黒幕––其の1
翔
次の日、僕と佐野さんは切山賢斗、僕の初任務の事件の首謀者(だと思われる人)の取り調べをした。
車で二十分ほど走って、僕足しはそこに着いた。東京都特別刑事施設だ。
東京都特別刑事施設ではあらゆる年齢で罪を犯した特殊能力使いが収容されている。
移動中、佐野さんにこの施設について教えてもらった。
この施設の警備で特殊能力が使えない空間を作り出すことができる加藤美穂という人がいるらしい。そのため、そこに収容されている受刑者はもちろん、僕たちもそこに入れば特殊能力は使えない。一般の警備も強く、特殊能力使いも数人配置されているらしい。
普通なら取り調べは警察署でやるものだが、特殊能力使いの容疑者はそうすると特殊能力で攻撃してくる可能性があるから、それを無効化する特殊能力使いがいるこの場所で取り調べも行われることになっていた。
「この特殊能力が使えない空間を作っている人がいなくなったら、ここはどうなってしまうんですか?」
僕たちは面会室に向かっていた。
「いなくなるねー…それはないと思うよ。加藤家は代々謎の方法で同じ力を受け継いでるから。」佐野さんが言った。
そう言っている間に僕たちは面会室まで来ていた。
面会室はアクリル板が真ん中にあって、二つに分けられていた。パイプ椅子がこっちの方に二つアクリル板に向かって置いてあり、あっちの方には二つ(アクリル板に向かっているのが一つ、隅には立会の警官用の椅子が一つ)あった。
僕たちはそのパイプ椅子に座った。アクリル板の向こうにあったドアから警官に連れられた切山賢斗が入ってきた。切山さんは椅子に座った。
「こんにちは、切山さん。」佐野さんが言った。
返事はなかった。
「今から聞く質問には正直に答えてもらいたいです。いいですか?」
彼は頷いた。
佐野さんの雰囲気はさっきとずいぶん変わって、真剣になっていた。
「あなたはもともと東北の方に住んでいたみたいですね…その時は普通の会社員として働いていたみたいですね。何でわざわざ東京まで来て麻薬取引を始めたんですか?」
「あの頃の俺の職場は最悪だったんだ。給料は生活できないほどで、いつも借金取りに追われていた。その時、メールが来たんだ。移動費と生活費を払ってあげるから東京に来い。借金取りからも守ってくれるって。その代わりにやって欲しいことがあるって。そこで人生のどん底にいた俺は思わずメールのやつに協力してしまったんだ。」切山さんはボソボソ話した。
僕はノートパソコンにメモをとった。
「そうですか。そのメールの送り主はわかりますか?そのメールの履歴は残っていますか?」
「メールの送り主は『カラス』という名義でメールを送ってきていました。自宅のパソコンに履歴が残っていると思います。」
「烏か…あなたはこの事件の首謀者ではなかったということですか。最後に一つ、首謀者には会いましたか?あったのなら、どのような人でしたか?」
「会いました。東京に着いた時、彼に会いました。マスクとフードで顔を隠していました。オリーブ色のグリーンコートの下に黒いワイシャツと黒いネクタイを着ていました。」
切山さんの声は最後までか細かった。
「ありがとうございます。」佐野さんが言って、席を立った。
僕はノートパソコンのメモを終わらせ、立ち上がった。パソコンをカバンにしまい、面会室を出た。横目でちらっと切山さんがアクリ板の向こうの出口に連れられるのが見えた。
事務所に戻る道中、僕たちはその事件について話した。
「さっき連絡があったんだけど、切山さんの自宅、燃やされてたって。」
「送り主の証拠隠滅ですか。やっぱり、『烏』の仕業なんですか?」
「確かにメールの名義も『カラス』だったし、送り主の身元も突き止めれないように証拠隠滅も完璧だ。しかも、あの時ちょうどあいつらが狙ってる翔くんが特殊能力課に入った頃だったしな。だいたいあいつらには君の初任務の頃だとわかっていたはずだしな。だけど、もしかしたら罪を逃れるために『烏』に偽装した奴かもしれない。」
僕は頷いた。僕にはそんな発想なんてなかった。
「今は主犯を『烏』にする証拠が不十分ということですか。」
「そう。」
「そういえば、あったと言ってましたよね、メールの送り主と。言っていた服装が僕を二度襲った人と同じ服装なんです。」
「確かに黒いワイシャツとネクタイはあいつらのシンボルだ。だけど、そんなものどこでも買える。このエリアの犯罪者の中では『烏』は有名だ。そいつらの服装を知ってる奴は多い。」
「じゃあ、やっぱりまだ犯人は誰か…」
「いや、翔くんが見た人と同じ服装なんだろ。『烏』のメンバーは用心深い。もし誰かに『烏』のメンバーだと気づかれた時、あいつらはその人を容赦無く殺す。つまり、『烏』のメンバーを知っている人は僕たちと『烏』の人たちぐらいだ。犯罪者の中でも『烏』の奴らを見た奴は少ない。」
「つまり、『烏』が主犯である可能性が高いということですか。」
「うん。だけど、相手が『烏』だと捕まえるのは難しい。僕たちには何もできないかもね。」佐野さんがため息をついた。
「そうですか…」
「いつか『烏』を潰せたらいいのになー。」佐野さんは窓の外を見て行った。
「あっ、もう着いたじゃん。」
僕たちは事務所があるくらい路地の入り口まで来ていた。
「ありがとー。」佐野さんは若い運転手ににっこり笑って言い、車を出た。
「ありがとうございます。」僕は軽くお辞儀して出て行った。
僕たちは事務所に入って行った。
「戻りましたー。」佐野さんが言った。
「おかえりー。」拓也さんが暇そうに机に足を乗せている状態で言った。ゲーム機で遊んでいる。
「拓也さん、ゲームは流石にないっすよ。」
「暇だもーん。」拓也さんが言った。
「放っときな、どうせまともに仕事をしない。」月見さんが言った。
本当に特殊能力課は警察の人なのか?だけど、拓也さん以外は普通か、と僕は思った。
いつの間にかゲームの誘惑に負けてしまった佐野さんは拓也さんのゲーム機を覗きながら「危ない!」だとか「うまいっすね。」とか言っていた。
佐野さんも少し普通ではないかも、と僕は思った。
「月見さん、今日の取り調べでわかったこと送っておきますね。」僕はそう言って作業に取り掛かった。
「わかった。」月見さんは言った。
「やっぱり『烏』は捕まえるのは難しいですか…」
僕は月見さんに今日の取り調べの内容について報告していた。
「そうね…『烏』の一人、特に上層部の人間を捕まえると、『烏』の戦力が私たちに向く。たとえ本部と連携しても私たちに勝ち目はない。」月見さんが言った。
「今回の事件の主犯は諦めないといけないですか…」
「仕方ないわ。」
そう言いながらも、月見さんは今にも犯人を逮捕したいような顔をしていた。
僕は資料のファイルを閉じ、月見さんの机から離れた。




