初任務
翔
「今日はちょっとした任務をしてもらう。」月見さんが言った。「と言っても、君は見学だけになると思う。今日の任務は和馬と一緒に行ってもらう。万が一のためには備えとけ。」
初任務…頑張らないと。僕はそう思った。
「任務の内容はメールで送っておいた。わからないことがあれば、和馬に聞いてくれ。」
昨日、訓練後にもらった仕事用の携帯をポケットから取り出した。ロック画面に月見さんからの通知が表示されていた。
僕は自分の机で携帯からパソコンに転送した任務内容を読んだ。
「『名称不明麻薬売買』
11月10日路地裏で取引が行われるところが目撃された。現場近くにいた警察官が二人確保、四人逃亡。現場には麻薬らしきものを発見。
鑑定の結果、幻覚を見せるような成分が含まれていることが判明。これまでに確認された麻薬と一致しなかった。成分は植物でも動物からでもない成分であり、人工的に作られたものだと思われる。
後日の調査で麻薬販売人の中に特殊能力使いがいることが判明。」
この任務はその麻薬販売人の逮捕。
「事件の全容は頭に入った?」佐野さんが出発前に聞いた。
「はい!」
「気合い入りすぎだよ。」微笑んで佐野さんが言った。
僕たちは電車で移動した。そして、降りた駅からしばらく歩いたところにその路地裏はあった。
路地の入り口は「立ち入り禁止 KEEP OUT」書かれたテープで塞がれていた。警察官が二人、事件現場の前に立っていた。
佐野さんは警察手帳を見せてテープの下を潜って行った。僕は後について行った。
事件現場は何もない袋小路で、犯人へ辿り着きそうなものは一つもなかった。
「おかしいな。」佐野さんがつぶやいた。
「えっ、なんでですか。普通に麻薬取引に使われそうな目につかない場所だと思うのですが…」
「いや、逃げ道がなさすぎる。こんな行き止まりじゃ、見つかった時に逃げられない。どっかに逃げ道があるはずだ。」そう言って、彼は壁を触ったり、地面を観察していた。
僕も地面を観察した。
「ん?何これ?」僕は言った。
地面にまっすぐな亀裂がある。切れ目が囲っているのは他の地面と微妙に色が違う四角形のスペースだった。
「なんかあった?」佐野さんが聞いた。
「なんか地面に何かで切ったような切れ目が…」
「どれどれ?」
佐野さんは足で切れ目がある場所を叩いた。
「当たりかな。」
佐野さんが亀裂の隙間に指を入れて持ち上げた。
中は深い穴で、縄梯子がかけられていた。佐野さんは中に入って行った。僕も後について行った。
穴の底には通路があった。真っ暗で、光源はスマホのライトのみだった。そのスマホのライトも闇に吸い込まれてゆくみたいに、薄暗かった。
「単純な道だな。短時間で作ったみたいだな。」
とりあえず僕たちは前へ進んだ。一時間ぐらい歩いて、道が別れた。
「とりあえず左行ってみるか。」佐野さんが言った。
左側の道を進むと、小さな部屋があった。壁は薄いコンクリートと鉄骨で支えられていた。お酒の缶や瓶が落ちていた。
「いいもの残してくれるじゃん。」佐野さんが笑みを浮かべて行った。
「えっ、ゴミしかないじゃないですか。」僕は言った。
「こういうものに指紋とか唾液とかついてるから、犯罪歴がある人はこれで特定できるんだよ。」
「そうなんですか…」
佐野さんは手袋をはめて、袋に缶や瓶を入れて行った。
その後、部屋の隅々を調べたが、特に変わった点はなく、戻って右の道へ行った。
右の道はまた一時間ぐらい歩かされた。道の終わりに入り口と同様に縄梯子があった。縄梯子を登ると、出たのは違う廃墟に出た。すると、上の階から話し声と笑い声が聞こえた。
横にいた佐野さんはチャキっという音の鳴らして銃を準備していた。
「人数が多い。翔くんも銃の準備をしといたほうがいいかもしれない。」佐野さんが静かに言った。
僕は腰につけていた銃をケースから取り出した。
僕たちは音を立てないように階段を上った。壁に身を隠して、2階の様子を見た。
男性が三人、女性が一人がキャンプランタンの周りでお酒を飲みながら話している。
男性の一人がポケットから携帯を取り出した。
「どうした?」違う男性が聞いた。
「設置したセンサーカメラからの通知だ。」
「ネズミかなんかだろ。」
「まあ、一応見といたほうがいいだろ。」
「カメラを設置してたのか…逃げる前にこいつらを捕まえるぞ。」佐野さんが小声で言った。
「はい!」僕は小声で返した。
「なんだ⁈通路から人が入ってきてるぞ!」携帯を持っている人が言った。
他の三人が騒ぎ始めた。
「今だ!」佐野さんが言った。
僕たちは壁の影から出て、犯人たちに銃口を向けた。四人のうち三人が銃を構えてこっちに向けた。
銃を持っていないのは筋肉質で大柄の男性だけだった。
「警察だ!銃を下せ!」佐野さんが声を上げて言った。
「警察か…ちょうど良かったよ。俺らこの後自首しようと思ってたんだよね。」銃を構えている男の一人が言った。
カランという音を鳴らして、彼らは銃を落とした。
佐野さんと僕も銃を下ろして、手錠を取り出した。
と、その時、白い光が横切った。大柄の男が笑っていた。
それとともに腹部に痛みが走った。
咄嗟に腹部を抑えると、暖かく濡れていた。手は血まみれになっていた。
佐野さんは左腕を押さえていた。
「佐野さん!大丈夫ですか⁈」
「ああ。これで手間が省けた。」佐野さんがニヤリと笑った。
「?」僕は佐野さんのことを見た。
「お前ら、特殊能力課だろ?君たちは俺を探しにきたんじゃないか?俺の特殊能力は『一刀両断』。刀を一時的に作り出す力だ。」大柄の男が言った。
犯人四人は銃を拾って、僕たちに再び銃口を向けた。
「さっきので騙されるなんて、警察も大したことないな。では、俺たちは帰りますか。」犯人の一人は嘲笑した。
「勘違いしないでほしいな。お前らは勝ったと思っているんなら、大間違いだよ。」
佐野さんは銃を構え直して、3回連発した。
銃弾は三人の銃を弾き飛ばした。三人は勢いよく銃が弾き飛ばされて、手首を痛めてしまったようだ。
その後もう三発撃った。それぞれ銃を弾き飛ばされた犯人たちの足に当たった。彼らの足から血が流れ、彼らの足元に血溜まりを作っていた。
「はい、三人逮捕。」佐野さんが言った。
「お前ら、走れ!今ならまだ逃げられる!」 大柄の男は焦っているようだ。
「逃さないよ。
『血変術』」
犯人の足元に溜まった血が変形して、犯人の足首の周りに輪をつくった。ぼんやりした赤白い光を発して、血が鉄の足錠になった。足錠は釘で地面に繋がれていた。
「あと一人。」佐野さんが言った。「翔くん、––––––。僕はこいつを倒す。」
「はい!」
佐野さんは勢いよく走り出した。
「『一刀両断』」
刀がきらめいて、佐野さんの方に向かった。佐野さんは間一髪でジャンプして避けた。
そのまま彼はジャンプキックの体勢になり、相手の顔を狙った。だが、避けられ、佐野さんは相手の後ろに着地した。
その瞬間また刀が佐野さんに向かって出された。また佐野さんはジャンプした。
「残念。狙いはお前じゃない。」大柄の男が言った。
刀のが向かった先は足錠だった。
佐野さんは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに笑みに変わった。
刀は足錠に当たらなかった。
「翔くん、グッジョブ!」佐野さんが言った。
「何⁈」男は唖然として言った。
実はさっき『大気操術』で足錠が切られないようにしとくように佐野さんに言われたのだ。
佐野さんは男の後ろに着地し、強く男のうなじを手で打った。相手は気を失い、バタンと地面に倒れた。
僕たちは犯人に手錠をかけた。
「いやー、疲れたー!」佐野さんが言った。
「そうですね。」僕は言った。「最初に犯人が特殊能力を発動させた時、正直焦りました。」
「あれは怖かったねー。」佐野さんがハハッと笑って言った。「僕は彩香の見舞い行くから先に戻っといていいよ。」
「あの…僕も言っていいですか?あっ、もちろん挨拶したらすぐ帰ります。」
「いいよー。彩香も喜ぶと思うよ。」
「ありがとうございます。」
僕たちは彩香さんが入院している病院へ向かった。
彩香さんは外の夕陽を見ていた。
「こんにちは。」
「こんにちは。」彩香さんはニコリとこっちを向いて言った。
「体調はどうですか?」僕は聞いた。
「うん。だいぶマシになった。翔くんは元気?」
「はい、元気です。」
「敬語じゃなくていいよ。」笑って彩香さんが言った。
「あっ、はい!」
「緊張しすぎ!」笑いながら、彩香さんが言った。
「…あの、元気そうで良かったです。」僕は体から力を抜いた。
「また敬語。だけど、心配してくれてありがとう。」優しい笑顔で彩香さんが言った。
「ごめん。つい敬語が出ちゃう。」僕は頑張って敬語なしでしゃべった。「あっ、多分お兄さん待ってるからそろそろ僕行くね。」
「うん、また今度ね。」
僕はドアの方に向かった。ドアを出る時、彩香さんは手を小さく振った。僕も小さく手を振り返した。
「佐野さん、ちょっと時間かかっちゃいまいさた。」僕は外で待っていた佐野さんに言った。
「全然いいよ。」佐野さんが言った。
「じゃあ、僕は失礼します。」僕は小さくお辞儀して、病院の廊下を歩き出した。
「バイバイ。」佐野さんが言った。
「ただいま戻りました。」
「おかえりー。」拓也さんが言った。
「和馬は?」
「彩香さんの見舞いです。」
「翔くん、任務はどうだった?」月見さんが聞いた。
「犯人は全員逮捕できました。拠点から取引の証拠も見つかりました。」
「それは良かった。書類は君が書いてくれないか?和馬は拓也のようにまともな書類が書けなくてね。」ため息をついて月見さんが言った。
その後に月見さんは「拓也が和馬の教育係じゃなかったら、良かったのになー。」みたいなことを呟き、拓也さんと月見さんは喧嘩を始めてしまった。
「あの…止めなくていいんですか?」僕は机で書類を書いていた秋間さんと国枝さんに聞いた。
「大丈夫だ。」秋間さんが書類から目を離さないまま行った。
「日常茶飯事ですよ。もうみんな慣れてます。」国枝さんが言った。
日常茶飯事なんだ…僕はそう思いながら自分の席についた。