう」

 かける言葉には迷ったけれど、まずはシュリーカーに礼を言う。

 拾われた当時の事は何一つとして覚えてないけれど、それでも彼女が僕を見付けて拾ってくれなければ、今の僕はいないだろうから。

 目の前にいるのは、紛れもない恩人だ。

 いや、妖精を人扱いするのは、ちょっと違うかもしれないけれど。


「愛し子、大きくなった。私、嬉しい」

 するとシュリーカーは嬉しそうに頷きながら、そう言葉を発した。

 ただその言葉は、声も発音も綺麗ではあるんだけれど、非常に硬くて不器用で、あまり話に慣れてないんだろうなって印象だ。

 正直、僕の言葉の返事になってるかどうかも、ちょっと微妙なところだし。


 けれども、その言葉に僕に対する愛情のようなものが込められてるって事は、これでもかってくらいに伝わってくる

 あまりに真っ直ぐに好意を向けられるから、僕も何だか、どう言葉を返して良いのか困ってしまう。


「ケット・シーの村でとても良くして貰ったから。あ、でも今は魔法学校に通ってるんだ。うん、この森の外の、人間の国にある学校」

 だけど黙ってる訳にも行かないから、取り敢えず無難な言葉を選びながら、僕はどうやって契約の話を切り出そうか考える。

 いや、でも本当にこのシュリーカーと契約していいんだろうか?

 実際に会ってはみたけれど、僕はまだ、彼女の事を何も知らないままだ。


 会ってみてわかったのは一つだけ。

 このシュリーカーは、僕に対して非常に好意的で、恐らく庇護対象として見てるのだろうって事だった。

 短いやり取りでも、そう確信できるくらいに、彼女から向けられる感情は真っ直ぐだ。

 それは、このシュリーカーと出会ったのが赤ん坊の僕だったからなんだろうか?

 全く覚えていないし、今の僕は赤ん坊じゃないから、戸惑うばかりなんだけれど、それでも彼女を疑おうって気持ちは少しも湧かない。


「それで、今は僕と契約して力を貸してくれる相手を探してて……、シャムから、あ、この僕とずっと一緒にいるケット・シーから貴女の話を聞いて、もしかしたらと思って訪ねて来たんだ。だから、あの、もしよかったら、少し貴女の事を教えて貰えないかな」

 言葉を重ねて、本題に辿り着く。

 僕がここに来た用件は契約だ。

 けれどもまずは相手の事を知りたい。


「私?」

 するとシュリーカーは、不思議そうに問い返した。

 なるべくわかり易く言った心算だったんだけれど、伝わらなかったんだろうか?

 僕が彼女の事を知りたいって言葉は理解してる風だから、こちらの意図を測りかねてるのかもしれない。


「私、シュリーカー。物言わず、叫び、ただ殺す者。でも愛し子に会った。守って欲しいって、守る力貰った。私の声、愛し子と話す為、私の手、愛し子を抱き上げる為、授かった」

 何故だか、シュリーカーの言葉は発せられる度に徐々に滑らかになっていく。

 学習をしてるにしても、あまりに早過ぎる、異常な変化。

 そして彼女が話す言葉の内容もまた、異常だった。


 赤ん坊だった僕と出会って、守る力を貰った?

 声も手も授かった?

 ……一体、誰に?


 その言葉の中には、僕とシュリーカー以外は登場してない。

 でもまさか、赤ん坊だった僕が、シュリーカーを変化させたとでも言うのか。

 今の僕でもありえないのに、魔法も使えなかった赤ん坊が、だ。

 なら、今のシュリーカーの言葉が滑らかになっていってるのも、僕と出会って、僕がそう望んでるからだとでも言うのだろうか?


「今の私、愛し子の為に在る。私は、強い。契約しよう?」

 しかしその答えはわからぬままに、シュリーカーは笑みを浮かべて僕に向かって手を伸ばす。


 僕はその手を取るのを、躊躇う。

 だってそれは、僕にとって都合が良過ぎないだろうか。

 まだどういった契約を行うかも決めてないのに、シュリーカーは僕に全てを委ねようとしてる。

 その態度は安易に手を取るには重すぎるが、かといってすげなく断ってしまうにも、やっぱり重い。


「駄目だよ、シュリーカー。君が善意でそうしようとしてるのはわかるけれど、今のキリクはそれを受け止めきれないからね」

 僕が迷ってる間に、隣で声を発したのは、それまでジッと黙っていたシャムだった。  

 その言葉に、ずっと僕ばかりを見ていたシュリーカーが、首を傾げてシャムに視線を移す。


「妖精の全てを受け止めようとすれば、キリクじゃ妖精に引っ張られる。今のキリクは人間として生きていて、人間の友人も沢山いるんだ。力を貸して欲しいのも、人間の世界で起きるトラブルに対処する為だからね」

 一歩、前に出たシャムはシュリーカーの視線を受け止めて、首を横に振る。

 その言葉の意味は、あんまりよくわからないけれど、どうやらシャムは僕の為に、シュリーカーの提案を止めたらしい。

 ……でも、妖精に引っ張られるってどういう意味だろう?

 人間の世界で生きるか、この妖精の領域で、妖精達と共に生きるかって、単純な話とは少し違う気がした。


 もしかすると、ここに来る前に経験したように、妖精の魔法を使うようになって、人間を辞めて本当に妖精になってしまうんだろうか。

 シュリーカーの言葉通りに、僕が彼女を変化させて、元の姿から人間に近いものに変えたのだとすれば、その逆が起きる事も、……ありえる?

 仮にそんな事が起きるとすれば、それは当然ながら魔法によるものだろう。

 だが僕が学んでいる魔法は、そこまで強烈な、存在を根底から変えてしまうような代物ではないのだけれども。

 あぁ、やはり僕は、知らない事が多過ぎる。


「口を挟みたくはなかったけれど、キリクが自分の意思で選んだ訳じゃないのに、妖精に引っ張られてしまうのは、放っておけないんだ。交わすなら、互いに条件を決めた契約にして貰えないかな」

 シャムはシュリーカーに対して、無条件ではなくて、条件を付けた契約を交わすように提案をした。

 同じ村で同じように育った筈なのに、シャムと僕には、どうしてこんなにも知識に差があるんだろう。

 村での生活を思い出してみても、シャムだけが特に何かを教えられてたって事は、特になかったよう筈なんだけれど。

 ただシャムは、村の誰かに学んだ様子もなく、何時の間にかケット・シーとしての力や、妖精の魔法を使いこなしてた。

 それと同じように、知識もまた、ケット・シーとして、妖精として、自然に得た物なんだろうか?

 先程から、脳裏に浮かぶのは疑問ばかりだ。


「だからケット・シーのシャム。貴方は愛し子と契約してないの?」

 シュリーカーが、シャムに問う。

 確かに、僕はシャムと契約してない。

 一度、そういった話をしたような覚えはあるけれど、あの時はシャムに必要ないって言われたんだっけ。

 なるほど、実はそういう意味も、あったのか。

 ならばどうして、あの時にそう言って教えてくれなかったのだろう?


「……そうだね。それもあるよ。だからボクは契約しないで、単に自分の意思でキリクと一緒にいて、力を貸してる」

 シャムは少しだけバツが悪そうに、ちらりと僕を見てから、シュリーカーに向かってそう言った。

 あぁ、やっぱりシャムは、あの時は意図的に誤魔化したんだ。

 本当にシャムは、隠し事が多い。

 それが僕の為であるのは理解してるし、疑いもしないけれど、だけどもう少しでいいから、ちゃんと話して欲しいなぁって思う。


「そう、それが貴方の意思。なら私は、シャムを尊重する。条件付きの契約。愛し子、それでいい?」

 でも問い質すのは後回しにして、僕はシュリーカーの言葉に頷く。

 色々と気になる事はあるけれど、取り敢えず今回の目的である契約は、無事に結べそうだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 前々からキリクには地球の記憶以外にちょいちょい謎が残ってましたが、今回の契約相手探しでそれが表面化した印象ですね。 シャムは多分色々知ってるんでしょうが、多分その内容…
[一言] 愛し子。 シュリーカーにとっての愛し子なのか。 もっと広く妖精全般にとっての愛し子なのか。 あるいはもっと大きく、シュリーカーに『守る力』を与えて存在を変えられる上位存在にとっての愛し子なの…
[一言] 妖精になるのも悪くなさそうですけど……
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